【45】アジア諸地域の紛争
(1)ベトナム戦争
(2)カンボジア・ラオスの情勢
(3)インドシナ半島以外の東南アジア
(4)南アジアの紛争
(5)中東戦争
(6)イラン革命
(1)ベトナム戦争
ポイント①社会主義の拡大を防ぎたい!
アメリカ、ベトナム戦争へ介入するも財政悪化
<インドシナ戦争後のベトナム>北緯17度線
・北ベトナム:ベトナム民主共和国(ホーチミン)
VS
・南ベトナム:ベトナム国(バオダイ)仏が擁立
↓↓
・ベトナム共和国の成立(1955)米が擁立
ゴ・ディン・ジエム大統領
→南北統一選挙を拒否。親米・反共の独裁政治。
・南ベトナム解放民族戦線の結成(解放戦線)
一部の民衆が抵抗。「北とくっつきたい」。南ベトナムの内部でできた組織。南ベトナムでクーデタ頻発。
→ゴ・ディン・ジエム暗殺
↓↓ 焦るアメリカ・・
(トンキン湾事件をねつ造)
<ベトナム戦争(1955~1975)>
・米国の北ベトナム爆撃(北爆)(1965)
36代 ジョンソン大統領
米、韓国、フィリピン、オーストラリアなど50万人以上の軍を派遣
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ポイント②ベトナム戦争の泥沼化・・
アメリカの国際的威信は大きく低下。停戦を求めて動き始める。
<ベトナム戦争>
・南ベトナム解放民族戦線が各地で猛反撃(ゲリラ戦)
・ベトナム反戦運動の高揚
米国内をはじめ欧州・日本でも展開
→アメリカの国際的孤立
・パリ和平会談
ジョンソン大統領が北爆の部分停止を表明
・ニクソン訪中(1972)
中国に頼んだ「アメリカに不利にならないように斡旋して下さい」
↓↓
・ベトナム(パリ)和平協定(1973)
→米軍のベトナム撤退
37代 ニクソン大統領
(※ベトナム戦争はジョンソンで始め、ニクソンで終わる)
↓↓
・サイゴン攻略(1975)
南ベトナム政府が壊滅
↓↓
・ベトナム社会主義共和国の成立(1976)南北ベトナム統一
北ベトナムが南ベトナムを吸収。
↓↓
ドイモイ(刷新)の展開(1980年代)
改革・開放路線
(2)カンボジア・ラオスの情勢
ポイント①ベトナム戦争に巻き込まれた?
米軍、ベトナムの隣国カンボジア、ラオスへ侵攻
<カンボジア>
・カンボジア独立(1953)(仏→日→仏より)
国王シハヌーク(親中派)
→社会主義へ傾倒
↓↓
・米軍のカンボジア侵攻
シハヌークを追放
ロン=ノル政権(親米派)
<ラオス>
・ラオス独立(1953)(仏→日→仏より)
政情不安定が続く
親米派首相 VS 左派勢力(社会主義)
米軍のラオス侵攻
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ポイント②カンボジアにおける内戦の激化
米軍撤退後、暗黒の時代へ突入・・
国王シアヌーク追放後・・
<民主カンプチア(民主カンボジア)>
米軍ベトナムから撤退。ロン・ノルは後ろ盾(米)を失う
↓↓
<ポル・ポト政権>(1975~1979)
・親中派(中国をモデルにした国づくり)
・赤色(せきしょく)クメール(クメールルージュ)
農村を基盤とする極端な共産主義社会の建設
反対派を虐殺。
↓↓
・ヘン・サムリン政権・・反ポルポト。ベトナムの支援を受ける。
ベトナム軍のカンボジア侵攻
→ポル・ポト政権の崩壊
↓↓
・中越(中国=ベトナム)戦争(1979)
中国(ポルポト)✕ VS 〇ベトナム(ヘンサムリン)
(初の社会主義同士の戦い)
↓↓
ヘン・サムリン政権はベトナムの力を借りて長期政権へ。
(3)インドシナ半島以外の東南アジア
ポイント①開発独裁の行き詰まり
フィリピン・インドネシアでみられた独裁の終焉
(フィリピン)
<マルコス大統領(任1965~1986)>(反共・親米)
開発独裁
反政府運動の高まり
イスラーム勢力
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(インドネシア)
<初代 スカルノ大統領(任1945~1967)>
・九・三〇事件(軍部クーデタ)
軍部保守派が実験を掌握
↓↓
<2代 スハルト大統領(任1968~1998)>(反共・親米)
・東南アジア諸国連合結成(ASEAN)アセアン
(Association of South-East Asian Nations)
東南アジアの社会主義化を防ぐためにできた。
→後に反共の色は薄れ、経済協力組織になっていく。現在でもある。(高市首相も参加 2025/10/26)
(cf ※東南アジア条約機構(SEATO)はベトナム戦争の終結で解消。現在はもうない。)
・東ティモール、アチェ、インドネシアからの独立の動き
・アジア通貨危機の混乱
→スハルト退陣
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ポイント②マレー半島内部の民族対立
現地マレー人と華僑の対立
(マレーシア)
・マラヤ連邦の成立
イギリス連邦の自治領
・マレーシア連邦の成立
マラヤ連邦・シンガポールなど
現地マレー人を優遇する経済政策
→貧富の差を解消することが目的
↓↓
華僑(中国からの移民)が反発
マレーシアから独立
↓↓
・シンガポール、分離・独立(1965)
・新興工業経済地域(NIES/ニーズ)の一員へ
(韓国・台湾・香港・シンガポール・ブラジル)
発展途上国の中から急速な工業化に成功し高い経済成長率を実現。
(4)南アジアの紛争
ポイント①インド VS パキスタン
東パキスタンの独立を支援するインド
<第1次インド・パキスタン戦争(1947~1949)>
・カシミール帰属問題
住民はイスラーム系、藩王はヒンドゥー系
・ガンディー暗殺(1948)
・インドの核保有(1974)
世界で6番目
<パキスタン共和国独立(1947)>
初代総督:ジンナー(任1947~1948)
全インド=ムスリム連盟の指導者
・バングラデシュ(東パキスタン)分離・独立(1971)
インドが支援
↓↓
・第3次インド・パキスタン戦争(1971)
・パキスタンの核保有(1998)
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ポイント②スリランカの内戦
宗教対立が火種に・・
<スリランカ内戦>
・スリランカ(セイロン)独立(1948)
(セイロン→スリランカに改名(1972))
・スリランカ内戦(1983~2009)26年
タミル人(少数派・ヒンドゥー教徒)
VS
シンハラ人(先住民・仏教徒)
※英が茶葉の栽培の労働力のため、南インドからタミル人を強制連行した。
(5)中東戦争
ポイント①第1次・第2次中東戦争
パレスチナ分割案が引きがねに・・
WW1後、英がパレスチナを管理
WW2、英が管理を放棄
↓↓
<第1次中東戦争(1948)>
・パレスチナ分割案が国連総会で可決
→ユダヤ人がイスラエル建国
アラブ諸国連盟✕ VS 〇イスラエル
→アラブ人がパレスチナ難民に・・
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<第2次中東戦争(スエズ戦争)1956)>
・ナセル大統領(エジプト)
スエズ運河国有化宣言
→イスラエル、英、仏が出兵
→国連が即時停戦を決議
→停戦
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ポイント②第3次・第4次中東戦争
アラブ人を追い出した!非道なイスラエル
<第3次中東戦争(1967)> イスラエル圧勝〇
・パレスチナ解放機構(PLO)結成
アラファト議長(任1969~2004)
難民を救済。アラブ人の権利を守っていこう。
イスラエルがエジプト・シリア・ヨルダンに先制攻撃
[1]シナイ半島(エジプト)
[2]ガザ地区(エジプト)
[3]ヨルダン川西岸(ヨルダン)
[4]ゴラン高原(シリア)
を軍事占領
→ますます難民が増える・・
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<第4次中東戦争(1973)>
サダト参戦
・アラブ石油輸出国機構(OAPEC)の結成
石油が取れるアラブ人国家
・アラブ側が先制攻撃
→イスラエルの反撃
・アラブ産油国が石油戦略を発動
→第1次石油危機(オイルショック)
OAPEC・・親イスラエル諸国への石油輸出停止
OPEC(石油輸出国機構)・・原油価格を値上
(6)イラン革命
ポイント①イラン=イスラーム共和国の成立
イスラーム原理主義を掲げ、革命が発生
・イラン(首都:テヘラン、他の都市:イスファハーン)右・東
・イラク(首都:バグダッド)左・西
イ|イ
ラ|ラ
ク|ン
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クウェ|
ペルシア湾
イランで起きた革命
<国王パフレヴィー2世(位1941~1979)>親米、親英、反共
・「上からの近代化」を推進
・バグダード条約機構(中東条約機構・METO)に加盟
反共路線
→中央条約機構に加盟(CENTO)
↓↓ 貧富の差が拡大
<イラン=イスラーム革命(1979)>
・シーア派のホメイニが指導
イスラーム原理主義
(※シーア派は少数派で、人口の10%だが、イランはシーア派が多い。→サファヴィー朝ペルシアで、シーア派が国教だったため)
→パフレヴィー2世の亡命
→イラン=イスラーム共和国が成立
これまでの路線をガラッと変える→反米、反英に
・産油量の削減
→第2次石油危機(オイルショック)
アメリカとイランの関係は急速に悪化。米はイラクが憎い!国交断絶に・・
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ポイント②湾岸戦争、勃発
イラク、クウェートへ侵攻
<イラクの動向>(都:バグダッド)
・イラク革命・・王政を廃止
<サダム・フセイン大統領(任1979~2003)>
独裁権力(→イラクにはシーア派、スンナ派、その他の民族が混在しているため)
隣のイランでシーア派のホメイニが革命を起こした(イラン=イスラーム革命1979)。イラクでもシーア派が立ち上がられたら困る・・。
↓↓
・イラン・イラク戦争(1980~1988)
米が味方になってくれる(米はイランが嫌いなので)
長期戦、勝負は引き分け。財政難に・・。
↓↓
・クウェート侵攻(1990)
石油が取れる地域。フセインが「元々クウェートはイラクの領土だ」と言って侵攻する。
↓↓
・湾岸戦争(1991)
米を中心とする多国籍軍がイラクを空爆
多国籍軍(米)〇 VS ✕イラク(フセイン)
(米の手のひら返し・・)