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『豊臣兄弟!』第4回「桶狭間!」(2026/1/25放送)メモ
[第4回時点]
永禄3年(1560年)
兄・秀吉 24才(1537生)
弟・秀長 21才(1540生)
信長 27才(1534生)
尾張国・清洲~桶狭間
[言葉]
・乱取り(らんどり)・・略奪
[話]
・幸若舞「敦盛」人間五十年~を舞う信長。
・信長は佐久間重盛の裏切りを利用し、梁田政綱(やなだまさつな)とあらかじめ策を練っていた。
・今川軍の元康が丸根砦を攻めたときに、梁田政綱が佐久間重盛を討ち、今川に降伏し(たように見せかけ)、重盛の首を今川義元の本陣に持っていくのを追いかけ、居場所を突き止めた。
・さらに今川の兵を分断させる。勝ちは決まったと油断させ、あとは信長を討つためにと鳴海城に1万の兵を送る。これで本陣は5千になる。(3千 VS 5千なので、だいぶやりやすくなる)
・信長は雨を知っていたので(小一郎の知恵)鉄砲にむしろを巻かせる。向こうは鉄砲が使い物にならず。
・・など数々の策を仕掛けた。
首実検。論功行賞(ろんこうこうしょう)
・毛利新助。(今川義元を討った)母衣衆(ほろしゅう)に出世。五百貫文を加増。
(服部小平太は一番槍)
・藤吉郎は敵大将の首を持ってきたので足軽組頭に。しかしそれは城戸の手柄で自分らは近くにいただけと、正直に言う。信長は、それは幸運だったなと、藤吉郎をそのまま足軽組頭にして、その「運」から「秀吉」という名前を授ける。
・小一郎は信長の近習にと言われるが、辞退。「天運は人事を尽くして勝利を信じていた人に味方する(信長や秀吉のように)。自分はそう思ってなかった」と正直に言い、兄に付くと言う。
「豊臣兄弟!紀行」
・熱田神宮(愛知・名古屋)
信長が桶狭間の戦いに向かう際、戦勝祈願を行った。勝利のお礼に奉納した築地塀が残る。
・砦公園(善照寺砦跡)
善照寺砦に織田軍の本陣が置かれた。
・桶狭間古戦場伝説地(愛知・豊明市)
第4回 演出:渡辺哲也