歴史note – ページ 44 – 歴史の学びメモ

後北条家

後北条(ごほうじょう)、小田原北条

北条早雲(伊勢宗瑞・いせそうずい)
北条氏綱
北条氏康
北条氏政
北条氏直
つなやす まさなお

 

細川家

・細川頼之(よりゆき)・・14C。3代足利義満を補佐。四国を領有。管領。

・細川勝元(かつもと)・・15C。応仁の乱、東軍の大将。足利義視(よしみ)側。

・細川幽玄

仏像の種類

仏像
・如来(にょらい)
・菩薩(ぼさつ)
・明王(みょうおう)
・天部(てんぶ)
・羅漢・高僧(らかん・こうそう)


■ 如来(にょらい)
・釈迦如来(しゃかにょらい)
・阿弥陀如来(あみだにょらい)
・薬師如来(やくしにょらい)
・毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)
・大日如来(だいにちにょらい)

■ 菩薩(ぼさつ)
・弥勒菩薩(みろくぼさつ)
・地蔵菩薩(じぞうぼさつ)
・観音菩薩(かんのんぼさつ)
・文殊菩薩(もんじゅぼさつ)
・普賢菩薩(ふげんぼさつ)
・日光・月光菩薩(にっこう・がっこうぼさつ)

■ 明王(みょうおう)
・不動明王(ふどうみょうおう)
・愛染明王(あいぜんみょうおう)
・孔雀明王(くじゃくみょうおう)

■ 天部(てんぶ)
・梵天(ぼんてん)
・帝釈天(たいしゃくてん)
・四天王(してんのう)
・金剛力士(こんごうりきし)
・十二神将(じゅうにし(じ)んしょう)
・八部衆(はちぶしゅう)
・吉祥天(きちじょうてん)
・弁財天(べんざいてん)

■ 羅漢・高僧(らかん・こうそう)
・鑑真像(がんじんぞう)
・重源像(ちょうげんぞう)
・無著(むじゃくぞう)

 

 

漫画『雪花の虎』6巻メモ

マンガ『雪花の虎』 6巻 メモ

関東管領 上杉憲政(のりまさ)が新年雪の中、長尾景虎(上杉謙信)を訪ねてくる。

長尾家は元々関東で山内(やまのうち)上杉家の家臣として支えてきた。

しかし景虎の父・為景(ためかげ)の代で、長尾と上杉は対立。

為景が下剋上で上杉顕貞(あきさだ)を討った。

 

訪ねてきた上杉憲政は、その上杉顕貞(あきさだ)の孫。

 

山内上杉家は、代々「関東管領職」を引き継いできた名家(めいか)だったが、最近では弱体化し、北条氏康(うじやす)に攻められていた。

そこで上杉憲政は景虎に「関東管領職を譲るので、北条氏康を討ってほしい」と願い入れる。

 

上杉憲実(のりざね)・・足利学校を再建。



上杉顕貞(あきさだ)・・下剋上で虎パパにやられる



上杉憲政(のりまさ)・・雪の中、虎ちゃんのとこに来た人

『青天を衝け』総集編・第四部メモ(DISC2)大河ドラマ2021年

「青天を衝け」2021年(令和3年)大河ドラマ
総集編 DISC2 第四部 メモ

渋沢栄一
1840(天保11)~ 1931(昭和6)享年89才


慶喜は駿府(静岡)で暮らしていた。

お目通り:目上の人に会う。

右大臣 岩倉具視 暗殺未遂事件。
喰違の変(くいちがいのへん)明治7年(1874年)

不平士族
江藤新平 佐賀の乱

大隈重信

大久保利通。不平士族の不満をそらすために台湾出兵を主張。
(ドラマにはないが木戸孝允(きど・たかよし)は反対して政府をやめた)

台湾への船を三菱に頼む。
三菱商会(創業者)
岩崎弥太郎。(土佐)

栄一は大蔵省(官)をやめて国立銀行の頭取(民)になる。

三井銀行開業。

金中心の世に憂う。金は卑しの武士の世が終わり、誰もが金を崇拝し始めた。開けてはならぬ扉を開けたのではないか・・。

栄一は「東京商法会議所」を作る。他業種のつながり。

栄一は合本でみんなで大きくなるべしと主張。国利民福(こくりみんぷく)(国の利益と人民の幸福)。

これに対して岩崎は儲けたい強い一人が全力を尽くすから前進する。欲は悪くないと主張。


「東京養育院」
生活に困る人を守る。

米 グラント将軍(前大統領)来日。
岩倉使節団のときの大統領。

栄一の妻たちは、大隈邸で井上馨、大倉喜八郎、益田孝の夫人に教えをこう。


1881年(明治14年)
開拓使官有物払下げ事件。
黒田清隆が北海道の官営事業を、同郷の薩摩の五代友厚に不当に安く払下げたと新聞に報じられた。

五代「名誉や金より大切なのは目的だ。豊かな日本を作ることが正義だと信じている。」


【偕老同穴】かいろうどうけつ
夫婦なかよく、生きてはともに年をとり、死んではいっしょに葬られること。

栄一の長女・歌子と穂積 陳重(ほづみ のぶしげ)(法学者)が結婚。

 

五代。電話、馬車鉄道の事業。

【青天白日】せいてんはくじつ
心にやましい所が全くないこと。


銀行、製紙、紡績、鉄鋼、建築、食品、鉄道、鉱山、電力、造船、など多くの産業に関わった。

女性が国際化に対応できる学校、病院、養育院、教育、福祉など。


1904年(明治37年)
日露戦争

慶喜の告白。
家臣を止めることはできない状況だった。

「人は誰が何を言おうと戦争をしたくなれば必ずするのだ。欲望は道徳や倫理よりずっと強い。」


1909年(明治42年)
渡米。平和外交。移民のために。

 

徳川慶喜公 稿本


1921年(大正10年)
ワシントン会議

1923年(大正12年)
関東大震災

 

「政治経済を道徳と一致せしめて真正なる世界の平和を招来せんことを諸君と共に努めたいのであります。」渋沢栄一