イギリス – 歴史note

『セシルの女王』4巻 メモ

『セシルの女王』4巻

エリザベス女王はロンドンからはるか北、ハットフィールド宮に。
グレイ法学院

弁える(わきまえる)

クレーフェ公国・・現在のドイツとオランダにまたがる地域に存在した神聖ローマ帝国の領邦国家

宮廷道化師
ソマーズ

大蔵卿ノーフォーク公爵
トマスハワード
アンブーリンの叔父

フランスとローマは休戦

クロムウェルはルター派

『セシルの女王』3巻 メモ

『セシルの女王』3巻

枢機卿・・教皇に次ぐ最高位。

ロンドン塔 ベルタワー11C建造
枢機卿・・教皇に次ぐ最高位。

カトリックは国王を国教会の首長と認めない。

弟ヘンリー8世
兄アーサー

カンタベリ大司教
クランマー大司教

ケンブリッジ大学はプロテスタントに傾く
オクスフォードはまだカトリック。

ハンティンドンシャー州キンボルトン城
キャサリン・アラゴン王妃逝去

当時のフランス国王はフランソワ

『セシルの女王』2巻 メモ

『セシルの女王』2巻

フランドル地方
現在のオランダ🇳🇱南部、ベルギー🇧🇪西部、フランス🇫🇷北部にまたがる地方。

テューダー朝開祖ヘンリー7世
先王の后の後夫の子孫。

スタンフォードはロンドンの北。
ケンブリッジ大学
セントジョンズカレッジ
フェロー 大学の特別研究員

ジョンフィッシャー
カトリックの司教(ビショップ)、ケンブリッジの総長

アンブーリンを正当な王妃と主張=プロテスタント

1534年3月 王位継承法
エリザベスの王位が成立

1534年11月 国王至上法および反逆罪法
英国国教会がローマ教皇庁から独立。
(トマス・クロムウェルの尽力)
ヘンリー8世は政治と宗教、両方の頂点に。

法律家トマス・モア(著書『ユートピア』)はカトリック教徒として結婚問題に反対。処刑される。

『セシルの女王』1巻 メモ

『セシルの女王』1巻
1533年
イングランド リンカンシャー州スタンフォード
ウィリアム・セシル12才

ばら戦争の傷跡はいまだ深く多くの貴族が没落。
→ジェントリ(地方の地主)の台頭

スタンフォードからロンドンは150km
ロンドン グリニッジ宮殿
ヘンリー8世

・ヘンリー8世の側近
トマス・クロムウェル

・ヘンリー8世の王妃
第一王妃 キャサリン・オブ・アラゴン(スペイン)ー娘メアリ
第二王妃 アン・ブーリン(エリザベス女王の母)
第三王妃 ジェーン・シーモア

1533年9月7日
アン王妃が女児を出産(⇒エリザベス女王)。

『7人のシェイクスピア〜NON SANZ DROICT』4・5・8・10巻メモ

『7人のシェイクスピア』4巻

ランカスター家🔴のヘンリー6世の妻、王妃マーガレットが、ヨーク公⚪️を討つ。
ヨーク家三兄弟が復讐する。
長男エドワード4世
次男ジョージ クラレンス
三男リチャード3世
ヘンリー6世、マーガレット王妃は敗北。
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5巻
英の英雄王
獅子心王リチャード1世
エドワード黒太子
ヘンリー5世

『マクベス』
11Cスコットランド🏴󠁧󠁢󠁳󠁣󠁴󠁿王
野心的。婦人も唆す。
王を討つ。3人の魔女。
謀反でのしあがり、最後は謀反される。
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8巻
ローマの作家
・オウィディウス
・プルタルコス
『プルターク英雄伝』
(プルタークは英語読み)
・ウェルギリウス
(『世界史Bの焦点』ローマ文化16p)
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10巻
「復讐するは我にあり」
聖書の言葉。ここの「我」は神のこと。復讐は人間がやるのではなく神に任せるのがいいという意味。

プロメテウスの炎
ギリシア神。人間に火を与えた。

『7人のシェイクスピア〜NON SANZ DROICT』1・2巻メモ

『7人のシェイクスピア〜NON SANZ DROICT』
1巻
『ヴェニスの商人』
シャイロック

2巻
マーロウ
『タンバレイン大王』
中央アジア、ティムールがモデル

英・バラ戦争(1455-1485)
○ 勝ち🔴ランカスター家(ヘンリー7世)
VS
× 負け⚪️ヨーク家(リチャード3世)

🔴ランカスター家のヘンリー・テューダーが勝利。⇒ヘンリー7世としてテューダー朝を始めた。

(⚪️ヨーク家の三男リチャード3世が敗北)

ヨーク家の三男・リチャード3世
兄エドワード

 

『7人のシェイクスピア(無印)』1巻メモ

『七人のシェイクスピア』(無印)1巻メモ

ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)
詩人、劇作家。生誕地イングランド中部ストラットフォード・アポン・エイヴォン。墓碑銘。エイヴォン河沿い。聖トリニティ教会

1600年。イングランド。ロンドン。エリザベス女王の御代。
ピューリタン(清教徒革命)は劇場などを否定。
『ハムレット』デンマーク🇩🇰の王子。復讐劇。
恋人オフィーリア。(ミレイの絵画)

ロバートセシル。エリザベス女王の重臣。

1587年リバプール
茶が中国(明)から薬として入ってきている。絹織物も。
十分の一税。教会。台湾、マニラ、密貿易。
(秀吉。文禄1592 慶長1597)

【39】世界恐慌とファシズム諸国の侵略

【39】世界恐慌とファシズム諸国の侵略
(1)世界恐慌の到来
(2)イギリス・フランスの対応
(3)日本の中国侵略
(4)ナチ党の勢力拡大
(5)ナチス=ドイツの動向
(6)ファシズム諸国の協力体制
(7)第二次世界大戦へ


(1)世界恐慌の到来
ポイント①アメリカから始まった恐慌が世界へ波及!!
「暗黒の木曜日」から始まる経済危機

米の繁栄。空前の株式ブーム。

世界恐慌(1929年10月24日(木))
ブラックサーズデー「暗黒の木曜日」
NY株式市場 ウォール街で株価大暴落
→米で金融恐慌→全世界へ波及
↓↓
・フーヴァー大統領(任1929~1933)
特に対策せず。
フーヴァー=モラトリアム
→欧への支援を1年止める。→欧の経済悪化・・。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②フランクリン=ローズヴェルトの改革!
経済には国家が積極的に介入すべき

フランクリン=ローズヴェルト(民主党)(位1933~1945)
ニューディール政策
新規まきなおし。国家の経済介入

農業調整法(AAA)トリプルA
農民を救済。生産制限、過剰生産物の政府買い上げ。

全国産業復興法(NIRA)
企業の救済。労働者の団結権・団体交渉権を承認。

↓↓ 企業を助けるのは憲法違反と言われる。

ワグナー法
労働者の団結権・団体交渉権を改めて承認

テネシー川流域開発公社(TVA)
政府が総合開発に着手。公共事業ダム建設など。
多くの失業者を吸収。

<外交>
善隣外交(1933)
経済的、政治的な南北アメリカの一体化へ
(強い外交から→友好的な外交へ)

キューバ独立の承認

ソ連の承認(1933)
市場になるのでは・・との狙いもあり


(2)イギリス・フランスの対応
ポイント①イギリスは自由貿易路線を止める!?
広大な植民地をもつイギリスが取った方法とは

(英の世界恐慌対策)
第2次マクドナルド内閣(任1929~1931)>
・労働党(社会主義政党)
失業保険の削減
労働党の反対で総辞職、除名
↓↓
マクドナルド挙国一致内閣(任1931~1935)>
恐慌対策
金本位制停止・・金が国外へ流出するのを防ぐ
(金本位制とは・・紙幣と金との交換が保障されている制度。信用度を保つ。)

オタワ連邦会議(イギリス連邦経済会議)
イギリスは自由貿易をやめる。自治領と植民地とのみ貿易する。
ブロック経済の採用
スターリング=ブロック(ポンド=ブロック)
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ポイント②フランスの対応はグダグダ!?
恐慌への対策に遅れをとったフランスは・・

(仏の世界恐慌対策)
フラン=ブロック(英と同じようにした)

国内改革はできず不安定
・小党分立・政局不安定→ファシズム勢力の拡張(反社会主義・反共産主義)

↓↓ ファシズムを押さえ込むために

人民戦線の結成(反ファシズム)
フランス社会党・急進社会党・フランス共産党
↓↓
ブルム人民戦線内閣の成立(フランス社会党)


(3)日本の中国侵略
ポイント①日本の軍国主義化
第一次世界大戦後の日本の政治はどうなる!?

金融恐慌に世界恐慌が加わる。軍部が力を持つように。。「持たざる国」の日本は植民地を求めて中国侵略を強める。

満州事変(1931)>
柳条湖事件(1931.9.18)
日本の関東軍が奉天郊外で南満州鉄道を自ら爆破。自作自演。中国側の仕業だと言う。
↓↓
さらに満州から目をそらすために・・
↓↓
上海事変(1932)
日本人殺害事件を口実に、日本の海軍が進出。

↓↓ その間に・・

満州国の建国(1932)遼東半島の北
執政:溥儀(清の宣統帝)

リットン調査団の報告
→柳条湖事件は日本の自作自演で侵略。満州建国は認めない。
→日本、国際連盟を脱退(1933)

・五・一五事件(1932)
海軍将校が犬養毅首相を暗殺(政党政治が終わる・・)

・二・二六事件(1936)
陸軍の急進派将校らが重臣・閣僚などを暗殺(高橋是清・大蔵大臣や斎藤実・内大臣など。岡田啓介首相は難を逃れる。)
↓↓
日本は軍国主義へ・・

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②中国では国民党と共産党の対立が進む
共産党の毛沢東が蒋介石に呼びかけたこととは?

中国国内は国共が対立してまとまっていない・・

長征(大西遷・だいせいせん)>
・国民党の攻撃
→共産党軍の大移動
→毛沢東は本拠地を瑞金から→延安へ。12,500km

八・一宣言の発表(1935)
国民党へ内戦の停止と抗日民族統一戦線の結成を訴える
→蒋介石は聞かず。
↓↓
西安事件(しーあん/せいあん/じけん)(1936)
張学良が蒋介石を監禁・説得。
→蒋介石は抗日への姿勢を示す(しぶしぶ)
(※蒋介石はその後も張学良を許さず、WW2後に台湾で張学良をずっと軟禁していたほど。)

盧溝橋事件(1937.7.7)北京郊外
日本と中国の軍事衝突=日中戦争が始まる
→同時に第2次国共合作の成立

日中戦争(1937~1945)>
・南京占領→南京事件
→日本は中国各地へと侵略。中国側は劣勢。日本が優勢。

・国民政府(蒋介石)は南京を捨て→重慶へと遷都
重慶政府(抗日最後の拠点)
VS
・「南京国民政府」の樹立・・日本の傀儡政権
指導者:汪兆銘
(北伐で蒋介石と対立。別ルートを行った)


(4)ナチ党の勢力拡大
ポイント①ドイツ国民を魅了したナチ党の政策!
合法的な手段で政権の獲得を目指すヒトラー

ナチ党(国民(国家)社会主義ドイツ労働者党)>ファシズム政党
「国民社会主義」の意味・・資本主義で生じた問題を、ロシアのような社会主義ではなく、国家が率先して解決する。独裁権力を使う。ファシズム。

指導者:ヒトラー
・反ユダヤ主義、反共産主義
ユダヤ人は商売、金貸しが多い→貧富の差が拡大している。
・植民地の再分割を目指す
↓↓
・中間層(中産階級)や軍部の支持
↓↓
突撃隊(SA)
反対派を暴力で打倒。ナチスの私軍。

親衛隊(SS)
幹部の身辺警護組織
→後にゲシュタポ(秘密警察=スパイ)を創設
反対派を抑圧していく。

ミュンヘン一揆(1923)→✕失敗
ナチ党のクーデタ
ヴァイマル政府の打倒を掲げ、政権獲得を目指す
(ムッソリーニのローマ進軍のように。)
→鎮圧される。
(ドイツ国民はルールを重んじるため)
→合法的な手段に変えていく

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②ヒトラーの政権獲得。第三帝国の成立
世界恐慌を機に一気に党勢を拡大するナチ党・・

<世界恐慌によるドイツ経済の破綻>
ヴァイマル共和国
・2代ヒンデンブルク大統領(任1925~1934)
世界恐慌の波及
→効果的な対策を打てず、失業者は増加を続ける

1932年選挙
第1党:ナチス 第2党:社会民主党 第3党:共産党
↓↓
ヒトラー内閣の発足(1933)
ヒトラーは即座に国会解散宣言
→国会議事堂放火事件
ドイツ共産党弾圧(解散)→ナチ党に吸収

<第三帝国(1933~1945)>
全権委任法・・政府に立法権を委ねる
(ヴァイマル憲法が停止。死文化)
(第一帝国:神聖ローマ帝国。第二帝国:ドイツ帝国)

・ヒンデンブルク大統領の死
大統領・首相・党首の全権を掌握
総統(フューラー)


(5)ナチス=ドイツの動向
ポイント①ナショナリズムを利用した政治
ヒトラー政権が支持された最大の要因とは・・

<経済政策>
アウトバーン建設・・高速自動車道路網(独ー墺間)
失業者を大量に吸収

・四カ年計画・・軍事最優先の生産活動

ユダヤ人排斥> ナショナリズムの利用
・ホロコースト・・ユダヤ人大虐殺
各地にゲットー(強制隔離居住区)を設置
強制収容所・・アウシュヴィッツ(ポーランド南部)

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②ヴェルサイユ体制の打破!軍備を拡大するドイツ
国際連盟の脱退後の急激な軍備拡張

<ナチス=ドイツの外交>
国際連盟の脱退(1933)・・日本についで2番目
ザール編入・・石炭。住民投票で独領に。独仏国境
再軍備宣言(1935)・・徴兵制復活(義務兵役)。ヴェルサイユ条約の破棄

<ヨーロッパ諸国の対応>
仏:仏ソ相互援助条約締結
(その後、仏・チェコスロバキア・ソ連が同盟を組む)
は独の再軍備を警戒

英:英独海軍協定の締結(1935)
→英は独の再軍備を容認した。ソ連の社会主義勢力を抑えたい。
→ナチス暴走。
↓↓
ラインラント進駐(1936)・・仏ソが組んだことに反発。西欧の安全をうたったロカルノ条約破棄


(6)ファシズム諸国の協力体制
ポイント①ファシズム勢力を抑えこめ!
各国の共産党はファシズムを第一の敵とする

ファシズムは反共産・反社会主義
<コミンテルン第7回大会(1935)>
・「味方でないものは敵」→「敵でない者は味方」
各国の共産党はあらゆる反ファシズム勢力と協力
人民戦線の結成

スペイン人民戦線の結成(1936)>
・スペイン=ブルボン朝の崩壊
→ファシズム政党が党勢を拡大

アサーニャ人民戦線内閣
社会主義的改革を実施

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②ファシズム国家の同盟成立
ドイツとイタリアが急接近。一体何が?

独はヨーロッパで孤立している。イタリアが追う。

<ファシズム国家の国際的孤立>
(ムッソリーニ)、エチオピア侵入(1935)
恐慌による国内の経済危機から国民の目をそらすために決行。
(※第1次エチオピア戦争(アドゥワの戦い1896)はエチオピアが勝利し、伊を追い出したが、今回の第2次はイタリアが勝利し、エチオピアを併合した。)

→国際連盟、イタリアに経済制裁を実施
→イタリアも孤立していく・・

↓↓ この内戦をきっかけに独・伊が仲良くなる

スペイン内戦(1936~1939)>
・アサーニャ人民戦線内閣(社会主義)
→軍人フランコの反乱(ファシズム支持)
↓↓
ファシズム(フランコ側)ドイツ・イタリア
VS
社会主義(アサーニャ側)ソ連、国際義勇軍(米:ヘミングウェー)↓↓
不干渉政策
英・仏など20カ国は内政不干渉を宣言。
→「独伊ファシズムはソ連の社会主義を倒してくれるのでは・・」という浅はかな期待を持つ・・

↓↓ 怒られないな・・

ベルリン=ローマ枢軸の成立(独と伊の同盟)
三国防共協定の成立(日独伊
防共」=「ぐ。産、社会主義を」

英仏「日独伊でソ連を囲んでる・・!つぶしてくれるかも」
独伊「防共と言えば何をしてもいいんだな」→悪い自信を付けてしまう。

→イタリア国際連盟脱退(1937)3番目の脱退

ドイツ空軍のゲルニカ(バスク地方の町)無差別爆撃
ピカソ『ゲルニカ』を描いて抗議

・首都マドリード陥落
フランコ独裁政権(ファシズム政権)の成立
✕アサーニャ人民戦線内閣(社会主義)


(7)第二次世界大戦へ
ポイント①暴走するヒトラーを放置する英・仏
領土拡大に動くナチス=ドイツを黙認する理由は?

スペイン内戦で自信をつけたヒトラー、さらに暴走・・
<ドイツ人地域への進出>
オーストリア併合(1938.3)同じゲルマン民族だから
ヴェルサイユ条約やサン=ジェルマン条約で禁止されているのに、誰にも文句を言われない

・ドイツがズデーテン地方(チェコスロバキア・ドイツ系住民多い)の割譲を要求→チェコスロバキアは拒否
↓↓
ミュンヘン会談>(1938.9)
・英:ネヴィル=チェンバレン
・仏:ダラディエ
・独:ヒトラー
・伊:ムッソリーニ
(※ソ連、チェコスロバキアの代表は未招集)

宥和(ゆうわ)政策・・独に譲歩。英仏はヒトラーの要求を受諾。(=防共を期待しているため)
↓↓
・ドイツ、ズデーテン地方を併合
英「これが最後だよ」独「分かった」

↓↓ と言いつつ暴走は止まらない

・チェコスロバキア解体

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②世界に激震!ドイツがある国と同盟を締結!
第二次世界大戦へと突入するヨーロッパ

ダンツィヒ・ポーランド回廊の割譲要求>
・ポーランドは英仏の支援を期待して拒否

↓↓独「ポーランドを攻めたらソ連が来るな。戦うより利用してやれ」

独ソ不可侵条約の締結(1939.8)
(2国の思惑)
ドイツ・・両面戦争(仏とソ連に挟みうち)の回避
ソ連・・英仏への不信感
↓↓
世界が衝撃!
(日本、35代平沼騏一郎「欧州の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じた。」総辞職(日独伊で防共するんじゃないの?共の親玉のソ連とくっつくの?))
↓↓
ドイツ、ポーランド侵攻(1939.9.1)
→第二次世界大戦の開始

 


世界史タイトル一覧

 

 

【37】第一次世界大戦後の欧米諸国

【37】第一次世界大戦後の欧米諸国
(1) 戦勝国アメリカの栄華
(2) 戦勝国イギリス・フランス
(3) 敗戦国ドイツの復興
(4) ファシズムの台頭
(5) 東欧諸国の動向


(1)戦勝国アメリカの栄華
ポイント①第一次世界大戦を勝利に導いたウィルソン!
急速に保守化するアメリカ社会・・

米が政治・経済No1に!排他・排外的になる。

民主党政権(1913~1921)>
28代ウィルソン大統領
禁酒法(1920~1933)
(厳格なプロテスタント(ピューリタン)の意思を反映)

女性参政権(1920)男女平等選挙権
(総力戦で女性も兵器工場で働いた。→女性の地位向上)

モンロー主義「米は米、欧は欧」のように昔に戻そう。
ヴェルサイユ条約の批准を拒否(上院の反対)
米は国際連盟不参加
さらに保守化が進み、次は共和党が政権を取る。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②排外的なアメリカ社会の「裏」の顔
共和党政権下に露わになったアメリカの「光」と「影」

共和党政権(1921~1933)>3代続く
排外的。(外国人出ていけ)。さらに保守的に。

債権国アメリカ
米は債務国から→債権国になった。
WW1の連合国の兵器工場になったため。

・大量生産・大量消費
へ。
大衆消費社会。新聞やラジオ放送など。

WASP(ワスプ)北部都市・白人中心階級
白人(White)、アングロ・サクソン(AS)、プロテスタント(P)。
↓↓
・K・K・K(クー・クラックス・クラン)活動再開。
黒人、黄色人種の差別。
↓↓
・サッコ・ヴァンゼッティ事件(伊系・冤罪)
2人のイタリアの無政府主義者への冤罪事件

移民法(1920)
アジアからの移民は全面禁止。排日移民法。


(2)戦勝国イギリス・フランス
ポイント①躍進する社会主義勢力
イギリスでは初の社会主義政党が政権を獲得

<英>
ウィンザー朝(1917~現在)
(王家が変わったのではなく、ハノーヴァー朝から改名。ハノーヴァーはドイツ読みなので。)
スチュワート朝⇒ハノーヴァー朝(独出身の諸侯)
(ウィンザーはバッキンガム宮殿がある地名)

ロイド・ジョージ挙国一致内閣
・第4回選挙法改正(1918)
21才以上の男性、30才以上の女性に選挙権。
イギリス初の女性選挙
(※世界初の女性選挙権はニュージーランド。(1893))

第1次マクドナルド内閣(1924)
英で労働党内閣。(社会主義政党)。自由党と連立したが崩壊。

第5回選挙法改正(1928)
21歳以上の男女に選挙権。

お金に余裕がないので植民地支配の方針を変更
↓↓
ウエストミンスター憲章(1931)
自治領をイギリス本国と同党の地位を与える。法的に制定。
大英帝国」⇒「イギリス連邦」と改称。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②フランス外交は「本音」と「建て前」!?
ヨーロッパ諸国の顔色をうかがう外交

<仏>
対ドイツ強硬外交
・クレマンソー挙国一致内閣
・ポワンカレ内閣。
ルール占領(ルール出兵)→仏は他の欧米に怒られた。
↓↓
対ドイツ協調外交に変更
本音:独のことキライ。
建前:手のひら返しで独と協調

・左派連合政権
ソ連の承認、ロカルノ条約締結。

・ポワンカレ内閣
不戦条約(1928)パリで調印。
米ケロッグ、仏ブリアン。


(3)敗戦国ドイツの復興
ポイント①第一次世界大戦後のドイツ国内の混乱!
帝政から共和制へ移行するドイツが直面した問題

ドイツ革命(1918~1919)>
キール軍港の水兵反乱。
「評議会(レーテ)」が成立。労働者・兵士の代表が集まる会議。
(ロシアでは「ソビエト」、ドイツでは「レーテ」と呼ばれる。)
ヴィルヘルム2世亡命。
↓↓
ドイツ共和国成立。(王や皇帝がいない)
ドイツ休戦協定を締結。

スパルタクス団の結成。(「ドイツ共産党」の母体)
ドイツをロシアのような社会主義国家にしようと暴動。←鎮圧。
・カール・リープクネヒト
・ローザ・ルクセンブルク(ポーランド出身の女性革命者)

ヴァイマル国民議会の開催(1919)
社会民主党が主導
初代大統領・・エーベルト
↓↓
ヴァイマル(ワイマール)憲法
当時世界で最も民主的主権在民、男女平等の普通選挙。労働者の団結権、団体交渉権の保障。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②世界でもっとも民主的な国が抱えたトラブル!
巨額の賠償金がドイツ社会に大きな影響を及ぼす・・

ヴァイマル共和国(ドイツ共和国)

<賠償問題>
仏にルール占領される⇒激しいインフレ
・帝政派の軍部クーデタ
・ドイツ共産党の武装蜂起など
国内は混乱・・

シュトレーゼマン大連合内閣>
・首相:シュトレーゼマン
レンテンマルク紙幣の発効。(1兆マルク=1レンテンマルク)
インフレを奇跡的に収束。
↓↓
<2代目大統領 ヒンデンブルク
・協調外交(シュトレーゼマン外相)
ロカルノ条約の締結→ドイツの国際連盟の加盟。
不戦条約の締結

着実に復興を歩む・・。
(シュトレーゼマンはノーベル平和賞受賞。仏ブリアンとともに。)


(4)ファシズムの台頭
ポイント①戦勝国なのに混乱するイタリア
民主主義の矛盾をついた新しい政治思想の登場

(イタリア)
ヴェルサイユ体制への不満
戦勝国だけど不満→参戦の条件に英仏と約束した「未回収のイタリア」が一部回収できなかったから。
↓↓
フィウメ問題(イタリア人が多く住む地域)
南チロル、トリエステは回収できたが、フィウメはユーゴスラヴィア領に→その後、国際連盟の管理下に

・戦後の不況問題
北イタリアでストライキ。←政府(イタリア社会党)が鎮圧。
「社会党(社会主義)」は労働者の味方じゃないのか!」失望・・。
↓↓
新しい政治思想。ファシズムの台頭。
貧富どちらにも支持される。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②ムッソリーニの一党独裁体制の確立!
民衆から支持を集め、独裁政治を行う

<ムッソリーニ(ファシスト党)(1883~1945)>
ファシスト党の結成
反社会主義
→資本家・地主・軍部に支持を拡大

国家による経済統制
仕事は与える。物価は下げる。
→下層階級からも支持
↓↓
「ただし言論の自由は許さない!」
ファシズム全体主義

ローマ進軍
ムッソリーニのクーデター。
国王はムッソリーニの組閣を承認。政権を獲得
↓↓
・フィウメ併合
国民から支持が高まる
↓↓
ファシスト党の一党独裁制
の成立
ファシズム代表議会

アルバニア保護国化
植民地拡大(バルカン半島・モンテネグロの南)
強いイタリアをアピール

ラテラン条約(1929)
ローマ教皇との和解
(イタリア政府とローマ教皇は断絶していた。→イタリア統一運動の普仏戦争1870で教皇領を奪ったため。)
→ヴァチカン市国(しこく)の成立承認。
(※ナポレオンもローマ教皇と和解して国民の人気を獲得していた)

↓↓
イタリア国民の仲間意識を高めていく。
当時イタリア国民はファシズムを支持


(5)東欧諸国の動向
ポイント①独裁政治のほうが都合が良い!?
西ヨーロッパ諸国は東欧の独裁政治を認める

・ウィルソン提唱の「民族自決」が東欧には適用され独立。

東欧諸国の独裁ポーランド)>
・ソヴィエト✕=ポーランド戦争〇
ポーランドは勝利し、領土を獲得。
ピウスツキの独裁体制(議会は無視)

東欧諸国の独裁ハンガリー)>
ハンガリー革命(1918~1919)
社会党や共産党がソヴィエト政権(社会主義)を樹立。
→ハンガリー共和国の独立←ルーマニア軍介入で崩壊。
↓↓
・ホルティの独裁
王政を復活。社会主義を阻止

西欧の考え
→「社会主義さえ阻止してくれれば、独裁でもいい」

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②世界が注目!ソ連経済の急成長
社会主義国家の計画経済とは?

レーニンの死(1924)ロシア革命の指導者・ソ連の創始者
後継者をめぐって2人が争う。
↓↓
[1]トロツキー✕:「世界革命論
西欧や世界に革命を広げよう。政治的援助が必要。
(→メキシコで暗殺される)
VS
[2]スターリン〇:「一国社会主義論
社会主義の建設はソヴィエト一国で充分。

スターリン体制(1930年代)>
粛正
スターリン反対派を大量に処刑。

スターリン憲法(1936)
形式的な民主主義。男女平等。民族平等。(→書いただけで実際はやらない)

<ソ連の計画経済>
第1次五カ年計画(1928~1932)
重工業重視の工業化。→工業国へと急成長。
農業の集団化、機械化。
コルホーズ(集団農場)桑・機械などを共同で利用
ソフホーズ(国営農場)作物は国のもの。賃金を支払う。

■ 第2次五カ年計画(1933~1937)
・軽工業の発展

↓↓
ソ連は欧米に並ぶ経済大国に成長。西欧には社会主義が脅威となってくる・・。

 


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