日本史【49】恐慌の時代と満州事変2(近代ー18) – 歴史note

日本史【49】恐慌の時代と満州事変2(近代ー18)

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日本史【49】恐慌の時代と満州事変2(近代ー18)

昭和戦前4
<浜口雄幸(外交・内政)>(27代)
外相:幣原喜重郎
(憲政会→民政党)

・1930年 ロンドン海軍軍縮条約
全権:若槻礼次郎
補助艦保有率
英:米:日=ほぼ10:10:7
(cf.1921-22 ワシントン条約・主力艦(大正時代))
↓↓
・統帥権干犯問題
海軍の条約反対派が首相を攻撃

・1931年 三月事件
軍部によるクーデター未遂事件

・1931年 東京駅で浜口首相は右翼に狙撃され、重傷。翌年亡くなる。
→総辞職

<若槻礼次郎内閣②>(28代)
★満州事変(1931-33)の始まり
・1931年9月18日 柳条湖事件(満州・奉天郊外)
関東軍による南満州鉄道・爆破事件(日本軍の自作自演とも)
若槻内閣は不拡大方針→関東軍は無視して拡大。

・1931年 十月事件
再度のクーデター未遂事件

<犬養毅(外交・内政)>(29代)
(政友会)(浜口・若槻は民政党)
・1932年 血盟団事件
右翼団体の血盟団(中心:井上日召)による、井上準之助(前蔵相)と団琢磨(三井合名会社・理事)の暗殺。

・1932年 満州国建国
清朝最後の皇帝(宣統帝)溥儀、執政就任(後に皇帝になるが日本の傀儡)
(関東軍が、清の満州族・女真族のため建国という名目。日本の侵略ではないと。)

・1932年 リットン調査団
国連から、リットン団長(英)らが来日し調査。

・1932年 五・一五事件
犬養毅首相暗殺→「憲政の常道」終了。
(加藤・若槻①・田中・浜口・若槻②・犬養)

昭和戦前5
<犬養毅(高橋財政)>(29代)
蔵相:高橋是清

★高橋財政
①1931年 金輸出・再禁止
(浜口内閣・井上時の解禁を、もう一度禁止に→また金本位制を停止)
→「管理通貨制度」導入。
国が金(GOLD)を使わないで、お金の価値を調整していく。

②低為替政策(円安政策)
→輸出急増(昭和恐慌を立て直した)
綿織物輸出は英に代わり世界一に。
(経済的にも孤立)

③積極財政
→赤字国債(国の借金)を発行し、景気回復をはかる。
(お金を発行しているのと同じ。貨幣価値は下がる。)
→インフレ

<財界の動き>
★新興財閥(満州事変以降に急成長)
・鮎川義介(あいかわよしすけ)(日産)
・野口遵(のぐちしたがう)(日窒)など
満州へ進出

<斎藤実(まこと)内閣>(30代)軍出身
満州事変
「挙国一致内閣」

・1932年 「日満議定書」締結
→斉藤内閣が満州国を承認。

・1932年 リットン(英)報告書公表
日本の行為を侵略と認定。

・1933年 国連総会(ジュネーブ)
満州国不承認案、採択
賛成42:反対(日本)1:棄権(不参加)(シャム)1
→松岡洋右(ようすけ)・全権退席
→国際連盟からの脱退通告(1933年)
国際社会から孤立していく。

・1933年 塘沽(たんくう)停戦協定
満州事変の停戦協定