歴史note – 歴史の学びメモ

コミック『新九郎、奔る!』5巻メモ

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コミック『新九郎、奔る!』5巻メモ

・伊勢新九郎盛時
(伊勢宗瑞・北条早雲)

岡山県井原市(いばらし)
荏原郷(えばらごう)

・伊勢 伊勢守 貞親(さだちか)新九郎の伯父
・備前守 盛定(もりさだ)新九郎の父

貞親と細川勝元が朝倉孝景を調略。西軍を切り崩した。

この時の帝は後土御門帝。義政が春王君に将軍職を譲るという噂。

貞親が日野勝光排除の工作を目論んだが、義政の耳に入り失敗。失脚。→長男、貞宗が政所執事に。

6代義教(普広院)。義政の父。

新九郎は義政に任官を許されず。(官位を与えられない)。
無位無官で地方領主となるよう命じられる。

家督を相続する。

コミック『新九郎、奔る!』4巻メモ

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コミック『新九郎、奔る!』4巻メモ

・伊勢新九郎盛時
(伊勢宗瑞・北条早雲)

岡山県井原市(いばらし)

荏原郷(えばらごう)という郷村(ごうそん)

備中伊勢氏の所領

・伊勢 伊勢守 貞親(さだちか)新九郎の伯父
・備前守 盛定(もりさだ)新九郎の父

鎮西八郎・・源為朝。(平安末期)頼朝の伯父。

1471年(文明3年)
応仁の乱は京から地方へ移っていっている。

鎧 一領

股肱(ここう)・・もも(股)とひじ(肱)。主君を支える最も頼りになる手足のような部下や腹心の臣下。

高越山(たかこしやま)城代 笠原美作守
被官衆(ひかんしゅう)

屋島の戦い
那須与一

下野国(しもつけのくに)(栃木県)
那須

頼朝公の下し文(くだしぶみ)

コミック『新九郎、奔る!』3巻メモ

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『新九郎、奔る!』3巻 メモ

・今出川殿(足利義視)は、気性が普広院(義教)に似ている。

・内大臣・日野勝光(日野富子の兄)

・応仁2年(1468)
越前
◯ 斯波義敏
× 斯波義廉(よしかど)
重臣、守護代 朝倉孝景

(外伝)

・足利尊氏、義詮、義満の近臣。
伊勢貞継。政所(財政)の執事と、将軍継嗣の養育係を務めた。代々受け継がれてゆく。

・蜷川新右衛門親元(にながわしんえもんちかもと)
『一休さん』の新右衛門さんの子

・享徳3年(1454年)
享徳の乱
鎌倉公方・足利成氏が、関東管領・上杉憲忠を暗殺し、幕府に反旗を翻していた。

成氏は鎌倉を追われ、古河を拠点に→古河公方と呼ばれる。

以後28年、争いが続く。

コミック『新九郎、奔る!』2巻メモ

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『新九郎、奔る』2巻 メモ

・1467年 上御霊社の戦い
◯畠山 右衛門佐 義就(よしひろ)
VS
×畠山政長

山名宗全側
・畠山義就(よしひろ)
・斯波義廉(よしかど)
・一色義直(よしなお)
・土岐成頼(しげより)
VS
細川 京兆家
細川右京大夫勝元

1467年5月
若狭守護・武田信賢(のぶかた)
↓
一色義直邸を襲撃

・堀越公方 足利政知被官
横井掃部助時任

東軍 細川勝元+義視(総大将)+義政
VS
西軍 山名宗全

・堀越公方(政知・義政の庶兄)は、幕府に反旗を翻した古河公方に対抗するため関東に送り込まれた。
堀越 : 伊豆の付け根、北条。

・右近衛大将(うこんえのだいしょう)源義政

備中 荏原

・大内周防介政弘、西軍に付く。

・駿河守護・今川義忠(今川義元の祖父)

・享徳3年(1454)享徳の乱
古河公方(足利成氏)が幕府に反抗。上杉憲忠を暗殺。
以後、上杉が抑える。
東国の守護は「上杉の壁」を後ろから支える。

コミック『新九郎、奔る!』1巻メモ

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コミック『新九郎、奔る!』1巻 メモ

・明応2年(1493年)
伊豆国北条「鎌倉公方」の御所
室町殿奉公衆・伊勢新九郎盛時(38)
足利茶々丸を討ちに来た。

27年前
・文正元年(1466年)
山城国宇治
伊勢千代丸(11)
傅役・大道寺右馬介

将軍の御領地なら奉公衆が出てくるかも。
土一揆の鎮圧は侍所。

千代丸の父・備中国荏原荘領主
伊勢備前守盛定

・寛正の大飢饉(1461)

室町幕府・政所執事
伊勢伊勢守貞親(さだちか)

貞親(兄)ー兵庫助貞宗
須磨 (妹)(妻)ー 八郎貞興・伊都
||
盛定 (夫)
||
浅茅(側室)ー千代丸(新九郎盛時)

政所・・証文や訴状の整理
取次役・・副え状の書き方、申次の礼法

伊勢家は代々、御所(将軍)の近侍。

三管領。斯波、畠山、細川。

・斯波の家督は、斯波義廉(よしかど)から→斯波義敏(よしとし)に変えた。by伊勢守貞親

・畠山義就(廃嫡)VS 畠山政長(管領)
(→後にいつまでも戦をしてるので、山城国一揆(1485)で追い出される)

・細川右京大夫勝元→今出川殿(義視)の後見人

・貞親の新しいお方様。
その姉は斯波義敏の妾
↓↓
斯波左兵衛佐(さひょうえのすけ)義敏。
越前、尾張、遠江の守護。

・季瓊真蘂(きけいしんずい)
相国寺の僧

・侍所所司代 多賀豊後守

・廃嫡された斯波義廉を山名宗全がサポート。

・貞親が義視謀反と義政に訴える。
→義視は細川、山名に助力を乞う。
→逆に貞親が都を追われることに。
(斯波義敏も逐電(夜逃げ))
斯波義廉(よしかど)側のクーデター。
→「文正の政変」(1466)文正元年

・貞親の弟→伊勢備中守貞藤(八郎)

京都伊勢家
備中伊勢家

・嘉吉の変(1441義教×)後、赤松満祐を追討したのが、山名持豊(赤入道)

・関東管領 山内上杉家
上杉房顕のあと上杉龍若が継ぐ
家宰 長尾景信

・1466年(文正元年)12月
畠山義就(よしひろ)が京に戻ってきた。
管領が、政長から→義就に戻される。
翌1467年1月 上御霊社の戦い

主上(おかみ)→ 御土御門天皇
院→ 御花園上皇

・鎌倉公方の足利成氏は上杉と対立。古河に御所を移す。→下総・古河公方となる。