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『豊臣兄弟!』(11)「本圀寺(ほんこくじ)の変」メモ
永禄11年(1566年)~永禄12年(1567)
[言葉]
・10間(けん)(18m)の廊下
1間・・1.8m
・天下(てんが)
・矢銭(やせん)・・大名が課した軍用金
[話]
・摂津・芥川城(信長が三好を追い払って攻略した城)に、松永久秀(大和・多聞山城主)が訪ねてくる。松永弾正。
・京都 六条 本圀寺(ほんこくじ)
足利義昭がいる寺
奉公衆(将軍の側近)
– 三淵藤英(みつぶち・ふじひで)
– 和田惟政(わだ・これまさ)
– 細川藤孝(ほそかわ・ふじたか)
・堺はどこの大名にも属さない、商人たちの自治の町。鉄砲もある。信長は松永を通じて堺の鉄砲を手に入れたい。
・会合衆(えごうしゅう/かいごうしゅう)
三代宗匠。茶人、豪商。
– 今井宗久
– 津田宗及
– 千利休
堺は会合衆という有力商人の合議制によって治められていた。
・矢銭(やせん)2万貫(にまんがん)
1貫=10万円として、20億円
・北近江・小谷城
浅井久政
三好三人衆
– 三好長逸(みよし・ながやす)
– 三好宗渭(みよし・そうい)
– 石成友通(いわなり・ともみち)
・永禄12年1月
本圀寺の変
明智光秀が守る。
本圀寺は三好が代々崇めていた寺。
日蓮(法華)宗。南無妙法蓮華経。
「豊臣兄弟!紀行」
・堺(大阪府・堺市)
国際貿易都市として栄えた。
西洋の地図に「Sacay(サカイ)」と表記が残る。町の出入りは制限され、海と堀に守られていた。
会合衆には千利休、今井宗久、津田宗及などもいた。茶室は政治の場にもなった。