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日本史【19】室町時代の政治(中世ー8)
室町幕府
<3代将軍・足利義満>
1391年 明徳の乱
山名氏清 討伐(六分一殿・11ヶ国/66支配)
1392年 南北朝の合一(ごういつ)
覚え方「いざ国を統一1392」
後亀山天皇(南朝)が→後小松天皇(北朝)に譲位(返す)
<4代義持>
・義満は将軍職は4代義持に譲り、自らは太政大臣となり政治を続ける。
1399年 応永の乱
守護大名・大内義弘 討伐(中国・北九州6ヶ国支配)
4代義持没後
1428年 正長の土一揆(しょうちょうのどいっき)
土民(一般農民)が高利貸しを襲う。
近江・坂本の馬借(ばしゃく)(運送業者)が徳政令を要求→鎮圧される。
※幕府は「徳政令」は出していない。
<室町6代将軍・足利義教(よしのり)>
くじ引きで就任→「万人恐怖」政治
1429年 播磨の土一揆
守護の赤松氏の国外退去を要求。
守護・赤松満祐(みつすけ)が鎮圧。
1438年 永享の乱
✕足利持氏(鎌倉公方・鎌倉府No1)
VS
〇上杉憲実(関東管領・鎌倉府No2)
+
6代・足利義教が、足利持氏を滅ぼす。
1441年 嘉吉の乱
播磨守護・赤松満祐が6代将軍・義教を謀殺。
↓↓
1441年 嘉吉の土一揆
「代始めの徳政」を要求。
※幕府はここで最初の「徳政令」を出した。
<8代将軍・足利義政>
1455年~ 鎌倉公方の分裂
次の鎌倉公方をめぐって対立
堀越公方(ほりごえくぼう)伊豆
足利政知(まさとも)(義教の子)
VS
古河公方(こがくぼう)下総
足利成氏(しげうじ)(持氏の子)
☆関東管領・上杉氏の分裂
扇屋上杉氏(おうぎがやつ・うえすぎし)
VS
山内上杉氏(やまのうち・うえすぎし)
関東地方は一足先に戦国時代へ・・。
・1467年~1477年 応仁(・文明)の乱(11年間)
西・山名持豊 VS 東・細川勝元
(西軍)
・山名持豊(山名宗全)
・足利義尚(義政の子)
・日野富子
・斯波義廉(よしかど)
・畠山義就(よしなり)
VS
(東軍)
・細川勝元(管領)
・足利義親(よしみ)(義政の弟)
・斯波義敏
・畠山政長
↓↓
京都は荒廃。将軍も管領家も力を失う・・。戦国の世へ。
<各地の一揆>
1485年 山城の国一揆(やましろのくにいっき)
国人(元・地頭)が守護・畠山氏を追放。(下剋上)。南山城を8年間国人たちが自治支配。
1488年 加賀の一向一揆
一向宗(浄土真宗)の信徒が守護・富樫政親(とがしまさちか)を滅ぼす。以後100年間、加賀一国を支配。