05_飛鳥時代 – 歴史note

日本史【7】律令制度(古代ー4)

260527
日本史【7】律令制度(飛鳥2)

<文武天皇>
701 大宝律令
・刑部親王(おさかべしんのう)(天武の子)
・藤原不比等(鎌足の子)

法律
(りつ)・・刑法(罪と罰)
五刑・八虐(ごけい・はちぎゃく)
五つの刑罰・八つの罪
・笞(鞭で打つ)
・杖(棒でたたく)
・徒(懲役刑・・牢屋)
・流(島流し)
・死(死刑)
(ち・じょう・ず・る・し)

(りょう)・・民法、行政法

<中央の統治機構>
二官八省一台五衛府

二官
太政官(だいじょうかん)(上)政務
太政大臣(だいじょうだいじん)(臨時職=大きな権力)
左大臣
右大臣

大納言

左弁官
少納言
右弁官

神祇官(じんぎかん)(下)祭祀

八省
太政官の下にある八つの省
(左弁官)
中務(なかつかさ)省・・詔勅の起草(天皇の命令づくり)
・式部(しきぶ)省・・役人の人事・教育
・治部(じぶ)省・・仏事・外交
民部(みんぶ)省・・戸籍・税務

(右弁官)
・兵部(ひょうぶ)省・・軍事
・刑部(ぎょうぶ)省・・裁判・刑罰
・大蔵省・・財政
・宮内省・・宮中

■ 一台
・弾正台(だんじょうだい)
役人の監視

■ 五衛府(ごえふ)
都の警備
・衛門府
・左右・衛士府
・左右・兵衛府

<行政区>
■ 畿内(五畿・ごき
・山城(京都)
・大和(奈良)
・河内(大阪)
・和泉(大阪)
・摂津(大阪・兵庫)

■ 七道(しちどう)
「道」と「地方」の2つの意味がある
・東海道
・東山銅(とうざんどう)
・北陸道
・山陽道(南)
・山陰道(北)
・南海道(四国他)
・西海道(九州)

<地方の統治機構>
国・郡・里
国司(こくし)・・中央から来る。役所:国衙(こくが)国府。
郡司(ぐんじ)・・地方の人がなる
里長(さとおさ・りちょう)

戸(こ)(2、30人の固まり)×50で里という。(千人ぐらい)

・京師(けいし)(都):京職(きょうしき)

・九州:大宰府
(古代は「太」ではないので注意)
遠の朝廷(とおのみかど)」

・摂津:摂津職(せっつしき)。難波宮がある。

<官職・位階>
令外官(りょうげのかん)
律令制定後に加えられた官職。
中納言、関白など。

官位相当制(かんいそうとうのせい)
三十の位階に応じた官職が与えられた。
一位が太政大臣になれる、二位は左右大臣など。
(位階は試験と勤務評定で上がる)

蔭位の制(おんいのせい)
親の位に応じて位がもらえる。
親が一位なら、子は「従五位下(じゅごいのげ)」からスタートできる。
(貴族層の固定化)

四等官制(しとうかんせい)
各役所の幹部を、長官(かみ)、次官(すけ)、判官(じょう)、主典(さかん)の四階級に分かれる。

<税の種類>
租・庸・調

【物】
(地方政府(国衙)へ)
・・米(3%)
・公出挙(くすいこ)稲の強制貸付
・義倉(ぎそう)(粟などを貯蔵)

(中央へ)
・・布(2丈6尺・8mぐらい)

調・・特産物(布や材木など)
(調布市の由来・・調に布を納めていたから)
↓↓
運脚・・中央まで持っていく

【労役】
(地方)
雑徭(ぞうよう)・・国衙で労役(年に60日)

(中央)
・歳役(さいえき)・・土木工事。10日間。

【兵役】
(地方)
・軍団・・各地で10日間

(中央)
・衛士

(九州)
・防人

正丁の3、4人に一人

食費、交通費、武器が自費
↓↓
浮浪(所在確認)
逃亡(所在不明)
偽籍(男→女。税金が軽いから)
などの増加。

<課役>
課役(庸・調・雑徭)は人頭税。

男性のみ
正丁(せいてい)・・(21~60歳)(雑徭60日)

・中男(ちゅうなん)(小丁・しょうてい)(17~20歳)
正丁の4分の1(雑徭15日)

・老丁(次丁・じてい)(61~65歳)
正丁の2分の1(雑徭30日)

<身分制度>
良民(りょうみん)
賤民(せんみん)
↓↓
五色の賤(ごしきのせん)
・陵戸(りょうこ)(官有)(墓警備)
・官戸(かんこ)(官有)
・家人(けにん)(私有)
・公奴婢(くぬひ)(官有)
・私奴婢(しぬひ)(私有)
官有・・大王家
私有・・豪族

<基本台帳>
戸籍
6年に1回作成。
班田を行うための基本台帳。租のため。

計帳(けいちょう)
毎年作成。
課役(庸・調・雑徭)のため。

班田収授法
6歳以上の男女口分田を班給。
6年に1回班給し、死後は国に返す。

良民 私有賤民
  2段(720歩) 240歩(良民の3分の1)
 女 480歩(男性の3分の2) 160歩(良民の3分の1)

祖:1段(たん)につき、2束2把(にそくにわ)
1段(たん)=20m×50m
1段=360歩(ぷ)

・良民・男子の祖は4束4把(よんそくよんわ)になる。
・祖だけは女性も負担。

<田地(でんち)>
不輸租田(ふゆそでん)
税(祖)を納めなくてよい田
神田(じんでん)(神社)、寺田(じでん)(寺)、
職田(しきでん)(官職)、乗田(じょうでん)(余り)

輸租田(ゆそでん)
税(租)を納める田
口分田、位田(いでん)(位階)、功田(こうでん)(功績)

・土地は条里制にもとづいて整然と区画された。田んぼを句切る。

__一里 二里 三里
一条
二条
三条

 

 

 

日本史【6】飛鳥時代(古代ー3)

260527
日本史【6】飛鳥時代(飛鳥1)

《崇峻天皇》
が中国を統一(589

飛鳥・地名
《推古天皇(推古朝)》
3人の協力
(1)天皇・推古天皇
(2)摂政・聖徳太子(厩戸王)
(3)大臣・蘇我馬子

<4つの事業>
[1]冠位十二階(603)
家柄(氏)に関係なく、個人に与える。

[2]憲法第十七条(604)
役人の心得

[3]遣隋使派遣
小野妹子(607)
隋の皇帝・煬帝
対等外交を求める。(朝貢ではない)
妹子の帰国時、隋の裴世清(はいせいせい)が隋使として来日。

・遣隋使派遣(608)
1・小野妹子

留学生学僧
2・高向玄理(たかむこのげんり/くろまろ)
3・(みん)(僧)
4・南淵請安(みなみぶちのしょうあん)
(今度の608年はこの4人で隋に渡る)

・「天皇記」「国記」の編纂(620)
(現存せず)

《皇極天皇》
乙巳(いっし)の変(645)
(「大化の改新」は、それ以降の政治改革のことを指す)

✕蘇我蝦夷(そがのえみし)
✕蘇我入鹿
↑↑ クーデター
中大兄皇子(舒明天皇・皇極天皇の子)
中臣鎌足

中大兄皇子(舒明天皇・皇極天皇の子)
中臣鎌足 内臣(うちつおみ)
阿倍内麻呂
蘇我(蔵山田)石川麻呂

国博士(くにはかせ)・・政治顧問
帰国した高向玄理、旻など。

・初の年号「大化」(645)

《孝徳天皇》
摂津・難波宮(なにわのみや)へ

改新の詔(かいしんのみことのり)(646)
律令制樹立への基本方針を表明

(1)公地公民制
・部曲(かきべ)(豪族の私有民)
・子代・名代(天皇家の私有民)
・田荘(豪族の私有地)
・屯倉(大王家の私有地)
↑これらを廃止。
代わりに豪族には食封(じきふ)を与える。
(2)地方制度:国、評など
(3)班田収授法
(4)税制:租・庸・調など

《斉明天皇(実際は中大兄皇子)》
皇極天皇が重祚(ちょうそ)して、斉明天皇に。
658 阿倍比羅夫、蝦夷・粛慎(みしはせ)を征討

660 唐・新羅が百済を滅ぼす。
百済の王が降伏。復興をめざす。

《中大兄皇子の称制
(称制:皇太子が即位せず政治をつかさどること)

663 白村江(はくそんこう)の戦い
百済と日本は大敗
倭・百済✕  VS  〇唐・新羅

九州の警備を固める
・防人(警備)
・烽(とぶひ)のろし(通信手段)
・水城(みずき)・・土塁
・(朝鮮式)山城

667 近江・大津宮(おうみ・おおつのみや)へ遷都
中国式の律令国家をめざす

《天智天皇》
668 中大兄皇子が即位して天智天皇となる。

668 近江令(おうみりょう)制定

669 中臣鎌足死去。藤原の姓と大織冠(役職)を賜る。
藤原氏の祖。

670 庚午年籍(こうごねんじゃく)
最初の全国的戸籍。

天智天皇没後↓↓
672 壬申の乱
大友皇子✕ VS 〇大海人皇子
(天智の子)    (天智の弟)
(弘文天皇)

《天武天皇》
大和 飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらのみや)
近江・大津宮から飛鳥宮に戻る。

・皇親政治
大臣を置かず、天皇一族のみで政治

天皇の神格化(現人神思想)
「大王は神にしませば・・」
天武天皇から1300年ほど(1946年まで)「天皇は神」という時代が続いた。

・「天皇」を使用し始める

681 飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう)制定
実際に施行された。
(前の近江令は施行されていない。)

681 「帝紀」「旧辞」の再編纂開始

683 富本銭
(使用・流通まではいっていない)

684 八色の姓(やくさのかばね)
真人(まひと)、朝臣(あそみ)、宿禰(すくね)、忌寸(いみき)、道師(みちのし)、臣(おみ)、連(むらじ)、稲置(いなぎ)

《持統天皇》
689 飛鳥浄御原令施行
690 庚寅年籍
694 藤原京に遷都(飛鳥の北)

・最初の都城制(とじょうせい)(計画的帝都)
「宮」(天皇の住まい、政治)と「京」(人々が住む所)の両方を兼ね備える。

・大和三山(畝傍山、耳成山、天香具山)に囲まれる。

《文武天皇》
701 大宝律令
・刑部親王(おさかべしんのう)(天武の子)
・藤原不比等(鎌足の子)

 

藤原不比等

260319

藤原不比等(ふじわらのふひと)(659-720)

・持統、文武、元明、元正、と4代の天皇に使えた。右大臣。

・「大宝律令」「日本書紀」「平城京への遷都」などに関わる。

・不比等の子孫だけが「藤原姓」を名乗れて、太政官になれることにした。

・妻:蘇我娼子、五百重娘、賀茂比売、県犬養三千代

 

藤原(中臣)鎌足

藤原不比等

(子供)
長男・武智麻呂(南家)
次男・房前(北家)
三男・宇合(式家)
四男・麻呂(京家)

長女・宮子(軽(文武)へ嫁ぐ)
次女・長娥子(ながこ)
三女・安宿(あすかべ)出家後→光明子(首(聖武)へ嫁ぐ)

 

コミック『日出処の天子』1巻 メモ

250306
コミック『日出処の天子(ひいづるところのてんし)』1巻 メモ

・敏達12年 583年

父 蘇我馬子(嶋大臣・しまのおとど)
息子 蘇我蝦夷

現(うつつ): 現実

・大連 物部守屋(おおむらじ もののべのもりや)
・中臣勝海(なかとみのかつみ)
物部と中臣はつるんでいる(神道)

・訳語田大王(おさだのおおきみ)
(諡号・しごう 30敏達天皇(びたつてんのう))

大后 額田部女王(ぬかたべのひめみこ)
(33推古天皇)
→推古天皇は蘇我馬子の姪(馬子の姉の娘)

31 用明天皇(敏達の異母弟、推古の弟)

大兄=皇太子

やつがれ:私

・厩戸豊聡耳王子(うまやどのとよとみみのおうじ)
(諡号 聖徳太子)

585年

31代 用明天皇 即位

(29欽明 30敏達 31用明 32崇峻 33推古)

・秦河勝(はたのかわかつ)

百済王(聖明王)・・仏教と仏像を欽明天皇に送った人

舎人 : 騎兵軍

587年 用明天皇 崩御

物部 VS 蘇我
丁未の乱(ていびのらん)(衣摺の戦い

 

 

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八色の姓(やくさのかばね)

694 八色の姓(やくさのかばね)制定
真人(まひと)
朝臣(あそみ)
宿禰(すくね)
忌寸(いみき)
道師(みちのし)
臣(おみ)
連(むらじ)
稲置(いなぎ)

真人(まひと)・・公(君)の姓を持っていた皇族の一部に
朝臣(あそみ)→臣姓を持っていた一族のうち有力な家系に
宿禰(すくね)→有力な連に
忌寸(いみき)→有力な帰化系の氏に
道師(みちのし)
臣(おみ)→臣姓の特に有力でない一族に
連(むらじ)→連姓の特に有力でない一族に
稲置(いなぎ)

1-5 聖徳太子の政治と飛鳥文化

211105
中学歴史
1-5 聖徳太子の政治と飛鳥文化
聖徳太子は「天皇中心の政治」を初めてめざした人。仏教も重んじた。

  593 聖徳太子(厩戸皇子・うまやどのおうじ)が推古天皇の摂政となる。
摂政・・天皇が女性や幼い場合、代理に政治を行う
「天皇中心の政治」をめざした
  603 「冠位十二階」を制定
家柄ではなく有能な人材を役人にとりたてる
  604 「十七条の憲法」を制定
和を大切に。仏教を信仰せよ。天皇に従え。
  607 小野妹子を遣隋使として派遣
隋の2代目皇帝・煬帝(ようだい)

飛鳥文化・・仏教の影響の強い文化。

法隆寺・・世界最古の木造建築。

法隆寺・釈迦三尊像(しゃかさんぞんぞう)