260116
『応天の門』21巻メモ
・白馬(青馬)の節会(あおうまのせちえ)
正月七日
黒毛の馬
芦毛(あしげ)灰色の馬
在原業平は「右馬頭(みぎのうまのかみ)」になった。
・昔の正月1日は、今の2月17日頃。
・熱田津(にぎたつ)は、伊予国(愛媛県松山市。道後温泉のあたり。)
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歴史の学びメモ
260116
『応天の門』21巻メモ
・白馬(青馬)の節会(あおうまのせちえ)
正月七日
黒毛の馬
芦毛(あしげ)灰色の馬
在原業平は「右馬頭(みぎのうまのかみ)」になった。
・昔の正月1日は、今の2月17日頃。
・熱田津(にぎたつ)は、伊予国(愛媛県松山市。道後温泉のあたり。)
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260116
『応天の門』20巻 メモ
・近衛府(このえふ)内裏の中心
右近衛府(うこのえふ)、左近衛府(さこのえふ)
内裏の警備、天皇・皇族の護衛など
・兵衛府(ひょうえふ)内裏
右兵衛府(うひょうえふ)、左兵衛府(さひょうえふ)
・衛門府(えもんふ)大内裏
門を衛(まもる)
右衛門府(うえもんふ)、左衛門府(さえもんふ)
伴家の代々の職
・『山海経(せんがいきょう)』
妖(あやかし)の話など
・追儺(ついな)
一年の締めくくり
・左右馬寮(さうめりょう)
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応天の門 16巻 メモ
毎年七月
相撲節会(すまいのせちえ)
各国の力自慢が集められ神前試合を行う。勝つと宮中の守護の職を与えられるなど出世も望める。
内膳司(ないぜんし)・・天皇の食膳の調理を担当した役所。
膳夫(かしわで)・・宮中の調理人
宜秋門(ぎしゅうもん)・・内膳司の出入りする門
宴の松原(えんのまつばら)・・大内裏内の広い松林。宜秋門を出てすぐのところ。
応天の門 15巻 メモ
典薬寮(てんやくりょう)
中務省(なかつかさしょう)内薬師(ないやくし)
祖父 紀国守・・内薬正(ないやくしょう)
父 紀貞則
息子 紀長谷雄
■ 承和の変(じょうわのへん)
仁明帝の御代 立太子争い
×・淳和帝(じゅんなてい)の皇子
恒貞(つねさだ)親王
(嵯峨上皇はお気に入りだったが・・)
VS
〇・仁明帝と藤原良房の妹の子
道康親王(文徳天皇)
伴健岑(とものこわみね)隠岐へ
橘逸勢(たちばなはやなり)伊豆へ 途中で亡くなる
恒貞(つねさだ)親王は嵯峨院で出家⇒恒寂(ごうじゃく)
祖父 平城天皇(へいぜいてんのう)
父 阿保親王(あぼしんのう)
息子 在原業平
応天の門 14巻 メモ
伊勢 斎宮寮(さいくうりょう)
奉幣使(ほうべいし)
供物をささげる者
紀 名虎(きの なとら)
伊勢神宮
倭姫命(やまとひめのみこと)が三種の神器の一つ、八咫鏡(やたのかがみ)を納める地を探し伊勢にたどりついた。
斎宮(さいぐう・いつきのみや)
応天の門 13巻 メモ
伴清縄(とものきよただ)
呂洞貧(りょどうひん):唐の仙人
八位下(はちいげ)左馬少属(さまのしょうさかん)
甲斐権掾(かいのごんのじょう)
史生(ししょう)鷹取殿
鬼子母神(きしぼじん):千人の子を持つ女神・訶梨帝母(かりていも)。子宝祈願など。
延暦の噴火
800年~802年ごろの富士噴火
応天の門 12巻 メモ
二条堀川 藤原邸 藤原基経
黄泉戸喫(よもつへぐい)
郡司(ぐんじ)
火の神 木花之佐久夜姫(このはなのさくやひめ)を浅間大神(あさまのおおかみ)として祀る霊峰富士
貞観の大噴火
蟷螂の斧(とうろうのおの)
土師忠道(はじのただみち)
左大臣 源信(みなもとのまこと)
臣籍降下したといえ力を持つのは血筋でいえば力を持つのは源一門。
財力、手練れの家人、私兵がある。
『応天の門』 11巻 メモ
一刻:約30分
55代 文徳天皇
54代 仁明天皇の皇子。
・源能有(みなもとのよしあり)(宇治)・・55代文徳天皇の息子。
(源定省(さだみ)(59代・宇多天皇。菅原道真を登用)とは、いとこ同士。)
『抱朴子(ほうぼくし)』
『傷寒論(しょうかんろん)』
惟喬親王(これたかしんのう)は皇位継承で命を狙われた。
応天の門 10巻 メモ
李白「山中問答」
大内裏 談天門
渤海
鴻臚館(こうろかん):外交のための迎賓館。平安京(京都)、難波(大阪)、筑紫(福岡)の3ヵ所に設けられた。
胡人(こじん):中国から西の諸民族の呼び名。西域人。
波斯(はし):中国におけるササン朝ペルシアの呼称。現在のイラン。
左馬寮(さまりょう)
葬送の地。
化野(あだしの)、鳥辺野(とりべの)、蓮台野(れんだいの)
応天の門 9巻 メモ
弘法大師由来の長岡精舎
(「精舎」は出家修行者がとどまって修行する堂舎)
官家が管理している。
「勧学院の雀は蒙求を囀る」(かんがくいんのすずめはもうぎゅうをさえずる)
=「門前の小僧習わぬ経を読む」
「勧学院」・・藤原冬嗣が藤原氏のために建てた教育施設。後に大学別曽と呼ばれた。
「蒙求(もうぎゅう)」・・中国故事を集めた初学用の教科書。徳川家康も愛読。