歴史note – ページ 55 – 歴史の学びメモ

どうする家康(4)「清州でどうする!」メモ

「どうする家康」第4回「清州でどうする!」メモ
(2023年1月29日放送)

清州同盟
織田信長と徳川家康が同盟を結ぶ。

清州城。

柴田勝家
木下藤吉郎(秀吉)
お市

小牧山城から美濃をとる。

尾張と三河の国境(くにざかい)
境川(さかいがわ)と家康が提案。
信長が秒でそれでよい、と答える。

臣下(しんか)の礼をとる=臣下として服従する

軍門に下る=戦いに敗れて敵に降参する

大高城で家康が勝ったのは、わざと通してくれていたことを知る。。
今川義元をおびき出す作戦だった。

夜伽役(よとぎやく)
遊び女(あそびめ)

 

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どうする家康ツアーズ
愛知県清須市

清州古城跡公園

五条川

御園神明社(みそのしんめいしゃ)の近くで市が開かれた

 

・愛知県名古屋市

のちに家康が名古屋城を築いた。

清州の町を丸ごと城下に移す清州越(きよすごし)を行ない、清州城は名古屋城の部材の一部となった。

名古屋城西北隅櫓(せいほくすみやぐら)
清州櫓(きよすやぐら)

 

平成元年
清州城復活
(清州城守護館の外堀)

清須市
清州城信長まつり
清州からあげまぶし

天下とりにかけてとりの唐揚げひつまぶし

 

 

どうする家康(3)「三河平定戦」メモ

「どうする家康」第3回「三河平定戦」メモ
(2023年1月22日放送)

今川氏真(いまがわうじざね)

鳥居忠吉(じい)が元康が三河に返ってくる日のためにコツコツ貯めてくれていた。米や金、槍や鎧など。

 

・刈谷城(かりやじょう)

水野信元(みずの のぶもと)=家康の母(於大・おだい)の兄。家康の叔父。
久松長家(ひさまつ ながいえ)=於大の再婚相手・家康の義父。

元康は3才の時に母と別れた。(母の兄が織田方に付いたので離縁された。)

本多平八郎忠勝は討ち死に・・ではなかった。

信長「うさぎを俺の目の前に・・」

 

元康の長女。亀姫。

 

今川家・吉良義昭(きらよしあきら)
東条城(とうじょうじょう)三河南部

評定(ひょうじょう)・・相談、会議

 

元康からの手紙 りんどう
花言葉 勝利

せなからの手紙 なでしこ
花言葉 純愛

 

元康が離反したため今川氏真は、松平家の家臣の妻らが処刑。

(史実では吉田(豊橋)城にて松平家の人質十三人が串刺し処刑された。
愛知県豊橋市には供養塔「十三本塚(とみもとづか)」がある。)

 

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ツアーズ
静岡県静岡市

家康の像(鷹狩)

静岡浅間神社(しずおかせんげんじんじゃ)で家康の元服式が行なわれた。烏帽子親は今川義元。

駿府城は今川館の跡地に家康が建てた城。

 

どうする家康(2)「兎と狼」メモ

「どうする家康」第2回「兎(うさぎ)と狼(おおかみ)」メモ
(2023年1月15日放送)

1542年(とら年)か 1543年(うさぎ年)?
天文(てんぶん)11年/12年

父: 岡崎城 城主・松平弘忠(まつだいらひろただ)
母:於大の方(おだいのかた)

家康誕生
三河・岡崎城

おのこ=男の子
嫡男(ちゃくなん)=あとつぎ。正室が生んだ長男。

寅の年=1542年
寅の日=12月26日
寅の刻=午前4時頃

 

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大高城を囲む織田軍。
三河 120人 VS 織田軍 2000人

じいのセリフ
「治部の大夫(じぶのたいふ)様が・・」←官職名。今川義元のこと。

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戸田宗光(とだむねみつ)
父・弘忠の再婚相手の父

1547年 家康6才
織田家の人質になる。
(8才で今川家の人質になる。)

尾張・津島
息子:織田信長
父:織田信秀(のぶひで)

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松平昌久(まつだいら まさひさ)角ちゃん
大草(おおくさ)松平家の当主

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大樹寺(だいじゅじ)
岡崎城から北へ3Km

登譽上人(とうよしょうにん)
松平家の菩提寺である大樹寺の住職

・菩提寺(ぼだいじ)=一家の先祖代々を弔う墓地

・仕官(しかん)=武士が主君に仕えるようになること。

 

「厭離穢土 欣求浄土(おんりえど  ごんぐじょうど)」

×   けがれたこの世を離れ、極楽浄土へ行け
〇 けがれたこの世をこそ、浄土にすることを目指せ

家康はこの言葉を旗印に使った。

松平 蔵人佐 元康
(くらんどのすけ)

必定(ひつじょう)=そうなるにきまっていること。

榊原 小平太 康政(さかきばら こへいた やすまさ)

 

 

どうする家康(1)「どうする桶狭間」メモ

「どうする家康」第1回メモ(2023年1月8日放送)「どうする桶狭間」

大御所(おおごしょ)
東照大権現(とうしょうだいごんげん)
神の君(かみのきみ)

家康の具足(ぐそく)←鎧(よろい)・兜(かぶと)など一式。
金陀美具足(きんだみぐそく)
久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)博物館所蔵。←ツアーズでやっていた。

1556年(弘治2年)駿府

・家康15才(元信)

徳川家康は今川義元の人質になっていた。
駿河(するが)の国、駿府城(すんぷじょう)にいる。(今の静岡県)
元服も駿府でやった。

三河の国の国衆(くにしゅう)(その国の国民)

松平 次郎三郎 元信(まつだいら じろさぶろう もとのぶ)

・仮名(けみょう)「次郎三郎」の部分
・諱(いみな)=実名(じつみょう)=「元信」や「家康」の部分

今川家
太守様(たいしゅさま)
父:今川義元(いまがわよしもと)
息子:今川氏真(いまがわうじざね)

岡崎家
・駿府にいた家臣
石川数正
平岩新吉(七之助)
鳥居元忠(彦右衛門)

・岡崎で待っていた家臣
鳥居忠吉(とりいただよし)(じい)
酒井忠次(さかいただつぐ)左衛門尉(さえもんのじょう)(えびすくいの人・四天王)
大久保忠世(おおくぼただよ)
本多忠真(ほんだただざね)(忠勝の叔父)
夏目広次(なつめひろつぐ)(夏目漱石の祖先)

本多忠勝(ほんだただかつ)(平八郎)

 

家康が父の墓参りに戻ってきたときは、岡崎城は今川家の代官(山田新右衛門/キャイーン天野君)がおさめていた。

ご城代様(ごじょうだいさま)。城主の留守中に代わって城を管理する者。

 

父:関口氏純(せきぐちうじずみ)
母:巴
娘:瀬名

お戯れを:ご冗談を
無体(むたい)な扱い:乱暴な、無礼な扱い

・家康16才
瀬名と結婚

・家康17才
元信から元康へ改名。
松平 蔵人佐 元康(まつだいら くらんどのすけ もとやす)

・家康18才
嫡男・長男 信康(のぶやす)誕生

・家康19才

「桶狭間の戦い」1560年・永禄(えいろく)3年
家康19才、信長27才

兵糧を持ち込んだのは大高城(おおたかじょう)

鵜殿長照(うどのながてる)がいた。

沓掛城(くつかけじょう)今川本陣

丸根砦(まるねとりで)
鷲津砦(わしづとりで)

下知(げち):上から下へ指図すること
狼藉(ろうぜき):乱暴なふるまい

「どうする家康」ツアーズ
久能山東照宮(くのうざん とうしょうぐう)静岡県、静岡市。
洋時計。鉛筆。眼鏡。

東照宮。徳川家康をまつる神社のこと。
神廟(しんびょう):家康の墓所。
なきがらをここへ埋めるように遺言した。

静岡浅間神社(しずおかせんげんじんじゃ)