戦国時代 – 歴史note

日本史【22】戦国時代・都市(中世ー11)

260702
日本史【22】戦国時代・都市(中世ー11)

<都市(港町)>
・港町
①十三湊(とさみなと)(陸奥)
対蝦夷(えぞ)貿易の拠点
②兵庫(摂津)
もと大輪田泊
③草戸千軒町(くさどせんげんちょう)(備後/広島)
1673年 洪水で水没

・自由都市
④堺(和泉)
36人の会合衆によって運営
⑤博多(筑前)
12人の年行司によって運営

<都市(城下町)>
・城下町
①小田原:北条氏
②府中:今川氏
③一乗谷:朝倉氏
④山口:大内氏→陶氏→毛利氏
⑤豊後府内(豊後):大友氏
⑥鹿児島(薩摩):島津氏

・寺内町(じないまち/ちょう)
寺を中核に発展。一向宗が多い。お寺の中に町があり一体化。
①吉崎(越前)・・蓮如
②石山(摂津)
③富田林(河内)
④山科(山城)

・門前町(もんぜんまち/ちょう)
寺や神社の門前に発展。
①長野(信濃・善光寺)
②坂本(近江・延暦寺)・・正長の土一揆、坂本の馬借。
③宇治・山田(伊勢神宮/三重)
(※京都の宇治ではない)

<戦国大名の諸政策>
①寄親・寄子(よりおや・よりこ)の制
国人や地侍を家臣とし、武将を親、家臣を子とする擬制的親子関係。

②指出検地(さしだしけんち)
土地を調査して提出させる(自己申告制)。

③貫高制 (かんだかせい)
土地からの「年貢収入」を銭(単位:1貫=3.75kg)で表す。軍役も課す。貫は重さの単位で、銭の単位にもなっていく。
(⇒後に秀吉の「太閤検地」と「石高(こくだか)制」に変わっていく。)

④分国法
領国(分国・ぶんこく)支配のために制定。家法(かほう)、壁書(かべがき)ともいう。

⑤下剋上
下の者が上の者に実力で打ち勝ち、地位を奪う。

<戦国大名>
☆東北
・陸奥・・伊達稙宗(だてたねむね)
『塵芥集(じんかいしゅう)』

☆関東
・伊豆/相模・・北条早雲(後北条氏・ごほうじょうし)
幕府の役人だった早雲は、伊豆で堀越公方(足利政知・6代義教の子)を滅ぼし、伊豆・相模を平定。
(城下町:小田原)
『早雲寺殿 二十一箇条(そううんじどの にじゅういっかじょう)』

☆中部
・越後・・上杉謙信
長尾景虎が関東管領・山内上杉氏を継ぐ

・甲斐/信濃・・武田信玄
『甲州法度之次第(こうしゅうはっとのしだい)』(信玄家法)
信玄堤(水害対策)

・駿河/遠江・・今川義元
『今川仮名目録(いまがわ かなもくろく)』
(城下町:府中)

・越前・・朝倉孝景『朝倉敏景 十七箇条』
(城下町:一乗谷)

・尾張・・織田信秀(信長の父)

☆近畿
・近江・・浅井(あざい)長政

☆中国
・周防・・大内義隆(よしたか)→「寧波の乱」(1523年)で細川氏に勝ち、日明貿易で栄えた大内氏。「応永の乱」(1399年)で義満に討たれたのは大内義弘(よしひろ)。
(城下町:山口)
1551年 陶晴賢(すえはるたか)が大内氏を滅ぼす。
1555年 毛利元就が陶氏を滅ぼす。 中国統一。
→後に長州藩(長門)となっても幕末まで毛利氏は出てくる。

☆四国
・讃岐・・三好長慶
1549年 将軍、管領を追放し、京都を制圧。
1563年 松永久秀に実権を奪われる。

・土佐・・長宗我部元親
『長宗我部元親 百箇条』

☆九州
・豊後(大分)・・大友義鎮(よししげ)宗麟。
ザビエルが来る。キリシタン大名。
(城下町:府内)

・薩摩・・島津貴久(たかひさ)
(城下町:鹿児島)
ザビエルが来る。

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(25)「変事の予兆」(2026/6/28放送)

260630
『豊臣兄弟!』(25)「変事の予兆」(2026/6/28放送)メモ

【あらすじ】信長(小栗 旬)の新たな城・安土城が完成。祝宴の場で信長は、家臣たちに相撲を取るよう提案し、若き近習・森乱(市川團子)の相手に、なぜか林秀貞(諏訪太朗)や佐久間信盛(菅原大吉)、安藤守就(田中哲司)ら長老格の重臣を指名する。余興と思いきや、あえなく敗北した3人に、信長は問答無用で追放を言い渡す。小一郎と秀吉(池松壮亮)がその理不尽な行動の理由を探ると、光秀(要 潤)が信長の真意を語りだす。(ーNHK公式サイトより)


・北近江・長浜城にて
羽柴家。
龍野城は西播磨の守りの要。普請をする。
蜂須賀正勝が城主に。

・天正8年
安土城完成。
・織田信忠(信長嫡男)
・織田信雄(のぶかつ/のぶお)(信長次男)
・織田信孝(信長三男)
・織田信澄(のぶずみ)(信長の弟・信勝の子)

「お初に御意を得まする」
土佐国主・長宗我部元親
四国を切り取り中。四国統一を目指す。

・前田利家
・滝川一益
・池田恒興

・森乱(信長の近習・森可成の子)

信長に指名され追放される
・林 佐渡守 秀貞
・筆頭家臣・佐久間信盛
・安藤 伊賀守 守就

・安藤家の所領は稲葉良通(一徹)のものになった。嫡男の安藤定治は武田と通じていた。

・佐久間信盛は高野山へと入った。林秀貞は山城国へ身を潜めたが、2ヶ月後に亡くなる。

・天正9年2月
信長は京都で馬揃えを行なう。

・信長は長宗我部の四国統一を認められないと意見を翻す。説き伏せるよう明智に命令。

・将軍義昭から信長を討てと手紙が来る。

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「豊臣兄弟!紀行」(25)

・安土城跡(滋賀県・近江八幡市)
信長が天下一統の礎として築いた安土城は、完成からわずか3年で焼失した幻の城。

三重塔。城跡は信長の菩提寺・摠見寺(そうけんじ)により守られてきた。

令和の大調査で本丸取付台(本丸と天守をつなぐ新たな建物跡)が発見された。意図的に石垣を破壊した破城の痕跡が生々しく残されている。秀吉によるものだとされている。
(JR「安土」下車 徒歩25分)

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(24)「軍師官兵衛!」(2026/6/21放送)

260623
『豊臣兄弟!』(24)「軍師官兵衛!」(2026/6/21放送)メモ

【あらすじ】村重(トータス松本)に幽閉されて1年、官兵衛(倉 悠貴)は心身共に限界を迎えていた。籠城を続ける村重と織田軍の戦は膠着(こうちゃく)状態にあったが、小一郎(仲野太賀)が兵糧の補給路を断つことに成功。妻・だし(山谷花純)の説得で、村重はついに投降を決意する。信長(小栗 旬)への取り次ぎを任された小一郎は、だしに官兵衛への伝言を託す。無駄な血を流さず戦が終わると思われたやさき、驚きの事態が! 状況は一変し――。(ーNHK公式サイトより)


天正6年(1578年)10月
・秀吉が三木城攻め(別所長治の居城)
兵糧攻め。
福島正則ら、初陣。

・有岡城攻め(荒木村重の居城)
織田信忠(信長の長男)
池田恒興
滝川一益
織田信澄

村重逃亡。家臣、一族は始末される。

・三木城軍略。
力攻めしろという信忠に対して、官兵衛は「別所は播磨で慕われている。力攻めで落としてもそのあと国衆が付いてこない。」と説得。

天正8年1月
三木城城主・別所長治が切腹。家臣は助かる。

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「豊臣兄弟!紀行」(24)

・姫路城(兵庫県姫路市)
黒田官兵衛尉義孝(くろだかんべえのじょう よしたか)。西播磨を治めていた小寺の重臣として仕えていた。(御着城)。

官兵衛は姫路城を秀吉に献上する。秀吉は三重天守の巨大な城に作り変えた。

・福岡城跡(福岡県福岡市)
官兵衛は息子の黒田長政と共に、福岡の町の礎を築いていく。

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(23)「さらば半兵衛」(2026/6/14放送)

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『豊臣兄弟!』(23)「さらば半兵衛」(2026/6/14放送)メモ

【あらすじ】荒木村重(トータス松本)が謀反を起こした。独断で村重の説得に向かった官兵衛(倉 悠貴)は、捕らわれの身となってしまう。官兵衛が裏切ったという噂(うわさ)が流れる中、信長(小栗 旬)から、長浜で寧々(浜辺美波)が預かっている官兵衛の子を始末しろという命令が。半兵衛(菅田将暉)は、ためらう秀吉(池松壮亮)と小一郎(仲野太賀)に、幼い命を救う策を提案。だが、差配を任され長浜へ向かう半兵衛の胸には別の思惑があった。(ーNHK公式サイトより)


・毛利家
毛利家当主:毛利輝元
毛利家一門衆:小早川隆景
毛利家一門衆:吉川元春
毛利家外交僧:安国寺恵瓊
備前岡山城主:宇喜多直家

毛利家は領国安泰のために動く。それが父・毛利元就の教え。

・摂津・有岡城・荒木村重
明智光秀が説得に来るが、村重は応じず。

次に官兵衛も説得に来るが、捕まってしまう。
官兵衛も裏切ったと噂を流される。

信長は、人質の松寿丸(官兵衛の息子)を始末するよう命令。
半兵衛がその役を引き受ける。

松寿丸は長浜城(北近江)でねねに育てられていた。
安藤守就(もりなり)(慶の父)。

半兵衛は秀吉に責任が行かないように、自分が罪をかぶる(始末する)つもりだったが、小一郎の説得や、生まれた子を抱いたことで気持ちが変わり、結局、最初の策どおり、病気で亡くなった子を身代わりに出した。

信長に挨拶にいく。
「上様。これでお別れでござりまする。」
「竹中半兵衛、大義であった。」

・三木城を攻める秀吉の陣にて。
宇喜多直家が寝返る。毛利から織田側に付く。
(生野銀山の銀が調略に使われた。)

竹中半兵衛、没。(享年36)

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「豊臣兄弟!紀行」(23)

・三木城跡(兵庫県三木市)
天正6年、別所長治は織田から離反。壮絶な戦の場となる。秀吉軍は城を囲むように、山の稜線に沿って付け城を築き、平井山に本陣を置いた。

平井山の麓に、この戦のさなか病死した竹中半兵衛の墓がある。「秀吉は悲しみ劉備が孔明を失ったよう」という記述がある。

「秀吉限りなくかなしひ 劉備 孔明を失ひしに異ならず」
竹中重門(半兵衛の子)著『豊鏡』

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(22)「播磨大誤算」(2026/6/7放送)

260611
『豊臣兄弟!』(22)「播磨大誤算」(2026/6/7放送)メモ

【あらすじ】
一度は播磨を手中に収めたかに見えた秀吉(池松壮亮)だったが、半兵衛(菅田将暉)の悪い予感が的中。服属したはずの国衆たちが反旗を翻し、呼応して毛利・宇喜多も挙兵する。しかも折悪く半兵衛の体調が悪化し、秀吉は味方を見捨てて撤退することに。自責の念にさいなまれる秀吉は、ある夜、足を踏み外して頭を打ち、なんと記憶をなくしてしまった! 小一郎(仲野太賀)は、秀吉の記憶を取り戻そうと手を尽くすが……。(NHK公式サイト)


・天正5年10月
秀吉・播磨出兵
国衆を次々と味方につけていた。
東播磨最大が別所氏。三木城。

・天正5年12月
尼子勝久、家臣・山中幸盛(鹿之助)。
毛利に滅ぼされるも再興をかける。上月城。

・三木城・別所長治が謀反。
織田側の加古川城を攻める。
高砂、志方(しかた)、神吉(かんき)、明石も味方。

・毛利・宇喜多が西播磨・上月城を攻める。
尼子軍
♪人の世は夢のまた夢 これ一定 楽しきも醒めやることも これ一定
(人の世は夢のようなもの。これが真実なのだ。楽しいことも、いつかその夢から醒めることも、またしかり・・。)

・囲碁で勝った半兵衛が、官兵衛に(真の)味方になってほしいと頼む。
「わしがそなたなら・・いったん織田について毛利を弱らせ、期を見て織田も滅ぼして、自分がのし上がる。それが一番面白い」と、官兵衛の本音を見抜く。

 

・上月城に織田の援軍は来ず。尼子は切腹。山中も討ち取られる。
秀吉軍は書写山 円教寺(えんぎょうじ)に。

・荒木村重(有岡城)、信長に毛利と通じていると疑われる。
(荒木家与力)
摂津・茨木城主・中川清秀
摂津・高槻城主・高山右近
の二人が、毛利家の安国寺恵瓊を連れてきてしまう。
→疑いが本当になってしまう・・。

荒木村重、謀反・・!

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「豊臣兄弟!紀行」(22)

・書写山・圓教寺(しょしゃざん・えんぎょうじ)(兵庫県・姫路市)
天台宗の別格本山として、平安中期の僧侶、性空上人(しょうくうしょうにん)が開いた古刹(こさつ)(古い由緒のある寺)。「西の比叡山」とも称された。

食堂(じきどう)に「羽柴小一郎」という文字が刻まれている柱が残る。

 

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(21)「風雲!竹田城」(2026/5/31放送)

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『豊臣兄弟!』(21)「風雲!竹田城」(2026/5/31放送)メモ

【あらすじ】
秀吉(池松壮亮)と小一郎(仲野太賀)は、荒木村重(トータス松本)に代わって織田と毛利の間で揺れる播磨の攻略に当たる。難しい任務と思われたが、村重の仲介で出会った姫路城代・小寺官兵衛(倉 悠貴)は、見事な手腕で播磨の国衆を織田方につけてみせる。半兵衛(菅田将暉)の案で、秀吉はさらに西方へ兵を進めることを決め、西播磨へ。一方、小一郎は但馬の竹田城攻めを任され、初めて総大将として戦に臨む!(NHK公式サイト)


・秀吉・播磨出兵
摂津・有岡城主・荒木村重が2年前から攻略を進めていた。
地元の国衆を味方につけ毛利攻めの準備していた。

国衆:在地領主。地元の殿様。(例えるなら戦国大名が大企業、国衆が地元の中小企業。国衆にとって戦国大名はお得意様ではあっても上司ではない。)

加藤清正、福島正則。
石田三成を侍女が取り合い。播磨をめぐって、織田と毛利が取り合いしているよう。
播磨は、赤松、別所、小寺らなど国衆が存在。織田派と毛利派で対立。

摂津・有岡城
荒木村重
摂津・茨木城主・中川清秀
摂津・高槻城主・高山右近

中川と高山は秀吉に反対。
村重としては今まで築いてきた国衆とのつながりを使って、筑前に貸しを作れたら、それでいいと考える。

・天正5年10月
播磨 姫路城 城代
小寺官兵衛尉孝高(こでらかんべえのじょうよしたか)
(黒田官兵衛)

官兵衛が秀吉のいい噂を播磨中に流して織田側に付くように攻略。

姫路城を秀吉に明け渡す。
主の小寺政職(こでらまさもと)にも話を通している。
赤松、別所にも織田方に付くように計らっている。

赤松には、別所(三木城)と毛利が通じて播磨を手に入れようとしていると言い、
別所には逆を言い、お互いに織田に守ってもらうしかないとなっている。

竹中半兵衛は、すべての国衆に人質を出させようとする。
まず官兵衛の嫡男、松寿丸を織田の人質に出す。

その後国衆が、秀吉の元に出仕(挨拶)に来るが、三木城・別所長治は来ず。叔父の別所賀相(よしちか)が代わりに来る。

・三木城
当主・別所長治
後見人・叔父1・別所賀相(よしちか)
後見人・叔父2・別所重棟。(しげむね)

当主の長治と叔父2重棟は織田側、叔父1賀相は毛利側の考え。

秀吉は、別所賀相に12の城を壊すよう命を出す。受け入れたくない感じ・・。

半兵衛は、西へ進んで、上月城(こうづきじょう)を手に入れることを提案。

・上月城
播磨・備前・美作の国境にある。
城主・赤松政範(まさのり)(毛利・宇喜多方)
毛利の最前線。

・天正5年11月
秀吉は上月城に向けて西播磨へ進軍。
途中の福原城。

小一郎は但馬攻め・総大将に。
前野長安など。

・竹田城(但馬)
空に浮かぶ城。
但馬国主・山名家家臣・太田垣 輝信(おおたがき てるのぶ)
生野銀山(いくのぎんざん)も押さえている。

朝もやは昼と夜の暑さと寒さの違いでできる。
朝もやができないよう、かがり火をたく。

敵が水を汲みに来たところを押さえて城を落とす。
小一郎が初めて城代となる。

太田垣輝信は山名のいる有子山まで送り届ける。
城の修繕は高虎に任せる。
生野銀山も押さえられた。

・上月城は秀吉が落とす。
尼子勝久、山中幸盛が入った。

その際、斬首、女子供もはりつけ、串刺しなどをして、西との国境にさらした。
凄惨な場になった。

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「豊臣兄弟!紀行」(21)
但馬国(兵庫・北部)

・生野銀山(兵庫・朝来市)
室町時代に本格的な採掘が開始。但馬・守護の山名氏から、重臣・太田垣氏の手に渡る。その後、織田、豊臣、徳川の直轄の銀山として栄えた。昭和48年閉山。

・竹田城跡(兵庫・朝来市)
天空の城。但馬攻略の際、秀長が落とした。『信長公記』には秀長が城代として城の修築を行なったと残されている。

現在の縄張りや石垣はその後の赤松氏のもの。

 

 

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(20)「本物の平蜘蛛」(2026/5/24放送)

260527
『豊臣兄弟!』(20)「本物の平蜘蛛」(2026/5/24放送)メモ

【あらすじ】
信長(小栗 旬)は、上杉攻めから離脱し勝手に帰国した秀吉(池松壮亮)に激怒。蟄居(ちっきょ)のうえ、死罪に処すと申し渡す。羽柴家一同が助命嘆願に奔走する中、松永久秀(竹中直人)が再び裏切ったという知らせが入る。九死に一生を得た秀吉と小一郎(仲野太賀)は久秀との談判に臨み、唯一無二の茶器・平蜘蛛を渡せば謀反は不問にするという信長の意向を伝える。だが破格の条件にもかかわらず、久秀はなぜか応じないと言い張る。(NHK公式サイトより)

羽柴筑前守秀吉、北国の戦い(手取川の戦い)から離脱。信長激怒。
織田軍は上杉軍に大敗。兵の半分を失う。

福島正則、加藤清正ら、家中の者たちが起請文、血判状を出す。

・天正5年(1577年)秋
松永久秀謀反。

織田信忠(のぶただ)(信長の長男・嫡男)が総大将となり、大和・信貴山城を攻めた。

大和・筒井城主・筒井順慶
摂津・有岡城主・荒木村重
山城・勝竜寺城主・細川藤孝

松永久秀は、三好長慶に仕えた。

秀吉は次は播磨攻め。

 


「豊臣兄弟!紀行」(20)

・朝護孫子寺(ちょうごそんじじ)(奈良・平群町)
毘沙門天をまつる境内に信貴山城があった。

江戸時代、錦絵などで松永弾正久秀は悪く誇張され、ダークヒーローのような人物像が作られた。

戦国の梟雄(きょうゆう)(残忍で強い人)と呼ばれたが、現在では見直されつつある。

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(19)「過去からの刺客」(2026/5/17放送)

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『豊臣兄弟!』(19)「過去からの刺客」(2026/5/17放送)メモ

【あらすじ】(NHK公式サイトより)
信長(小栗 旬)は嫡男・信忠(小関裕太)に家督を譲り、安土に天下一統を見据えた巨大な城を造り始める。秀吉(池松壮亮)は柴田勝家(山口馬木也)を総大将とする上杉攻めに加わるが、作戦を巡り勝家と対立してしまう。一方、慶(吉岡里帆)に他国の武将と内通しているという疑いがかかり、小一郎(仲野太賀)は彼女がひそかに足を運んでいるという村へ向かう。そこで小一郎は、慶がひた隠しにしていた悲しい過去を知り――。

織田家
・織田信忠(のぶただ)(信長の長男・嫡男)
・織田信孝(のぶたか)(信長の三男)
・織田信澄(のぶずみ)(信長の甥)

信忠は岩村城の戦いで武田軍に勝つ(1572ー1575)。
信長は信忠に家督を譲る。岐阜城も渡す。
尾張と美濃を任せて、近江の安土城へ移る。

羽柴筑前守秀吉

・天正4年(1576年)1月
信長たちは岐阜城を出て琵琶湖東部の安土山に城を築く。安土城。

秀吉は信長の勧めにより、前田利家とまつの四女豪姫を養女にもらう。

・天正5年(1577年)
織田家 対 上杉謙信。手取川の戦い。
能登国(のとのくに)・七尾城(ななおじょう)から救援を受けて織田は援軍を出す。
柴田勝家を総大将に4万の軍勢。上杉軍は2万。
秀吉と言い合いになり、秀吉軍だけ帰ってしまう。

・慶と小一郎の雪解け
慶には子がいたが、向こうの祖父が渡してくれない。
小一郎は説得し与一朗を取り戻し、3人で住むことになる。

福島正則、加藤清正らと釣りに。


「豊臣兄弟!紀行」(19)

・甲良町(滋賀県甲良町・琵琶湖の東)
藤堂高虎の出生地。

・津城跡(三重県津市)
江戸時代・高虎は藩主となった。城の石垣の改修や、伊勢街道を城下へ移し、伊勢神宮へ向かう参拝者を取り込むなど、町を発展させた。

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(18)「羽柴兄弟!」(2026/5/10放送)

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『豊臣兄弟!』(18)「羽柴兄弟!」(2026/5/10放送)メモ

【あらすじ】
秀吉(池松壮亮)は織田家家老に昇格し、北近江を拝領。領地に長浜城を築いて城持ち大名となり、小一郎(仲野太賀)と共に羽柴姓を名乗る。小一郎は城下の統治を任されるが、人手が足らずてんてこまい。半兵衛(菅田将暉)から、子飼いの家臣を増やすべきだと助言され、有能な家臣を求めて選抜試験を行うことに。多くの志願者が集まる中、石田三成(松本怜生)、藤堂高虎(佳久 創)ら個性的な若者たちが最終試験に残る。(NHK公式サイトより)

・長篠の戦い(天正3年・1575年)
織田・徳川が武田を破る。

・近江・坂本城(琵琶湖の南) 明智光秀
・若狭・丹羽長秀
・北伊勢・滝川一益

・大和・松永久秀は謀反。
代わりに大和・筒井城主・筒井順慶。

・摂津・有岡城主・荒木村重

・長浜城
浅井の領地であった北近江。
羽柴 筑前守 秀吉
織田家家老(最高職の家臣)となる。

浅野長勝(ねねの父)
浅野長吉(浅野長政・豊臣五奉行の一人。ねねの妹ややの夫)

年貢や役(えき)を免除したので人が集まってきた。

長勝亡くなる。

福島正則(市松)
加藤清正(虎之助)

ねねは養子であったと告白。

・市が信長と対面。
茶々(淀君)、初、江

・藤堂高虎、再登場
浅井が滅んだあと、阿閉貞征(あつじさだゆき)、磯野員昌(いそのかずまさ)などに仕えていた。

・「越前一向一揆」の討伐を終え、秀吉が長浜に帰ってくる。

家臣を募る試験
・片桐且元(かたぎりかつもと)(賤ヶ岳の七本槍の一人)
・平野長泰(賤ヶ岳の七本槍の一人)
・石田三成(佐吉)
この3人が藤吉郎(秀吉)の家臣となる。

藤堂高虎は小一郎(秀長)の家臣になる。

宴会
♪いんじゃ!
松根も巌(いわお)に広がりて、揺るぐことなくめでたけれ。

 


「豊臣兄弟!紀行」(18)

・長浜城(滋賀県長浜市)
かつては「今浜」と呼ばれていたが、信長の一字をもらい「長浜」に変えた。

「長浜城歴史博物館」秀吉が治めていたころの様子や、秀長が出した証文などが残る。

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(17)「小谷落城」(2026/5/03放送)

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『豊臣兄弟!』(17)「小谷落城」(2026/5/03放送)メモ

[話]
・武田信玄の元に奉公衆・三淵藤英が来るが、信玄は織田とは盟約を結んでいるので戦う気はないと返す。将軍義昭自ら一緒に甲斐に来ていたので説得する。

・元亀3年(1572年)
三方ヶ原の戦い。
武田信玄は2万5000の兵を率いて、遠江(徳川)への侵略を開始。
徳川は大敗する。

そんな折り、武田信玄が亡くなる。

・元亀4年春(1573年)
織田軍は京へ。

・元亀4年7月(1573年)
山城 槇島城。将軍義昭の軍は、織田軍7万に敗戦。義昭は京を追放される。15代続いた室町幕府が滅亡。

枇杷庄(びわのしょう)(京都)

・浅井朝倉攻め。総仕上げ。
信長は虎御前山(とらごぜやま)に陣を張る。
朝倉は近江・田上山に。
越前国主・朝倉義景。家臣・朝倉景鏡(かげあき)
大獄砦(おおづくとりで)、丁野砦(ようのとりで)が落ちる。

山本山城主・阿閉貞征(あつじさだゆき)は織田に寝返る。
朝倉は引き上げる。

越前・賢松寺
朝倉景鏡が、朝倉義景の首を取り織田に降伏。百年続いた越前・朝倉が滅亡。

近江・小谷城
北近江・浅井家の最後。浅井久政は切腹。浅井長政も自刃した。


「豊臣兄弟!紀行」(17)

・虎御前山(とらごぜやま)(滋賀県長浜市)
浅井長政は市と子供と別れたあと、城内で自刃した。