日本史【2】縄文文化
260515
日本史【2】縄文文化
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[重要ワード]
・狩猟、漁労、採集
・竪穴住居、貝塚、交易
・黒曜石、ひすい
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・狩猟(しゅりょう)・・狩り
弓矢・落とし穴など。
シカ、イノシシなどの中小動物。
・漁労(ぎょろう)・・釣り
骨角器(こっかくき)動物の骨や角で作った釣り針、銛(もり)
・採集(さいしゅう)・・拾う
どんぐりなど木の実
貧富の差はほとんどなし。
・竪穴住居(半地下式)
少し穴を掘る。暖かいから。
(奈良時代ぐらいまで一般人は竪穴住居)
・貝塚
ゴミ捨て場。人骨なども出土。
縄文海進(海面が上昇。関東平野など)
貝が取れた。1000ヶ所以上見つかっている。
・大森貝塚(東京)
エドワード・モース(米)(1877年・明治時代)
「縄文」を命名した。
(縄文時代後~晩)
・加曽利(かそり)貝塚(千葉)
(国内最大・縄文時代中~晩)
草創・早・前・中・後・晩
■ 交易の様子
・黒曜石(石鏃(せきぞく)=矢じりなどに使う)
和田峠(長野)、阿蘇山(熊本)、十勝岳(とかちだけ)(北海道)
・ひすい(硬玉)・・姫川(新潟)
・サヌカイト(讃岐石)、二上山(奈良)
千葉の加曽利貝塚で、長野の黒曜石や、新潟のひすいなどが見つかっている。⇒頻繁に交易をしていた証拠。
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[重要ワード]
・火炎形土器、磨製石器、
・石鏃(せきぞく)、石皿
・アニミズム、屈葬、土偶
・三内丸山遺跡
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・縄文土器
低温・厚手・黒褐色
草創期・早期・前期・中期・後期・晩期
(そうそう・そう・ぜん・ちゅう・こう・ばん)の6つ
・草創期・・縄文(縄の模様)なし
・中期・・火炎形土器
・晩期・・亀ヶ岡式土器(青森)
・土器の年代測定法
放射性炭素C14測定法
■ 磨製石器(ませいせっき)
(使い方)
・石鏃(せきぞく)=矢じり(弓矢の先)
・石斧(せきふ)農耕具
・石碑(せきひ・いしさじ)皮剥ぎ
・石錘(せきすい) 網のおもり
・石皿(いしざら)すりばち。料理を作るときに使う。
■ 信仰と呪術
・アニミズム(自然信仰・精霊崇拝)
・抜糸(成人儀礼)
・研歯(とがらせる)(司祭者)
・屈葬(くっそう)・・手足を曲げて埋葬。
・土偶(女性)
遮光器型土偶(しゃこうきけいどぐう)など
・石棒(男性)
・環状列石
墓地(秋田)
■ 縄文遺跡
・三内丸山遺跡(青森)中(1992年・発掘開始)
・亀ヶ岡遺跡(青森)晩
・板付(いたつけ)遺跡(福岡)晩~(稲作)
・菜畑(なばたけ)遺跡(佐賀)晩~(稲作)
日本史【1】旧石器文化
260514
日本史
【1】旧石器文化
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ナウマン象、野尻湖
岩宿遺跡、細石器
猿人、原人、旧人、新人、湊川人
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・更新世(こうしんせい)・・200万年前〜1万年前
旧石器時代(先土器時代)。氷河期。海面が低く、大陸が繋がっていた。
・完新世(かんしんせい)・・1万年前〜
新石器時代(縄文時代)。温暖化して海面が上昇。日本列島ができた。
(覚え方)「更新」してきて…→「完」の順
「更新」を「完了」する、など。
南方から、ナウマン象、大角鹿(オオツノジカ)
北方から、マンモス、ヘラジカ、エゾシカ、
・ナウマン象 野尻湖遺跡(長野県)
旧石器=打製石器
・石斧(せきふ)ハンドアックス 打撃用
・石刃(せきじん)ナイフ型
・尖頭器(せんとうき)刺突(しとつ)用
・細石機(さいせきき)木にはめ込む(更新世末期)
化石人骨
猿人、原人、旧人、新人
新人
・港川人骨(みなとがわじんこつ)(沖縄県)
・浜北人骨(静岡県)
・岩宿遺跡(群馬県)
相澤忠弘 1949年
関東ローム層(赤土)から石器を発見。
『豊臣兄弟!』(18)「羽柴兄弟!」(2026/5/10放送)
260512
『豊臣兄弟!』(18)「羽柴兄弟!」(2026/5/10放送)メモ
・長篠の戦い(天正3年・1575年)
織田・徳川が武田を破る。
・近江・坂本城(琵琶湖の南) 明智光秀
・若狭・丹羽長秀
・北伊勢・滝川一益
・大和・松永久秀は謀反。
代わりに大和・筒井城主・筒井順慶。
・摂津・有岡城主・荒木村重
・長浜城
浅井の領地であった北近江。
羽柴 筑前守 秀吉
織田家家老(最高職の家臣)となる。
浅野長勝(ねねの父)
浅野長吉(浅野長政・豊臣五奉行の一人。ねねの妹ややの夫)
年貢や役(えき)を免除したので人が集まってきた。
長勝亡くなる。
福島正則(市松)
加藤清正(虎之助)
ねねは養子であったと告白。
・市が信長と対面。
茶々(淀君)、初、江
・藤堂高虎、再登場
浅井が滅んだあと、阿閉貞征(あつじさだゆき)、磯野員昌(いそのかずまさ)などに仕えていた。
・「越前一向一揆」の討伐を終え、秀吉が長浜に帰ってくる。
家臣を募る試験
・片桐且元(かたぎりかつもと)(賤ヶ岳の七本槍の一人)
・平野長泰(賤ヶ岳の七本槍の一人)
・石田三成(佐吉)
この3人が藤吉郎(秀吉)の家臣となる。
藤堂高虎は小一郎(秀長)の家臣になる。
宴会
♪いんじゃ!
松根も巌(いわお)に広がりて、揺るぐことなくめでたけれ。
「豊臣兄弟!紀行」(18)
・長浜城(滋賀県長浜市)
かつては「今浜」と呼ばれていたが、信長の一字をもらい「長浜」に変えた。
「長浜城歴史博物館」秀吉が治めていたころの様子や、秀長が出した証文などが残る。
【感想】マンガ『天幕のジャードゥーガル』モンゴル帝国の歴史、文化、深面白い~。。
【感想】マンガ『天幕のジャードゥーガル』著:トマトスープ
ちょうど今私世界史を勉強してまして、当時のイスラム文化とかモンゴル帝国のこととか、たくさん知ることができて楽しいです。
舞台は13世紀のモンゴル帝国で、イランから奴隷としてモンゴルに連れてこられた少女が、知性や教養を使って生き抜いていく話です。
「ジャードゥーガル」は「魔女」の意味だそう。
物語としては争いがあるから、どうしても悲しかったり、シリアスな場面もあるんだけど。。
それでもそんな中で、この少女シタラがこの先どうなっていくのかな~って興味をそそられる感じです。
絵柄はカワイイ独特な感じ。
あと、ちょいちょいセリフが今っぽかったり、センスあるな~って感じでフフッと笑えるところもありです。
主人公の少女ステラの「何で勉強するのか分からない」っていう問いに対する、ムハンマドぼっちゃんの答えがよかったな。
そこを読んだときに、「あ、このマンガ読み続けよ」って思ったんですよね~。。
歴史好きな方とか、深おもしろいのが好きな方におすすめです。
2025/5
コミック 5巻発売
著者のトマトスープ先生が推している「バットゥータ先生のグルメアンナイト」も面白かった~。
【感想】マンガ『チェーザレ』 優雅な船旅のような作品。
マンガ『チェーザレ~破壊の創造者』惣領冬実(そうりょうふゆみ)(感想)
チェーザレっていう歴史上の人は今まで知らなかったけど、それでも楽しめました。
15世紀のイタリア・ルネサンス時代の歴史物語。チェーザレ・ボルジアという軍人・英雄の若い頃の物語です。
ルネサンス時代の空気感がていねいに描かれている感じ。時間もゆっくり進むし、優雅な船旅をしているような作品でした。
絵がとても壮麗で美しかった。。出てくる登場人物もみんな美しいし、建物とかもすごく緻密で。。思わず見とれてしまうほど。
話はチェーザレの若かりし日々の青春物語と、そこにローマ教皇の権力争いなんかもからんでくるという感じです。
コロンブスとかレオナルド・ダ・ヴィンチとか歴史上の有名人が出てくるのがうれしいです。あ、そっか、この人たち同じ時代か~などと思いつつ。
イタリアの地名とかもだいぶ分かるようになったのもよかった。
チェーザレの家臣のミゲルがクールで好きでした。チェーザレとの関係性も一見フランクに思えるけど、すごく忠誠心があって、深い関係なのがシビれます。。
アンジェロはずっと癒やしの存在だったし、チェーザレは何だかいつもどこか切ない感じでした。
これから何度も読み返すと思います。そんな作品に出会えてうれしい。
コミック『バットゥータ先生のグルメアンナイト』感想
『バットゥータ先生のグルメアンナイト』著者:亀 全3巻
ほのぼの旅行記なのかと思いきや、ピリッとネガティブな側面もありで面白かった~。
法学者のバットゥータ先生と奴隷の少女リタが旅をしながら、いろんな人に会ったり、時にはトラブルにあったり、そのたびに2人はいろんなことを思うっていうような話です。
『天幕のジャードゥーガル』の著者トマトスープさんが推してたので読んでみたら、いや、そりゃ間違いないわ、てな感じでおもしろかったです。
14世紀の旅行家イブン・バットゥータの『三大陸周遊記』を元にした、グルメあり、イスラム文化ありの旅マンガって感じですね。
まずバットゥータ先生が終始かわいい。何か好きでした。
それで、ゆるほのぼの旅マンガなのかな~と思いきや、たまにネガティブな感じにピリッと踏み込んでる部分もあって、、奴隷とか考え方とか、、「おっ、これは」とちょっと身を乗り出して読んだ感じです。
ビターな苦みを、ほんわか甘みでコーティングしてるような。
助けた人がいい人だと思ってたのに、あれ、何か急にそんな感じに??みたいな展開とか。奴隷のリタが少しずつ自分のことに対して考え方が変わっていくとか。深おもしろかったです。3巻で終わりだなんて残念。
14Cのイスラム圏のことなんて全然知らない世界だから、へえー、へえー、の連続で興味深く読みました。夜の砂漠のラクダ旅なんて、それこそ子供の頃読んだアラビアンナイトの世界みたい。600年の時を超えて、2人と一緒に旅してる気分になりました。
ちょうど今世界史の勉強してるから、ウラマーが学者で、マムルークが奴隷兵隊で、とか習った語句が出てきてうれしかったです。
『豊臣兄弟!』(17)「小谷落城」(2026/5/03放送)
260505
『豊臣兄弟!』(17)「小谷落城」(2026/5/03放送)メモ
[話]
・武田信玄の元に奉公衆・三淵藤英が来るが、信玄は織田とは盟約を結んでいるので戦う気はないと返す。将軍義昭自ら一緒に甲斐に来ていたので説得する。
・元亀3年(1572年)
三方ヶ原の戦い。
武田信玄は2万5000の兵を率いて、遠江(徳川)への侵略を開始。
徳川は大敗する。
そんな折り、武田信玄が亡くなる。
・元亀4年春(1573年)
織田軍は京へ。
・元亀4年7月(1573年)
山城 槇島城。将軍義昭の軍は、織田軍7万に敗戦。義昭は京を追放される。15代続いた室町幕府が滅亡。
枇杷庄(びわのしょう)(京都)
・浅井朝倉攻め。総仕上げ。
信長は虎御前山(とらごぜやま)に陣を張る。
朝倉は近江・田上山に。
越前国主・朝倉義景。家臣・朝倉景鏡(かげあき)
大獄砦(おおづくとりで)、丁野砦(ようのとりで)が落ちる。
山本山城主・阿閉貞征(あつじさだゆき)は織田に寝返る。
朝倉は引き上げる。
越前・賢松寺
朝倉景鏡が、朝倉義景の首を取り織田に降伏。百年続いた越前・朝倉が滅亡。
近江・小谷城
北近江・浅井家の最後。浅井久政は切腹。浅井長政も自刃した。
「豊臣兄弟!紀行」(17)
・虎御前山(とらごぜやま)(滋賀県長浜市)
浅井長政は市と子供と別れたあと、城内で自刃した。
『豊臣兄弟!』(16)「覚悟の比叡山」(2026/4/26放送)
260429
『豊臣兄弟!』(16)「覚悟の比叡山」(2026/4/26放送)メモ
[話]
・浅井家・家臣・宮部継潤を調略する。
藤吉郎の姉夫婦・ともと弥助の子、万丸(よろずまる・後の秀次)を人質(養子)として宮部継潤に差し出す。
比叡山・延暦寺
覚恕(かくじょ)
越前国主・朝倉義景、近江・浅井長政。
近江・宇佐山周辺。
森可成(よしなり)、討ち死に。
浅井・朝倉は比叡山にこもり、織田軍と2ヶ月膠着状態に。
公方様(将軍)が仲立ちして、和睦へとつなげる。
(浅井・朝倉を助けた形になったと、信長は疑う)
・元亀2年(1571年)9月12日
比叡山焼き討ち。
比叡山焼き討ちを明智光秀(十兵衛)と藤吉郎に命じる。
藤吉郎は女子供を逃がしたい。
軍目付(いくさめつけ)が見ているのに、逃がすことができるのか。
藤吉郎は初めて信長の命令に逆らう。
明智光秀は命令に従った。
信長はその恩賞に光秀に近江国、滋賀郡を与えた。
城持ち大名になる。坂本城。
「豊臣兄弟!紀行」(16)
・坂本城跡(滋賀県・大津市)
坂本は比叡山・延暦寺や日吉大社の門前町として栄えた。
町に石垣が残る。
琵琶湖岸に明智光秀が築城した「坂本城」があった。
水際に石垣の跡が残っている。
2024年に三の丸の石垣も新たに発見された。
中国の陶磁器も出土。
『豊臣兄弟!』(15)「姉川大合戦」(2026/4/19放送)
260421
『豊臣兄弟!』(15)「姉川大合戦」(2026/4/19放送)メモ
[話]
・金ヶ崎城の退き口のあと、明智十兵衛尉光秀(あけちじゅうべえのじょう みつひで)が家臣として織田家に加わることになる。十兵衛。
鉄砲の弾、硝石(しょうせき・硝酸カリウム)
・小谷城。
浅井家家臣・宮部継潤。
織田の間者。「お市は浅井側に付いた」と言って命をかけて守る。
・浅井討ちの戦略。
小谷城をいきなり攻めるのではなく、周囲の根城を一つずつ潰していく。
苅安城(かりやすじょう)、長比城(たけくらべじょう)を調略。
そして横山城を攻め落とす。長政が出てくるのを待つ。
・万丸(よろずまる・後の豊臣秀次)。姉ともの子。
・信長は徳川にも援軍を要請。三河・岡崎城。遅参。
・将軍。援軍は出さない。奉公衆・三淵藤英、和田惟政。
・元亀元年(1570年)6月19日
北近江へ。浅井・小谷城の前の虎御前山(とらごぜやま)に陣を構える。
城下を焼き払い、横山城を攻める。
朝倉の援軍は朝倉義景(よしかげ)(御屋形様)ではなく、一門の景健(かげたけ)が来る。
御屋形・・幕府から「屋形号」という名誉ある称号を許された守護大名や、家臣が主君を敬って呼ぶ尊称。足利一門、細川家の他に、朝倉義景、上杉謙信、武田信玄、今川義元、北条、大友、毛利など。
・姉川の戦い
元亀元年(1570年)6月28日
朝倉・浅井1万3000 VS 織田・徳川2万1000
織田軍の勝利
「豊臣兄弟!紀行」(15)
・「姉川」(滋賀県・長浜市)
伊吹山地から琵琶湖へ注ぐ川、姉川。
古戦場跡は血原(ちはら)と呼ばれる。
『姉川合戦図屏風』福井県立博物館