260707
日本史【25】江戸時代(近世ー3)
<江戸幕府の成立前>
「1600年」は16世紀最後の年。1601年から17C。
・1600年 リーフデ号(蘭の船)、豊後臼杵(ぶんごうすき)に漂着
→乗組員が家康に仕え、外交顧問となる。
・ウィリアム=アダムズ(英)(三浦按針・みうらあんじん)(三浦半島に屋敷をもらったため)
・ヤン=ヨーステン(蘭)(耶揚子・やようす)
紅毛人(こうもうじん)・・イギリス・オランダ。キリスト教の布教ではなく貿易優先。
(南蛮人・・イスパニア・ポルトガル。)
→肥前平戸の商館で貿易開始(蘭1609・英1613~)
・1600年 関ヶ原の戦い(美濃/岐阜)
西軍・石田三成✕ VS 〇東軍・徳川家康
秀頼
<徳川家康①>
・1603年 徳川家康 征夷大将軍となる。(後陽成天皇から任命。)
・1604年 「糸割符制度(いとわっぷせいど)」
中国のマカオから、中国産の生糸(白糸)を日本に持ち込み、暴利をあげていたポルトガル人対策。(需要が多く、オークションのように価格が上がっていった。)
消費財の購入に、日本の銀が流出するのは良くない→糸割符仲間に価格を決めて一括購入させる。
糸割符仲間(五箇所商人)5つの町
割符→生糸を買っていいよという札
長崎・堺・京都 + 大坂・江戸
・1605年 将軍職を秀忠に譲り、駿府(静岡市)に引退。大御所(引退した将軍)となる。
→「徳川の世襲(せしゅう)」を世に知らしめたかった。
<徳川秀忠②> 親子2人の政治
・1607年 朝鮮から「通信使」が来日。捕虜を返還。
・1609年 「己酉約条(きゆうやくじょう)」(慶長条約)
「朝鮮」と「対馬の宗氏」の通商条約。(仲直り条約)
・1609年 島津家久、琉球を武力で征服。
→以後、琉球から使節が来日。
「慶賀使(けいがし)」・・徳川将軍の交代ごと。「おめでとうございます」の意。
「謝恩使(しゃおんし)」・・琉球の国王の交代ごと
・1613年 慶長遣欧使節
仙台藩主・伊達政宗が、藩士・支倉常長(はせくらつねなが)をイスパニア(スペイン)へ派遣した。直接貿易を要請→失敗
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・1612年 天領(幕府の直接支配地)に禁教令→翌年、全国に禁教令。
・1614年 キリシタン大名・高山右近らを国外追放。
(大名統制)
・1615年 大坂夏の陣
豊臣秀頼(秀吉の子)、自刃。豊臣氏滅亡。
元和偃武(げんなえんぶ)の宣言:戦争終結、平和宣言。
・1615年 一国一城令:本城以外の城の破却を命令。
・1615年 「武家諸法度・元和令(げんなれい)」
(「御成敗式目」(1232年・北条泰時)を元にしている。)
(金地院 崇伝(こんちいん すうでん)の起草)
①大名間の同盟・私婚の禁止
②城の無断修築・新築の禁止
☆大名への罰
・改易(かいえき)・・領地取り上げ。取り潰し(一番厳しい)
・転封(てんぽう)・・別の場所へ移転させられる。
・減封(げんぽう)・・領地を削減される。
(朝廷統制)
①1615年 「禁中並公家諸法度」(17条・金地院崇伝の起草)
②朝廷の直轄地:「禁裏御料(きんりごりょう)」→あえて少なくしている。多くすると軍事力につながるため。1万石。(幕府は400万石。)
(寺院統制)
①1601~16年 「寺院法度(じいんはっと)」
各宗派ごとに発布。「諸宗諸本山法度」ともいう。(崇伝)
1616年 家康、没
1619年 福島正則、改易:広島城の無断修築のため。
1622年 元和の大殉教:55名の宣教師、信者が長崎で殉教。