『豊臣兄弟!』2026 – 歴史note

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(24)「軍師官兵衛!」(2026/6/21放送)

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『豊臣兄弟!』(24)「軍師官兵衛!」(2026/6/21放送)メモ

【あらすじ】村重(トータス松本)に幽閉されて1年、官兵衛(倉 悠貴)は心身共に限界を迎えていた。籠城を続ける村重と織田軍の戦は膠着(こうちゃく)状態にあったが、小一郎(仲野太賀)が兵糧の補給路を断つことに成功。妻・だし(山谷花純)の説得で、村重はついに投降を決意する。信長(小栗 旬)への取り次ぎを任された小一郎は、だしに官兵衛への伝言を託す。無駄な血を流さず戦が終わると思われたやさき、驚きの事態が! 状況は一変し――。(ーNHK公式サイトより)


天正6年(1578年)10月
・秀吉が三木城攻め(別所長治の居城)
兵糧攻め。
福島正則ら、初陣。

・有岡城攻め(荒木村重の居城)
織田信忠(信長の長男)
池田恒興
滝川一益
織田信澄

村重逃亡。家臣、一族は始末される。

・三木城軍略。
力攻めしろという信忠に対して、官兵衛は「別所は播磨で慕われている。力攻めで落としてもそのあと国衆が付いてこない。」と説得。

天正8年1月
三木城城主・別所長治が切腹。家臣は助かる。

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「豊臣兄弟!紀行」(24)

・姫路城(兵庫県姫路市)
黒田官兵衛尉義孝(くろだかんべえのじょう よしたか)。西播磨を治めていた小寺の重臣として仕えていた。(御着城)。

官兵衛は姫路城を秀吉に献上する。秀吉は三重天守の巨大な城に作り変えた。

・福岡城跡(福岡県福岡市)
官兵衛は息子の黒田長政と共に、福岡の町の礎を築いていく。

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(23)「さらば半兵衛」(2026/6/14放送)

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『豊臣兄弟!』(23)「さらば半兵衛」(2026/6/14放送)メモ

【あらすじ】荒木村重(トータス松本)が謀反を起こした。独断で村重の説得に向かった官兵衛(倉 悠貴)は、捕らわれの身となってしまう。官兵衛が裏切ったという噂(うわさ)が流れる中、信長(小栗 旬)から、長浜で寧々(浜辺美波)が預かっている官兵衛の子を始末しろという命令が。半兵衛(菅田将暉)は、ためらう秀吉(池松壮亮)と小一郎(仲野太賀)に、幼い命を救う策を提案。だが、差配を任され長浜へ向かう半兵衛の胸には別の思惑があった。(ーNHK公式サイトより)


・毛利家
毛利家当主:毛利輝元
毛利家一門衆:小早川隆景
毛利家一門衆:吉川元春
毛利家外交僧:安国寺恵瓊
備前岡山城主:宇喜多直家

毛利家は領国安泰のために動く。それが父・毛利元就の教え。

・摂津・有岡城・荒木村重
明智光秀が説得に来るが、村重は応じず。

次に官兵衛も説得に来るが、捕まってしまう。
官兵衛も裏切ったと噂を流される。

信長は、人質の松寿丸(官兵衛の息子)を始末するよう命令。
半兵衛がその役を引き受ける。

松寿丸は長浜城(北近江)でねねに育てられていた。
安藤守就(もりなり)(慶の父)。

半兵衛は秀吉に責任が行かないように、自分が罪をかぶる(始末する)つもりだったが、小一郎の説得や、生まれた子を抱いたことで気持ちが変わり、結局、最初の策どおり、病気で亡くなった子を身代わりに出した。

信長に挨拶にいく。
「上様。これでお別れでござりまする。」
「竹中半兵衛、大義であった。」

・三木城を攻める秀吉の陣にて。
宇喜多直家が寝返る。毛利から織田側に付く。
(生野銀山の銀が調略に使われた。)

竹中半兵衛、没。(享年36)

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「豊臣兄弟!紀行」(23)

・三木城跡(兵庫県三木市)
天正6年、別所長治は織田から離反。壮絶な戦の場となる。秀吉軍は城を囲むように、山の稜線に沿って付け城を築き、平井山に本陣を置いた。

平井山の麓に、この戦のさなか病死した竹中半兵衛の墓がある。「秀吉は悲しみ劉備が孔明を失ったよう」という記述がある。

「秀吉限りなくかなしひ 劉備 孔明を失ひしに異ならず」
竹中重門(半兵衛の子)著『豊鏡』

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(22)「播磨大誤算」(2026/6/7放送)

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『豊臣兄弟!』(22)「播磨大誤算」(2026/6/7放送)メモ

【あらすじ】
一度は播磨を手中に収めたかに見えた秀吉(池松壮亮)だったが、半兵衛(菅田将暉)の悪い予感が的中。服属したはずの国衆たちが反旗を翻し、呼応して毛利・宇喜多も挙兵する。しかも折悪く半兵衛の体調が悪化し、秀吉は味方を見捨てて撤退することに。自責の念にさいなまれる秀吉は、ある夜、足を踏み外して頭を打ち、なんと記憶をなくしてしまった! 小一郎(仲野太賀)は、秀吉の記憶を取り戻そうと手を尽くすが……。(NHK公式サイト)


・天正5年10月
秀吉・播磨出兵
国衆を次々と味方につけていた。
東播磨最大が別所氏。三木城。

・天正5年12月
尼子勝久、家臣・山中幸盛(鹿之助)。
毛利に滅ぼされるも再興をかける。上月城。

・三木城・別所長治が謀反。
織田側の加古川城を攻める。
高砂、志方(しかた)、神吉(かんき)、明石も味方。

・毛利・宇喜多が西播磨・上月城を攻める。
尼子軍
♪人の世は夢のまた夢 これ一定 楽しきも醒めやることも これ一定
(人の世は夢のようなもの。これが真実なのだ。楽しいことも、いつかその夢から醒めることも、またしかり・・。)

・囲碁で勝った半兵衛が、官兵衛に(真の)味方になってほしいと頼む。
「わしがそなたなら・・いったん織田について毛利を弱らせ、期を見て織田も滅ぼして、自分がのし上がる。それが一番面白い」と、官兵衛の本音を見抜く。

 

・上月城に織田の援軍は来ず。尼子は切腹。山中も討ち取られる。
秀吉軍は書写山 円教寺(えんぎょうじ)に。

・荒木村重(有岡城)、信長に毛利と通じていると疑われる。
(荒木家与力)
摂津・茨木城主・中川清秀
摂津・高槻城主・高山右近
の二人が、毛利家の安国寺恵瓊を連れてきてしまう。
→疑いが本当になってしまう・・。

荒木村重、謀反・・!

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「豊臣兄弟!紀行」(22)

・書写山・圓教寺(しょしゃざん・えんぎょうじ)(兵庫県・姫路市)
天台宗の別格本山として、平安中期の僧侶、性空上人(しょうくうしょうにん)が開いた古刹(こさつ)(古い由緒のある寺)。「西の比叡山」とも称された。

食堂(じきどう)に「羽柴小一郎」という文字が刻まれている柱が残る。

 

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(21)「風雲!竹田城」(2026/5/31放送)

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『豊臣兄弟!』(21)「風雲!竹田城」(2026/5/31放送)メモ

【あらすじ】
秀吉(池松壮亮)と小一郎(仲野太賀)は、荒木村重(トータス松本)に代わって織田と毛利の間で揺れる播磨の攻略に当たる。難しい任務と思われたが、村重の仲介で出会った姫路城代・小寺官兵衛(倉 悠貴)は、見事な手腕で播磨の国衆を織田方につけてみせる。半兵衛(菅田将暉)の案で、秀吉はさらに西方へ兵を進めることを決め、西播磨へ。一方、小一郎は但馬の竹田城攻めを任され、初めて総大将として戦に臨む!(NHK公式サイト)


・秀吉・播磨出兵
摂津・有岡城主・荒木村重が2年前から攻略を進めていた。
地元の国衆を味方につけ毛利攻めの準備していた。

国衆:在地領主。地元の殿様。(例えるなら戦国大名が大企業、国衆が地元の中小企業。国衆にとって戦国大名はお得意様ではあっても上司ではない。)

加藤清正、福島正則。
石田三成を侍女が取り合い。播磨をめぐって、織田と毛利が取り合いしているよう。
播磨は、赤松、別所、小寺らなど国衆が存在。織田派と毛利派で対立。

摂津・有岡城
荒木村重
摂津・茨木城主・中川清秀
摂津・高槻城主・高山右近

中川と高山は秀吉に反対。
村重としては今まで築いてきた国衆とのつながりを使って、筑前に貸しを作れたら、それでいいと考える。

・天正5年10月
播磨 姫路城 城代
小寺官兵衛尉孝高(こでらかんべえのじょうよしたか)
(黒田官兵衛)

官兵衛が秀吉のいい噂を播磨中に流して織田側に付くように攻略。

姫路城を秀吉に明け渡す。
主の小寺政職(こでらまさもと)にも話を通している。
赤松、別所にも織田方に付くように計らっている。

赤松には、別所(三木城)と毛利が通じて播磨を手に入れようとしていると言い、
別所には逆を言い、お互いに織田に守ってもらうしかないとなっている。

竹中半兵衛は、すべての国衆に人質を出させようとする。
まず官兵衛の嫡男、松寿丸を織田の人質に出す。

その後国衆が、秀吉の元に出仕(挨拶)に来るが、三木城・別所長治は来ず。叔父の別所賀相(よしちか)が代わりに来る。

・三木城
当主・別所長治
後見人・叔父1・別所賀相(よしちか)
後見人・叔父2・別所重棟。(しげむね)

当主の長治と叔父2重棟は織田側、叔父1賀相は毛利側の考え。

秀吉は、別所賀相に12の城を壊すよう命を出す。受け入れたくない感じ・・。

半兵衛は、西へ進んで、上月城(こうづきじょう)を手に入れることを提案。

・上月城
播磨・備前・美作の国境にある。
城主・赤松政範(まさのり)(毛利・宇喜多方)
毛利の最前線。

・天正5年11月
秀吉は上月城に向けて西播磨へ進軍。
途中の福原城。

小一郎は但馬攻め・総大将に。
前野長安など。

・竹田城(但馬)
空に浮かぶ城。
但馬国主・山名家家臣・太田垣 輝信(おおたがき てるのぶ)
生野銀山(いくのぎんざん)も押さえている。

朝もやは昼と夜の暑さと寒さの違いでできる。
朝もやができないよう、かがり火をたく。

敵が水を汲みに来たところを押さえて城を落とす。
小一郎が初めて城代となる。

太田垣輝信は山名のいる有子山まで送り届ける。
城の修繕は高虎に任せる。
生野銀山も押さえられた。

・上月城は秀吉が落とす。
尼子勝久、山中幸盛が入った。

その際、斬首、女子供もはりつけ、串刺しなどをして、西との国境にさらした。
凄惨な場になった。

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「豊臣兄弟!紀行」(21)
但馬国(兵庫・北部)

・生野銀山(兵庫・朝来市)
室町時代に本格的な採掘が開始。但馬・守護の山名氏から、重臣・太田垣氏の手に渡る。その後、織田、豊臣、徳川の直轄の銀山として栄えた。昭和48年閉山。

・竹田城跡(兵庫・朝来市)
天空の城。但馬攻略の際、秀長が落とした。『信長公記』には秀長が城代として城の修築を行なったと残されている。

現在の縄張りや石垣はその後の赤松氏のもの。

 

 

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(20)「本物の平蜘蛛」(2026/5/24放送)

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『豊臣兄弟!』(20)「本物の平蜘蛛」(2026/5/24放送)メモ

【あらすじ】
信長(小栗 旬)は、上杉攻めから離脱し勝手に帰国した秀吉(池松壮亮)に激怒。蟄居(ちっきょ)のうえ、死罪に処すと申し渡す。羽柴家一同が助命嘆願に奔走する中、松永久秀(竹中直人)が再び裏切ったという知らせが入る。九死に一生を得た秀吉と小一郎(仲野太賀)は久秀との談判に臨み、唯一無二の茶器・平蜘蛛を渡せば謀反は不問にするという信長の意向を伝える。だが破格の条件にもかかわらず、久秀はなぜか応じないと言い張る。(NHK公式サイトより)

羽柴筑前守秀吉、北国の戦い(手取川の戦い)から離脱。信長激怒。
織田軍は上杉軍に大敗。兵の半分を失う。

福島正則、加藤清正ら、家中の者たちが起請文、血判状を出す。

・天正5年(1577年)秋
松永久秀謀反。

織田信忠(のぶただ)(信長の長男・嫡男)が総大将となり、大和・信貴山城を攻めた。

大和・筒井城主・筒井順慶
摂津・有岡城主・荒木村重
山城・勝竜寺城主・細川藤孝

松永久秀は、三好長慶に仕えた。

秀吉は次は播磨攻め。

 


「豊臣兄弟!紀行」(20)

・朝護孫子寺(ちょうごそんじじ)(奈良・平群町)
毘沙門天をまつる境内に信貴山城があった。

江戸時代、錦絵などで松永弾正久秀は悪く誇張され、ダークヒーローのような人物像が作られた。

戦国の梟雄(きょうゆう)(残忍で強い人)と呼ばれたが、現在では見直されつつある。

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(19)「過去からの刺客」(2026/5/17放送)

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『豊臣兄弟!』(19)「過去からの刺客」(2026/5/17放送)メモ

【あらすじ】(NHK公式サイトより)
信長(小栗 旬)は嫡男・信忠(小関裕太)に家督を譲り、安土に天下一統を見据えた巨大な城を造り始める。秀吉(池松壮亮)は柴田勝家(山口馬木也)を総大将とする上杉攻めに加わるが、作戦を巡り勝家と対立してしまう。一方、慶(吉岡里帆)に他国の武将と内通しているという疑いがかかり、小一郎(仲野太賀)は彼女がひそかに足を運んでいるという村へ向かう。そこで小一郎は、慶がひた隠しにしていた悲しい過去を知り――。

織田家
・織田信忠(のぶただ)(信長の長男・嫡男)
・織田信孝(のぶたか)(信長の三男)
・織田信澄(のぶずみ)(信長の甥)

信忠は岩村城の戦いで武田軍に勝つ(1572ー1575)。
信長は信忠に家督を譲る。岐阜城も渡す。
尾張と美濃を任せて、近江の安土城へ移る。

羽柴筑前守秀吉

・天正4年(1576年)1月
信長たちは岐阜城を出て琵琶湖東部の安土山に城を築く。安土城。

秀吉は信長の勧めにより、前田利家とまつの四女豪姫を養女にもらう。

・天正5年(1577年)
織田家 対 上杉謙信。手取川の戦い。
能登国(のとのくに)・七尾城(ななおじょう)から救援を受けて織田は援軍を出す。
柴田勝家を総大将に4万の軍勢。上杉軍は2万。
秀吉と言い合いになり、秀吉軍だけ帰ってしまう。

・慶と小一郎の雪解け
慶には子がいたが、向こうの祖父が渡してくれない。
小一郎は説得し与一朗を取り戻し、3人で住むことになる。

福島正則、加藤清正らと釣りに。


「豊臣兄弟!紀行」(19)

・甲良町(滋賀県甲良町・琵琶湖の東)
藤堂高虎の出生地。

・津城跡(三重県津市)
江戸時代・高虎は藩主となった。城の石垣の改修や、伊勢街道を城下へ移し、伊勢神宮へ向かう参拝者を取り込むなど、町を発展させた。

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(18)「羽柴兄弟!」(2026/5/10放送)

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『豊臣兄弟!』(18)「羽柴兄弟!」(2026/5/10放送)メモ

【あらすじ】
秀吉(池松壮亮)は織田家家老に昇格し、北近江を拝領。領地に長浜城を築いて城持ち大名となり、小一郎(仲野太賀)と共に羽柴姓を名乗る。小一郎は城下の統治を任されるが、人手が足らずてんてこまい。半兵衛(菅田将暉)から、子飼いの家臣を増やすべきだと助言され、有能な家臣を求めて選抜試験を行うことに。多くの志願者が集まる中、石田三成(松本怜生)、藤堂高虎(佳久 創)ら個性的な若者たちが最終試験に残る。(NHK公式サイトより)

・長篠の戦い(天正3年・1575年)
織田・徳川が武田を破る。

・近江・坂本城(琵琶湖の南) 明智光秀
・若狭・丹羽長秀
・北伊勢・滝川一益

・大和・松永久秀は謀反。
代わりに大和・筒井城主・筒井順慶。

・摂津・有岡城主・荒木村重

・長浜城
浅井の領地であった北近江。
羽柴 筑前守 秀吉
織田家家老(最高職の家臣)となる。

浅野長勝(ねねの父)
浅野長吉(浅野長政・豊臣五奉行の一人。ねねの妹ややの夫)

年貢や役(えき)を免除したので人が集まってきた。

長勝亡くなる。

福島正則(市松)
加藤清正(虎之助)

ねねは養子であったと告白。

・市が信長と対面。
茶々(淀君)、初、江

・藤堂高虎、再登場
浅井が滅んだあと、阿閉貞征(あつじさだゆき)、磯野員昌(いそのかずまさ)などに仕えていた。

・「越前一向一揆」の討伐を終え、秀吉が長浜に帰ってくる。

家臣を募る試験
・片桐且元(かたぎりかつもと)(賤ヶ岳の七本槍の一人)
・平野長泰(賤ヶ岳の七本槍の一人)
・石田三成(佐吉)
この3人が藤吉郎(秀吉)の家臣となる。

藤堂高虎は小一郎(秀長)の家臣になる。

宴会
♪いんじゃ!
松根も巌(いわお)に広がりて、揺るぐことなくめでたけれ。

 


「豊臣兄弟!紀行」(18)

・長浜城(滋賀県長浜市)
かつては「今浜」と呼ばれていたが、信長の一字をもらい「長浜」に変えた。

「長浜城歴史博物館」秀吉が治めていたころの様子や、秀長が出した証文などが残る。

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(17)「小谷落城」(2026/5/03放送)

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『豊臣兄弟!』(17)「小谷落城」(2026/5/03放送)メモ

[話]
・武田信玄の元に奉公衆・三淵藤英が来るが、信玄は織田とは盟約を結んでいるので戦う気はないと返す。将軍義昭自ら一緒に甲斐に来ていたので説得する。

・元亀3年(1572年)
三方ヶ原の戦い。
武田信玄は2万5000の兵を率いて、遠江(徳川)への侵略を開始。
徳川は大敗する。

そんな折り、武田信玄が亡くなる。

・元亀4年春(1573年)
織田軍は京へ。

・元亀4年7月(1573年)
山城 槇島城。将軍義昭の軍は、織田軍7万に敗戦。義昭は京を追放される。15代続いた室町幕府が滅亡。

枇杷庄(びわのしょう)(京都)

・浅井朝倉攻め。総仕上げ。
信長は虎御前山(とらごぜやま)に陣を張る。
朝倉は近江・田上山に。
越前国主・朝倉義景。家臣・朝倉景鏡(かげあき)
大獄砦(おおづくとりで)、丁野砦(ようのとりで)が落ちる。

山本山城主・阿閉貞征(あつじさだゆき)は織田に寝返る。
朝倉は引き上げる。

越前・賢松寺
朝倉景鏡が、朝倉義景の首を取り織田に降伏。百年続いた越前・朝倉が滅亡。

近江・小谷城
北近江・浅井家の最後。浅井久政は切腹。浅井長政も自刃した。


「豊臣兄弟!紀行」(17)

・虎御前山(とらごぜやま)(滋賀県長浜市)
浅井長政は市と子供と別れたあと、城内で自刃した。

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(16)「覚悟の比叡山」(2026/4/26放送)

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『豊臣兄弟!』(16)「覚悟の比叡山」(2026/4/26放送)メモ

[話]
・浅井家・家臣・宮部継潤を調略する。

藤吉郎の姉夫婦・ともと弥助の子、万丸(よろずまる・後の秀次)を人質(養子)として宮部継潤に差し出す。

比叡山・延暦寺
覚恕(かくじょ)

越前国主・朝倉義景、近江・浅井長政。
近江・宇佐山周辺。
森可成(よしなり)、討ち死に。

浅井・朝倉は比叡山にこもり、織田軍と2ヶ月膠着状態に。
公方様(将軍)が仲立ちして、和睦へとつなげる。
(浅井・朝倉を助けた形になったと、信長は疑う)

・元亀2年(1571年)9月12日
比叡山焼き討ち。

比叡山焼き討ちを明智光秀(十兵衛)と藤吉郎に命じる。

藤吉郎は女子供を逃がしたい。
軍目付(いくさめつけ)が見ているのに、逃がすことができるのか。

藤吉郎は初めて信長の命令に逆らう。

明智光秀は命令に従った。
信長はその恩賞に光秀に近江国、滋賀郡を与えた。
城持ち大名になる。坂本城。


「豊臣兄弟!紀行」(16)

・坂本城跡(滋賀県・大津市)
坂本は比叡山・延暦寺や日吉大社の門前町として栄えた。
町に石垣が残る。

琵琶湖岸に明智光秀が築城した「坂本城」があった。
水際に石垣の跡が残っている。

2024年に三の丸の石垣も新たに発見された。
中国の陶磁器も出土。

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(15)「姉川大合戦」(2026/4/19放送)

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『豊臣兄弟!』(15)「姉川大合戦」(2026/4/19放送)メモ

[話]
・金ヶ崎城の退き口のあと、明智十兵衛尉光秀(あけちじゅうべえのじょう みつひで)が家臣として織田家に加わることになる。十兵衛。

鉄砲の弾、硝石(しょうせき・硝酸カリウム)

・小谷城。
浅井家家臣・宮部継潤。
織田の間者。「お市は浅井側に付いた」と言って命をかけて守る。

・浅井討ちの戦略。
小谷城をいきなり攻めるのではなく、周囲の根城を一つずつ潰していく。
苅安城(かりやすじょう)、長比城(たけくらべじょう)を調略。
そして横山城を攻め落とす。長政が出てくるのを待つ。

・万丸(よろずまる・後の豊臣秀次)。姉ともの子。

・信長は徳川にも援軍を要請。三河・岡崎城。遅参。

・将軍。援軍は出さない。奉公衆・三淵藤英、和田惟政。

・元亀元年(1570年)6月19日
北近江へ。浅井・小谷城の前の虎御前山(とらごぜやま)に陣を構える。
城下を焼き払い、横山城を攻める。

朝倉の援軍は朝倉義景(よしかげ)(御屋形様)ではなく、一門の景健(かげたけ)が来る。

御屋形・・幕府から「屋形号」という名誉ある称号を許された守護大名や、家臣が主君を敬って呼ぶ尊称。足利一門、細川家の他に、朝倉義景、上杉謙信、武田信玄、今川義元、北条、大友、毛利など。

・姉川の戦い
元亀元年(1570年)6月28日
朝倉・浅井1万3000 VS 織田・徳川2万1000

織田軍の勝利


「豊臣兄弟!紀行」(15)

・「姉川」(滋賀県・長浜市)
伊吹山地から琵琶湖へ注ぐ川、姉川。
古戦場跡は血原(ちはら)と呼ばれる。
『姉川合戦図屏風』福井県立博物館