歴史note – 歴史の学びメモ

『豊臣兄弟!』(13)「疑惑の花嫁」(2026/4/05放送)

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『豊臣兄弟!』(13)「疑惑の花嫁」(2026/4/05放送)メモ

[言葉]
・調練(ちょうれん)・・軍事の練習。

[話]
・慶(ちか)が小一郎に嫁いでくるが、心は閉ざしたまま。

・岐阜城。信長の元に明智が来る。公方様が元亀に年号を変える話になったが信長は受け入れず。

永禄13年。信長は将軍義昭に対して「五カ条の要望」を送りつけた。(「大名とのやりとりは全て自分を通すように」など)。義昭は受け入れたが、内心は怒り心頭。
奉公衆
– 三淵藤英(みつぶち・ふじひで)
– 和田惟政(わだ・これまさ)
– 細川藤孝(ほそかわ・ふじたか)

・近江・常楽寺にて
義弟・浅井長政と相撲を取る信長。

公方様の命で信長は若狭へ出陣。石山城の武藤友益(むとうともます)を討つ。武藤は朝倉と通じている。本当の狙いは朝倉討伐。

浅井長政は覚悟していたと。

信長は、浅井は近江を動かず、織田の後方の守りを務めるよう進言。万福丸(浅井の嫡男)を助けると約束する。

・永禄13年4月
総勢3万の幕府軍を率いて若狭へ進軍。徳川軍も一緒。

・松永久秀が織田との結びつきを強めたいので、小一郎に娘をもらってくれというが断られる。

 

小谷城・浅井家の評定

浅井家重臣
・宮部継潤
・遠藤直経

そこに父・浅井久政と、朝倉家一門衆・朝倉景鏡(あさくらかげあき)が入ってきて、浅井長政のどちらにも付ないという意見に反対する。

千載一遇・・絶好の機会

浅井の評定のことの次第を、忍びがお市に知らせる。

・越前(福井)
朝倉討伐開始。次々に城を落とし、金ヶ崎城にも入る。朝倉の本拠地、一乗谷(いちじょうだに)まで1日の距離まで来た。

信長が藤吉郎に万福丸を助け出すように言っているところに、柴田勝家が急いで来る。。浅井長政、謀反の知らせ。。!

 


「豊臣兄弟!紀行」(13)

・(滋賀県・長浜市)
琵琶湖の北部、湖北地方。三代にわたり浅井(あざい)氏が治めた。小谷城(おだにじょう)は、長政の祖父、浅井亮政(すけまさ)が築いた。難攻不落の城。

 


 

 

『豊臣兄弟!』(12)「小谷城の再会」(2026/3/29放送)

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『豊臣兄弟!』(12)「小谷城の再会」(2026/3/29放送)メモ

[言葉]
・評定(ひょうじょう)・・会議

[登場人物]
・万丸(よろづまる)・・秀吉の甥。秀吉の姉ともと、弥助(三好吉房)の長男。後の豊臣秀次。
・小吉(こきち)・・秀吉の甥。姉夫婦の次男。
・寧々の妹ややの婿。浅野長吉・・後の浅野長政・五奉行の一人。
・万福丸(まんぷくまる)・・浅井長政の前妻との子。嫡男。
・慶(ちか)・・安藤守就の娘。

[話]
・信長は将軍義昭のため「二条御所」を70日で造り上げた。
ルイス・フロイス。
藤戸石(ふじといし)。源平の世から天下人が好んだ勝利の石。

・藤吉郎は「京都奉行」に任命された。
信長が寺から宝物(ほうもつ)や室礼(しつらい)を二条御所に持ってきた。

日蓮(法華)宗。題目「南無妙法蓮華経」

・但馬や伊勢での戦もこなす。

・信長が近江・小谷城(おだにじょう)浅井長政、に行く。

浅井家重臣・遠藤直経

 


「豊臣兄弟!紀行」(12)

・「二条御所」(京都府・京都市)
京都御苑(かつての公家屋敷)の西側にあったとされる二条御所。(旧二条城跡)

・「醍醐寺(だいごじ)」(京都市・伏見区)
(真言宗・醍醐派の総本山)。秀吉の「醍醐の花見」で知られる。
二条御所に置かれていた「藤戸石(ふじといし)」が残る。

藤戸石は天下の名石(めいせき)と呼ばれ、足利義満など権力者に引き継がれてきた。当時、細川邸にあったものを、信長が鳴り物入りで京都の町を練り歩き、二条御所に移したとされる。

 


 

 

『豊臣兄弟!』(11)「本圀寺の変」(2026/3/22放送)

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『豊臣兄弟!』(11)「本圀寺(ほんこくじ)の変」メモ

永禄11年(1566年)~永禄12年(1567)

[言葉]
・10間(けん)(18m)の廊下
1間・・1.8m

・天下(てんが)

・矢銭(やせん)・・大名が課した軍用金

[話]
・摂津・芥川城(信長が三好を追い払って攻略した城)に、松永久秀(大和・多聞山城主)が訪ねてくる。松永弾正。

・京都 六条 本圀寺(ほんこくじ)
足利義昭がいる寺
奉公衆(将軍の側近)
– 三淵藤英(みつぶち・ふじひで)
– 和田惟政(わだ・これまさ)
– 細川藤孝(ほそかわ・ふじたか)

・堺はどこの大名にも属さない、商人たちの自治の町。鉄砲もある。信長は松永を通じて堺の鉄砲を手に入れたい。

・会合衆(えごうしゅう/かいごうしゅう)
三代宗匠。茶人、豪商。
– 今井宗久
– 津田宗及
– 千利休

堺は会合衆という有力商人の合議制によって治められていた。

・矢銭(やせん)2万貫(にまんがん)
1貫=10万円として、20億円

・北近江・小谷城
浅井久政

三好三人衆
– 三好長逸(みよし・ながやす)
– 三好宗渭(みよし・そうい)
– 石成友通(いわなり・ともみち)

・永禄12年1月
本圀寺の変
明智光秀が守る。

本圀寺は三好が代々崇めていた寺。
日蓮(法華)宗。南無妙法蓮華経。

 


「豊臣兄弟!紀行」

・堺(大阪府・堺市)
国際貿易都市として栄えた。
西洋の地図に「Sacay(サカイ)」と表記が残る。町の出入りは制限され、海と堀に守られていた。

会合衆には千利休、今井宗久、津田宗及などもいた。茶室は政治の場にもなった。


 

 

藤原不比等

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藤原不比等(ふじわらのふひと)(659-720)

・持統、文武、元明、元正、と4代の天皇に使えた。右大臣。

・「大宝律令」「日本書紀」「平城京への遷都」などに関わる。

・不比等の子孫だけが「藤原姓」を名乗れて、太政官になれることにした。

・妻:蘇我娼子、五百重娘、賀茂比売、県犬養三千代

 

藤原(中臣)鎌足

藤原不比等

(子供)
長男・武智麻呂(南家)
次男・房前(北家)
三男・宇合(式家)
四男・麻呂(京家)

長女・宮子(軽(文武)へ嫁ぐ)
次女・長娥子(ながこ)
三女・安宿(あすかべ)出家後→光明子(首(聖武)へ嫁ぐ)

 

『阿吽』13巻

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『阿吽』13巻 メモ

空海は嵯峨帝から高野山を。

法相宗は救われる人と救われない人がいる。

天台は全ての人を救う、一切衆生の救済を唱える。

『阿吽』12巻

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『阿吽』12巻 メモ

藤原良房(冬嗣の二番目の子)

嵯峨帝と橘嘉智子の双子。
正良は良房に、正子は橘逸勢に、懐いている。

正良は後の仁明天皇。

『阿吽』11巻

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『阿吽』11巻メモ

<四堅臣(しけんしん)>

・良岑安世(よしみねのやすよ)鷹(たか)。正五位下(しょうごいのげ)

・藤原三守(ふじわらのみもり)南家。正五位下(しょうごいのげ)

・伴国道(とものくにみち)。正六位下(しょうろくいのげ)

・藤原冬嗣(ふじわらふゆつぐ)嵯峨天皇の片腕。蔵人頭(くろうどのとう)。正四位下(しょうしいのげ)

 

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『阿吽』10巻

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『阿吽』10巻 メモ

東大寺別当
別当・・寺の最高責任者、長官。
座主(ざす)・・住職最上位

・藤原冬嗣
勅選詩集『文化秀麗集』や『日本後紀』の編纂。優美で華麗な文化を後押しする名編集者(プロデューサー)

・藤原真夏(冬嗣の兄)

・乙訓寺(おとくにでら)@長岡京

茶は最澄が唐から持ち帰った。

『阿吽』9巻

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『阿吽』9巻 メモ

神野親王(かみのしんのう)(嵯峨天皇)

・妻 橘嘉智子(たちばなのかちこ)
(橘逸勢のいとこ)

・側近 藤原冬嗣(北家)
氷🧊の冬嗣
炎🔥の田村麻呂

「田村麻呂は、笑うと子が懐く」と書物にもあった。

高岳(たかおか)親王。父は平城帝。母は伊勢継子。

大同四年(809年)4月
平城帝は嵯峨天皇に譲位。
皇太子は高岳親王。改元はせず大同のまま。

平城上皇は平城旧京に遷居。

多治比高子(たじひのたかこ)。嵯峨帝の妃。

橘逸勢も嵯峨天皇に仕えることになる。空海を太宰府から京に呼び寄せる。

嵯峨帝は蔵人所を作る。初代の蔵人頭は藤原冬嗣。

空海は唐の詩集を何冊も嵯峨帝に献上する。

大同五年(810)
「薬子の変」改め「平城太上天皇の乱」

平城上皇が奈良への遷都をもくろむが、嵯峨帝はこれを拒否。薬子が挙兵。

文室綿麻呂(ふんやのわたまろ)と田村麻呂は嵯峨側に付く。

薬子の兄、藤原仲成は討たれる。
式家、滅。

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「風信帖(ふうしんじょう)」
空海が最澄に宛てた手紙。

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「弘仁」に改元。

大伴親王(おおともしんのう)を立太子。(後の淳和(じゅんな)天皇)。

大伴氏が同じ名前は畏れ多いと「伴」(とも)に改称。

前の皇太子、高岳親王は廃太子。
嵯峨帝は、これまでの慣習とは違い、刑罰も幽閉もしなかった。

高岳親王は出家し、空海の十大弟子の一人となる。(真如・しんにょ)

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後の天台座主(てんだいざす)
初代 義真
二代 円澄
三代 円仁
四代 安慧(あんえ)

『阿吽』8巻

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『阿吽』8巻 メモ

806年

平城(へいぜい)天皇 即位。
元号は延暦から大同(だいどう)に。
(日本後紀)

高階真人遠也(たかしなのまひととおなり)

尚侍(ないしのかみ)が藤原薬子(式家)になる。

神野親王(かみのしんのう)(嵯峨天皇)

南家 藤原吉子(よしこ)
(伊予親王の母。伊予親王は平城帝の異母弟)

南家 長男 武智麻呂
北家 次男 房前
式家 三男 宇合
京家 四男 麻呂