歴史note – ページ 47 – 歴史の学びメモ

「軍師官兵衛」Disc5-第18回「裏切る理由」メモ

「軍師官兵衛」Disc5-第18回「裏切る理由」メモ

秀吉本陣 平井山。
播磨平定のため三木城の攻略に取り掛かる。
付城(つけじろ)を40作って、毛利の兵糧を入れさせない。
兵糧攻め。


荒木村重の家臣、中川清秀(茨木城)の家臣が裏切っていた。。毛利側についていた。これは宇喜田直家の指示。


毛利は九州から大友に攻められ動けない。

官兵衛は宇喜田(備前・岡山城)に「織田に付くなら今しかない」と交渉。


信長。地球儀。オルガンチノ。高山右近(高槻城)

イスパニア(スペイン)マゼランが3年かけて世界一周した。(1520年頃)50年以上前に世界が丸いことが分かった。

細川藤隆。
荒木村重の不穏な噂を報告。
光秀、仙千代が確かめにいく。

荒木村重 謀反。毛利側、本願寺に付く。


 

「軍師官兵衛」Disc5-第17回「見捨てられた城」メモ

「軍師官兵衛」Disc4-第17回「見捨てられた城」メモ

1578年 天正6年 5月
上月城。織田と毛利のにらみ合い。1月半。兵糧も尽きていた。
援軍は来ない。

織田信長は上月城に援軍は送らないと決めた。700対5万。播磨での織田の信用も失うと言ったが、だめだった。

秀吉 家臣 亀井新十郎
上月城に伝えに行く。毛利に降伏するように。。

「御礼申し上げる。。」


村重「所詮は使い捨てか。。」

半兵衛と官兵衛が話す。信長の非情なやり方についていけない官兵衛。。半兵衛は決断は正しかった。。という。嫌われても軍師としては最上の策をやるだけ。。と。自分のやり方を探したい官兵衛。


官兵衛と家臣団
太兵衛が孫子を!
「戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」孫子
(意味:戦に勝つよりも戦わずに勝つことの方が上策)

「およそ兵戦の場は屍を止むるの地。死を必すれば即ち生き(しをひっすればすなわちいき)。生を幸いとすれば即ち死す(せいをさいわいとすればすなわちしす)」呉子(ごし)・治平(ちへい)第三

(意味:戦場とは屍(しかばね)をさらすところだ。死を覚悟すれば、生きのびることもできるが、生きながらえようと望んでいると、逆に死をまねくことになる。)


神吉城(かんきじょう)を落城。次は志方城。
滝川一益。顔に傷を負う。

万見仙千代(まんみせんちよ)信長の小姓。

荒木は6年、明智は10年。宿老。
荒木の気持ちが離れつつある。。見捨てられる。。と。


宇喜田直家が本当に味方か信用できないので、毛利軍はいったん退却。三木城(淀川長治)も、志方城(櫛橋左京進)も取り残された。。

「織田は上月を見捨て、毛利は我らを見捨てた。乱世の盟約とは儚いものよ。」
「官兵衛お前の勝ちだ。。」櫛橋左京進、切腹。


左京進の子供を官兵衛が引き取る。


平井山 秀吉本陣
改めて秀吉に付いていくと誓う官兵衛。


お紺が亡くなる。

 

 

 

「軍師官兵衛」Disc4-第16回「上月城の守り」メモ

「軍師官兵衛」Disc4-第16回「上月城の守り」メモ

秀吉軍は書写山へ本陣を移す。
円教寺。

毛利軍。三道併進(さんどうへいしん)。
総勢5万。

上月城。尼子軍700。
荒木村重が秀吉軍に合流。


安土城で能。
上杉謙信亡くなる。

信長は官職を辞する。
右大臣、右近衛大将(うこんえのだいしょう)
朝廷を庇護しているのは自分だ。


1578年 天正6年 5月
上月城。織田と毛利のにらみ合い。1月半。兵糧も尽きていた。援軍は来ない。

 

 

「軍師官兵衛」Disc4-第14回「引き裂かれる姉妹」メモ

「軍師官兵衛」Disc4-第14回「引き裂かれる姉妹」メモ

天正5年 1577年 11月
福原城 織田と毛利が激突。1日で織田が勝つ。
播磨の中で毛利に味方するのは上月城のみとなった。

上月城
身内同士の戦い。力(りき)とてる。
官兵衛が調略にいくが上月影貞(義兄)は毛利側のまま。

官兵衛の家臣団も仲間割れ。太兵衛と右衛門が喧嘩。

山陰の麒麟児、山中鹿介(やまなかしかのすけ)、尼子勝久(あまご かつひさ)
はやる官兵衛軍を助ける。半兵衛が根回ししてくれていた。

尼子家は毛利家に滅ぼされ再興をめざしていた。
「願わくは、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った。

今日は身内が相手で焦りが出た。。と反省する官兵衛。
鹿介「自らのしくじりをつぶさに顧みるはなかなかできぬこと。。官兵衛殿はいずれとてつもない戦上手になられるでしょう。生き残っておれば・・の話ですが。ははは。」

家臣が謀反。上月影貞は討たれる。上月城は落城。
(宇喜田直家が後ろで糸をひいていた)

秀吉は上月城を尼子家に任せた。

播磨平定。

しかし上月城の家臣は信長によってみな討たれた。。←謀反して降伏したため。

信長は乙御前(おとごぜ)の茶釜を秀吉に。