日本史【30】三大改革1(近世ー8) – 歴史note

日本史【30】三大改革1(近世ー8)

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日本史【30】三大改革1(近世ー8)
①享保の改革→田沼時代
②寛政の改革→大御所時代
③天保の改革

<徳川吉宗⑧>1716年~1745年
紀伊藩主→将軍へ
★「享保の改革」
・1719年 「相対済し令(あいたいすましれい)」
武士の借金が増えていた。幕府は金銭貸借関係の訴訟(金公事・かねくじ)を受け付けない。裁判の迅速化が目的。

・1720年 「町火消し(まちびけし)」設置
いろは47組(それまでは幕府の定火消(じょうびけし)のみ)。町人たちの消防隊。

・1721年 「目安箱」設置
庶民の意見を直接将軍が聞き入れる。記名式。
→「小石川養生所(こいしかわようじょうしょ)」(薬・病院)設置

・1722年(~1730年)「上米(あげまい)の制」
大名1万石につき100石(1%)の米を幕府へ出させる。
代わりに大名の参勤交代の在江戸期間を半年に軽減。
→財政回復した。

・1723年 「足高(たしだか)の制」
人材登用に際し、「在職期間のみ」石高の不足分を「加増」する。→辞職後戻す。
支出抑制と、家各(かかく)にこだわらない人材登用が可能になる。

・1730年 「株仲間」公認
「専売同業者組合」を「幕府が公認」した。
(株仲間自体は前からあった。)
→その代わり運上・冥加などの税金徴収。

・1742年 「公事方御定書(くじがたおさだめがき)」 制定
裁判の基本となる刑罰法。(罪と罰)
下巻を「御定書百箇条」といい、以後の裁判の基準となる。

<徳川家治⑩>1767年~1786年
★「田沼時代」
側用人→老中:田沼意次
・1767年 田沼意次、側用人に就任
・1772年 田沼意次、老中に就任

(商業政策)農民から商人へシフト
・幕府の専売制度(独占販売)の拡張
ex. 銅座・朝鮮人参座
(今までは金座、銀座、鉄座などが幕府専売)

・株仲間奨励(享保時は「公認」→「積極的公認」へ)

・「南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)」
(秤量貨幣→計数銀貨へ)発行(1772年)
大黒常是(だいこくじょうぜ)・銀座
1両=16朱
南鐐二朱銀が8つで小判1両と交換できる。

(貿易拡大)
・長崎貿易の制限(「海舶互市新例」新井白石)を緩和

・銀の代わりに銅・俵物(中国向け海産物)で支払う。
(いりこ・ふかひれ・ほしあわび)

・1782年~ 印旛沼(いんばぬま)・手賀沼(てがぬま)(下総)の開拓→失敗(洪水などが起きた)

・1782年~87年 天明の大飢饉

・1783年 浅間山(あさまやま)噴火
(上野(群馬)と信濃(長野)の境)

・1784年 田沼意知(意次の子)暗殺
(賄賂政治に対する不満)→田沼意次も失脚

・1787年 天明の打ちこわし

(蝦夷地開発)
・1783年 工藤平助(仙台藩医)が『赤蝦夷風説考』(北海道はロシアのものになってしまう)を献上
→蝦夷地開発を計画
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・1785年 最上徳内(もがみとくない)(出羽)が蝦夷地探検

<徳川家斉⑪>1787年~1837年(いえなり・遊び人)
松平定信「寛政の改革」1787年~1793年(6年)

・1787年 陸奥・白河藩主・松平定信が老中就任

・1789年 「棄捐令(きえんれい)」
旗本・御家人の札差からの借金を帳消し。

1789年 「囲米(かこいまい)」の制
大名1万石につき50石の米を蓄えさせる。(0.5%)
義倉(ぎそう)倉庫:富裕者
社倉(しゃそう):一般

・1790年 「人足寄場(にんそくよせば)」 設置(無宿人対策①)
無宿人などに職業指導。石川島(江戸隅田川)に置かれた。

・1790年 「旧里帰農令(きゅうりきのうれい)」(無宿人対策②)
都市に流入した農民の帰村を「奨励」(旅費などを支給。→まだ優しい方)。

・1791年 「七分積金(しちぶつみきん)」
江戸町費(町入用・まちにゅうよう)を節約させ、節約分の7割を積み立てさせ、災害への備えとする。「七分金積立」ともいう。

林子平「海国兵談」(ロシア南下の警告)を記した直後に・・
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・1792年 ラックスマン来航
ロシア皇帝エカテリーナ2世の命を受け、根室に来航し、通商を要求。幕府は信牌(長崎入港証)を渡し、帰国させる。
漂流してロシアにいた大黒屋光大夫(だいこくやこうだゆう)(伊勢の商人)を伴う。

☆庶民の不満
「白河の清きに魚も住みかねて、元の濁りの田沼恋しき」
「世の中に蚊ほどうるさきものはなし ぶんぶというて夜も寝られず」

1793年 松平定信、失脚

<諸藩の改革(寛政期)>
・熊本藩・細川重賢(しげかた)
・米沢藩(山形)・上杉治憲(はるのり)(上杉鷹山(ようざん))
・秋田藩・佐竹義和

<農民の抵抗(百姓一揆)>
・百姓一揆
農民が領主(幕府や藩)などを襲う。

☆百姓一揆の3つの種類
17C 代表越訴型一揆 (だいひょうおっそがたいっき)
代表者が領主に直訴。
ex.下総・佐倉惣五郎
(越訴は死罪。命がけで訴えた)
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18C 惣百姓一揆
農民が団結して蜂起
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19C 世直し一揆
政治的変革を求める。
・甲斐郡内(かいぐんない)一揆
・三河加茂(みかわかも)一揆

<農民の抵抗(その他)>

・村方騒動(むらかたそうどう)
貧農が豪農(村役人)を襲う。(農民同士)村方は農村のこと。

・打ちこわし
金融業者・商人などを襲う。

・国訴(こくそ)
合法的訴え。国や群の規模、大人数で訴える。

☆傘連判状
一揆の首謀者が分からないように円形に署名。