日本史 – ページ 6 – 歴史note

1156保元の乱。✕崇徳上皇VS〇後白河天皇

平安時代末期1156年 保元(ほうげん)の乱

鳥羽法皇(とばほうおう)が亡くなり、2人の息子が権力争い。

✕兄 崇徳上皇(75代天皇)VS 〇弟 後白河天皇(77代天皇)

 

崇徳上皇=崇徳院(すとくいん)
⇒百人一首「瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末にあわむとぞ思ふ」の作者。

弟の後白河天皇に敗北し讃岐国(さぬきのくに)に流された。上皇の島流しは過酷な処分。数百年ぶりの死刑の復活。

後白河天皇側に平清盛、源義朝(よしとも)がいた。この時は味方同士だが後に対立し戦うことになる。

 

   勝〇    負✕
〇後白河天皇(弟)   VS ✕崇徳上皇(兄)
〇藤原忠通(兄)(76 ✕藤原頼長(弟)
〇平清盛(おい) ✕平忠正(叔父)
〇源義朝(兄) ✕源為義(父)・源為朝(弟)

 

 

奈良時代 聖武天皇 大仏

奈良時代 710-794 約80年

聖武天皇 東大寺 大仏

天平文化 国際的、仏教

正倉院 校倉造(あぜくらづくり)

シルクロード。ペルシアのガラス。

 

元明天皇ー藤原不比等

708 和同開珎(わどうかいちん)

710 平城京

 

 

飛鳥時代 聖徳太子

飛鳥時代6〜7世紀

500〜700

大伴氏、蘇我氏、物部氏

538 仏教伝来

物部氏 反対

蘇我氏 賛成

聖徳太子(厩戸王子)
天皇中心
仏教

・冠位十二階

・十七条憲法

仲良くするように
天皇の言うことを聞くように
仏教を信仰するように

・飛鳥文化
奈良南部
法隆寺(世界最古の木造建築)
釈迦三尊像

・遣隋使
小野妹子


•  推古天皇

摂政(天皇代理)

33代 推古天皇ー蘇我馬子(うまこ)

34代 舒明天皇ー蘇我蝦夷(えみし)

35代 皇極天皇ー蘇我入鹿(いるか)



「日出処の天子」



三歴史書。『漢書』地理誌、『後漢書』東夷伝、『魏志』倭人伝。

 

■『漢書』地理志(かんじょちりし)

・前漢(前206~8年。劉邦(高祖)が建国)時代について書かれた歴史書
・作者は後漢の歴史家・班固。1C頃に書かれた。
・日本に関する最古の記録。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

前1C(前100年頃?)

「楽浪の海中に倭人あり。分かれて百余国をなす。歳時をもって来り献見すといふ。」

※楽浪郡(らくろうぐん):今のピョンヤン(北朝鮮)

 


『後漢書』東夷伝(ごかんじょとういでん)

・後漢(25~220年)時代について書かれた歴史書。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1C(57年) 「漢倭奴国王」(かんのわのなのこくおう)

倭の奴国(なこく)の王が後漢の初代皇帝・光武帝(在位25〜57)から印綬を賜る。

「建武中元二年、倭奴国、貢を奉じて朝賀す。使人自ら大夫と称す。倭国の極南界なり。光武賜うに印綬を以てす。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2C後半 (147~188年)倭国大乱(わこくたいらん)

「桓霊の間、倭国大いに乱れ、こもごも相攻伐し、歴年主なし」

桓帝と霊帝の間、倭国では主が定まらないほどの大乱であった。

 


『魏志』倭人伝(ぎしわじんでん)

・魏の歴史書
・『三国志』の『魏書』巻三十。『烏丸鮮卑東夷伝(うがんせんぴとういでん)』の倭人条。
・2008文字の漢字からなる。
・著者は西晋の歴史家・陳寿(ちんじゅ)
・卑弥呼が魏の明帝に朝貢したことが書かれている。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「倭国は乱れ、何年間も攻撃しあった。国々は協議して一人の女子を王にした。名を卑弥呼という。鬼道を行い、よく人々を惑わせた。」

「景初二年、大夫難升米(ナシメ)を派遣する。親魏倭王卑弥呼に詔を下す。銅鏡百枚を与える。」

「邪馬台国に着く。女王の都である。」

「男子を持って王となし、住まること七、八十年。倭国乱れ。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

邪馬台国 卑弥呼。
30あまりのクニを従える

239 魏に使いを送る。

「親魏倭王」の印綬を賜る。

景初三年(239年)の年号の入った三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)銅鏡。

 

中国は三国時代の終焉を迎えていたころ。


 

縄文時代

1万年前〜紀元前300年

縄文時代

•  新石器時代、磨製石器

•  たて穴住居🛖
•  狩り、漁、採集
•  貝塚、土偶
•  三内丸山遺跡(青森)

•  縄文土器 
厚くてもろい
縄目の模様


弥生時代

前300年〜紀元前後
弥生時代🌾

• 大陸から稲作が伝わる
• 農耕
• たて穴住居
• 青銅器(銅+錫すず)、鉄器が伝わる
• ムラからクニへ。有力者、王が出現。貧富の差。

• 中国歴史書に倭(わ)に100のクニ
「漢書」地理志、「後漢書」東夷伝、魏志倭人伝

• 弥生土器
模様は少ない
赤褐色
薄くて固い

•  銅鐸(どうたく)
吉野ヶ里遺跡(よしのがり)(佐賀)

 

 

織田信長(詳細)

織田信長(1534.6.23-1582.6.21 47才)

1534 尾張で生まれる。三男。

幼名 吉法師(きちほうし)

1546 古渡城で元服 織田信長となる。13才

父 織田信秀

教育係 平手政秀

教育係 沢彦宗恩(たくげんそうおん)

「信長」「岐阜」「天下布武」命名

 

信長の親衛隊「馬廻り」

前田家四男・犬千代(利家)

 

人質 三河 松平竹千代(徳川家康)

兄 織田信弘(側室の子)

 

美濃国・稲葉山城

斎藤道三(さいとうどうさん)マムシ

 

森可成(もりよしなり)

那古野城(なごやじょう)

 

尾張統一記 重野なおき 1巻

豊臣秀吉

 

豊臣秀吉(1537.3.17-1598.9.18)

1537(天文6) 尾張国で生まれる

幼名 日吉丸(ひよしまる)

針商人を経て、今川家臣 松下之綱に仕える

木下藤吉郎秀吉

1554(天文23)織田信長に出会う