260813
日本史【54】成長の時代(現代ー3)
昭和戦後10 成長の時代1
<鳩山一郎内閣①~③>(52~54代)(93代鳩山由紀夫は孫)
・1955年 第1回原水爆禁止 世界大会(広島)
・1955年 「日本社会党」再統一。革新が3分の1の勢力に。
・1955年 「自由民主党(自民党)」結成
自由党(吉田茂)・日本民主党(鳩山一郎)が合併(保守合同)
↓↓
「55年体制」へ
1/3 革新
2/3 保守(自民党)
自民党が決めたことが日本の法律になっていく。
約40年続く。(1955~1993年まで)
・1956年 教育委員の任命制(前:公選制→)
・1956年 日ソ共同宣言
ソ連との国交回復。
(鳩山一郎は吉田茂ができなかったことをやりたい。→米ではなくソ連と近づいた。)
(cf. 大正1925年 日ソ基本条約
昭和戦前1941年 日ソ中立条約)
(北方領土)
・択捉・国後
・歯舞・色丹→平和条約の締結後に、この2島を返還する。
(※現在でも平和条約は結ばれず、4島とも返ってきていない。)
ソ連は、日本の国連加盟に反対していたが、日ソの国交回復したので
↓↓
・1956年 国際連合に加盟
<石橋湛山(たんざん)内閣>(55代)
2ヶ月のみ。病気で退陣。
(戦前に「東洋経済新報」で戦争反対を訴えていた)
<岸信介(きしのぶすけ)内閣①②>(56・57代)
佐藤栄作の兄
「日米新時代」
・1958年 「安保条約」改定 交渉開始
→各地で阻止闘争
(革新(左翼)は、そもそも安保条約自体に反対)
・1960年 「日米相互協力 及び 安全保障条約」調印
(=新安保条約)
「安保」は日本が不利だったが、「新安保」で対等に。
条約は参議院の承認を得られないまま、自然成立。(異例)
・吉田茂→安保
・岸信介→新安保
・1960年 三井三池(みついみいけ)炭鉱争議(福岡)
大規模ストライキ
エネルギー転換:石炭→石油へ
昭和戦後11 成長の時代2
<池田勇人内閣①~③>(58~60代)
池田勇人は、元・大蔵大臣。経済の人。
「(国民)所得倍増計画」10年で2倍(→7年で2倍達成)
・1961年 「農業基本法」公布
農業の機械化・近代化
・1962年 「LT貿易」開始
中国との貿易を覚書でやる。(国交は樹立されていない)
(中国側:廖承志(りょう(L)しょうし)&日本側:高碕/たかざき(T)/達之助)
「政経分離」方針のもと行われた民間貿易
・「開放経済」へ
=先進国の証:自国だけではなく、みんなのことを考えるように。
・1963年 GATT 11条国に移行
自国の都合で勝手に貿易制限できない
・1964年 IMF 8条国に移行
自国の都合で勝手に為替管理できない
・1964年 OECD(経済協力開発機構)に加盟
資本(会社)の自由化。外資系会社を受け入れる。
・1964年 「東海道新幹線」開通。
・1964年 「第1回東京オリンピック」開催。
【高度経済成長】景気が右肩上がり
(1955年~73年ごろ。約20年間)
・(吉田)1950~53年 特需景気(朝鮮戦争)
・(鳩山)1955~57年 神武景気
1956年 経済白書「もはや戦後ではない」
・(石橋)
・(岸)1958~61年 岩戸(いわど)景気
・(池田)1963~64年 オリンピック景気
・(佐藤)1966~70年 いざなぎ景気
国民総生産(GNP)(1968年)資本主義国の中で世界第2位に。(1位米。日本は西独を抜いて2位に)
cf(GDP)国内総生産
昭和戦後13 成長の時代4
<佐藤栄作内閣(外交・公害)①~③>(61~63代)
岸信介の弟
・1965年 ベトナム戦争本格化。米軍事介入し、南ベトナムを支援。
・1965年 「日韓基本条約」調印
(全権:朴正熙・ぼくせいき・パクチョンヒ→日本に友好的・前の李承晩は強硬姿勢。)
韓国と国交樹立
いざなぎ景気の影で
・1967年 四大公害訴訟開始(→全て原告勝訴)
①水俣病(熊本)
②イタイイタイ病(富山・神通川・じんずうがわ)
③新潟水俣病(新潟・阿賀野川・あがのがわ)
④四日市ぜんそく(三重)
・1967年 「公害対策基本法」制定
→1971年 「環境庁」設置
(現:環境省)法律と役所をセットで作る。
<佐藤栄作内閣(沖縄返還・ドル危機)>(61~63代)
※小笠原・沖縄・奄美は戦後、米の直接統治下だった。サンフランシスコ平和条約のときに、これらは日本に戻っていなかった。
・1968年 「小笠原返還協定」調印
・1969年 佐藤・ニクソン会談
→日米共同声明(「核抜き」の沖縄返還に合意)
↓↓
・1971年 「沖縄返還協定」調印
(→1972年 沖縄返還)
・1971年 ニクソン・ショック
世界が驚いた。
①中国訪問計画発表(翌年、米中国交正常化)
中国と仲良くなる必要があった。(ベトナム戦争の終結)
②金・ドル交換停止
米が金本位制をやめた
⇒変動相場へ
以前は、金・ドルが交換できた(=金本位制)ので、基軸通貨のドルが安定していたが、戦争などで米ドルをかなり使うことでドルの信用が低下。ドル安・円高になる。
・1971年 円切り上げ(=円高に変えること)
1ドル=308円へ(協定@ワシントン・スミソニアン博物館)
→スミソニアン体制(円高になっていく)
・円安だと輸出が増える(儲かる)
・円高だと輸出が減る→高度経済成長が終わりに近づく
昭和戦後14 成長の時代5
<田中角栄内閣(経済・対中関係)①②>(64・65代)
「日本列島改造論」(列島改造)
経済成長を全国へ。高速道路や新幹線建設促進
・1972年 日中共同声明
中華人民共和国と国交樹立。
(ニクソンショックで米が中国と国交樹立したので、日本もそれに追随)
→台湾(中華民国)とは断交することになる。民間貿易は続く。
・1973年 「変動為替相場制」に移行
(前「固定相場制」→)
・1949年 1ドル=360円(ドッジ・ライン)
・1971年 1ドル=308円(円切り上げ)
・1973年 1ドル200円台へ。円高へ。日本にはダメージ。
<田中角栄内閣(高度経済成長の終焉)>
・1973年 第4次中東戦争(アラブ VS イスラエル)
・1973年 第1次石油危機(オイルショック)
石油価格が高騰→物価が高騰(狂乱物価)
・1974年 不況・インフレ→経済は戦後初のマイナス成長となる。(高度経済成長の終焉)
・1974年 首相の金脈問題で退陣
<三木武夫内閣>(66代)
「クリーンな政治をめざす」
・1976年 自民党分裂
→「新自由クラブ」結成(河野洋平)
(当時は新党結成は珍しかった)
・1976年 ロッキード事件が暴露
(航空機購入をめぐる増収賄)
→田中前首相逮捕