260918
『新九郎、奔る』1巻 メモ
・明応2年(1493年)
伊豆国北条「鎌倉公方」の御所
室町殿奉公衆・伊勢新九郎盛時(38)
足利茶々丸を討ちに来た。
27年前
・文正元年(1466年)
山城国宇治
伊勢千代丸(11)
傅役・大道寺右馬介
将軍の御領地なら奉公衆が出てくるかも。
土一揆の鎮圧は侍所。
千代丸の父・備中国荏原荘領主
伊勢備前守盛定
・寛正の大飢饉(1461)
室町幕府・政所執事
伊勢伊勢守貞親(さだちか)
貞親(兄)ー兵庫助貞宗
須磨 (妹)(妻)ー 八郎貞興・伊都
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盛定 (夫)
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浅茅(側室)ー千代丸(新九郎盛時)
政所・・証文や訴状の整理
取次役・・副え状の書き方、申次の礼法
伊勢家は代々、御所(将軍)の近侍。
三管領。斯波、畠山、細川。
・斯波の家督は、斯波義廉(よしかど)から→斯波義敏(よしとし)に変えた。by伊勢守貞親
・畠山義就(廃嫡)VS 畠山政長(管領)
(→後にいつまでも戦をしてるので、山城国一揆(1485)で追い出される)
・細川右京大夫勝元→今出川殿(義視)の後見人
・貞親の新しいお方様。
その姉は斯波義敏の妾
↓↓
斯波左兵衛佐(さひょうえのすけ)義敏。
越前、尾張、遠江の守護。
・季瓊真蘂(きけいしんずい)
相国寺の僧
・侍所所司代 多賀豊後守
・廃嫡された斯波義廉を山名宗全がサポート。
・貞親が義視謀反と義政に訴える。
→義視は細川、山名に助力を乞う。
→逆に貞親が都を追われることに。
(斯波義敏も逐電(夜逃げ))
斯波義廉(よしかど)側のクーデター。
→「文正の政変」(1466)文正元年
・貞親の弟→伊勢備中守貞藤(八郎)
京都伊勢家
備中伊勢家
・嘉吉の変(1441義教×)後、赤松満祐を追討したのが、山名持豊(赤入道)
・関東管領 山内上杉家
上杉房顕のあと上杉龍若が継ぐ
家宰 長尾景信
・1466年(文正元年)12月
畠山義就(よしひろ)が京に戻ってきた。
管領が、政長から→義就に戻される。
翌1467年1月 上御霊社の戦い
主上(おかみ)→ 御土御門天皇
院→ 御花園上皇
・鎌倉公方の足利成氏は上杉と対立。古河に御所を移す。→下総・古河公方となる。