戦国時代 – ページ 2 – 歴史note

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(20)「本物の平蜘蛛」(2026/5/24放送)

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『豊臣兄弟!』(20)「本物の平蜘蛛」(2026/5/24放送)メモ

【あらすじ】
信長(小栗 旬)は、上杉攻めから離脱し勝手に帰国した秀吉(池松壮亮)に激怒。蟄居(ちっきょ)のうえ、死罪に処すと申し渡す。羽柴家一同が助命嘆願に奔走する中、松永久秀(竹中直人)が再び裏切ったという知らせが入る。九死に一生を得た秀吉と小一郎(仲野太賀)は久秀との談判に臨み、唯一無二の茶器・平蜘蛛を渡せば謀反は不問にするという信長の意向を伝える。だが破格の条件にもかかわらず、久秀はなぜか応じないと言い張る。(NHK公式サイトより)

羽柴筑前守秀吉、北国の戦い(手取川の戦い)から離脱。信長激怒。
織田軍は上杉軍に大敗。兵の半分を失う。

福島正則、加藤清正ら、家中の者たちが起請文、血判状を出す。

・天正5年(1577年)秋
松永久秀謀反。

織田信忠(のぶただ)(信長の長男・嫡男)が総大将となり、大和・信貴山城を攻めた。

大和・筒井城主・筒井順慶
摂津・有岡城主・荒木村重
山城・勝竜寺城主・細川藤孝

松永久秀は、三好長慶に仕えた。

秀吉は次は播磨攻め。

 


「豊臣兄弟!紀行」(20)

・朝護孫子寺(ちょうごそんじじ)(奈良・平群町)
毘沙門天をまつる境内に信貴山城があった。

江戸時代、錦絵などで松永弾正久秀は悪く誇張され、ダークヒーローのような人物像が作られた。

戦国の梟雄(きょうゆう)(残忍で強い人)と呼ばれたが、現在では見直されつつある。

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(19)「過去からの刺客」(2026/5/17放送)

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『豊臣兄弟!』(19)「過去からの刺客」(2026/5/17放送)メモ

【あらすじ】(NHK公式サイトより)
信長(小栗 旬)は嫡男・信忠(小関裕太)に家督を譲り、安土に天下一統を見据えた巨大な城を造り始める。秀吉(池松壮亮)は柴田勝家(山口馬木也)を総大将とする上杉攻めに加わるが、作戦を巡り勝家と対立してしまう。一方、慶(吉岡里帆)に他国の武将と内通しているという疑いがかかり、小一郎(仲野太賀)は彼女がひそかに足を運んでいるという村へ向かう。そこで小一郎は、慶がひた隠しにしていた悲しい過去を知り――。

織田家
・織田信忠(のぶただ)(信長の長男・嫡男)
・織田信孝(のぶたか)(信長の三男)
・織田信澄(のぶずみ)(信長の甥)

信忠は岩村城の戦いで武田軍に勝つ(1572ー1575)。
信長は信忠に家督を譲る。岐阜城も渡す。
尾張と美濃を任せて、近江の安土城へ移る。

羽柴筑前守秀吉

・天正4年(1576年)1月
信長たちは岐阜城を出て琵琶湖東部の安土山に城を築く。安土城。

秀吉は信長の勧めにより、前田利家とまつの四女豪姫を養女にもらう。

・天正5年(1577年)
織田家 対 上杉謙信。手取川の戦い。
能登国(のとのくに)・七尾城(ななおじょう)から救援を受けて織田は援軍を出す。
柴田勝家を総大将に4万の軍勢。上杉軍は2万。
秀吉と言い合いになり、秀吉軍だけ帰ってしまう。

・慶と小一郎の雪解け
慶には子がいたが、向こうの祖父が渡してくれない。
小一郎は説得し与一朗を取り戻し、3人で住むことになる。

福島正則、加藤清正らと釣りに。


「豊臣兄弟!紀行」(19)

・甲良町(滋賀県甲良町・琵琶湖の東)
藤堂高虎の出生地。

・津城跡(三重県津市)
江戸時代・高虎は藩主となった。城の石垣の改修や、伊勢街道を城下へ移し、伊勢神宮へ向かう参拝者を取り込むなど、町を発展させた。

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(18)「羽柴兄弟!」(2026/5/10放送)

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『豊臣兄弟!』(18)「羽柴兄弟!」(2026/5/10放送)メモ

【あらすじ】
秀吉(池松壮亮)は織田家家老に昇格し、北近江を拝領。領地に長浜城を築いて城持ち大名となり、小一郎(仲野太賀)と共に羽柴姓を名乗る。小一郎は城下の統治を任されるが、人手が足らずてんてこまい。半兵衛(菅田将暉)から、子飼いの家臣を増やすべきだと助言され、有能な家臣を求めて選抜試験を行うことに。多くの志願者が集まる中、石田三成(松本怜生)、藤堂高虎(佳久 創)ら個性的な若者たちが最終試験に残る。(NHK公式サイトより)

・長篠の戦い(天正3年・1575年)
織田・徳川が武田を破る。

・近江・坂本城(琵琶湖の南) 明智光秀
・若狭・丹羽長秀
・北伊勢・滝川一益

・大和・松永久秀は謀反。
代わりに大和・筒井城主・筒井順慶。

・摂津・有岡城主・荒木村重

・長浜城
浅井の領地であった北近江。
羽柴 筑前守 秀吉
織田家家老(最高職の家臣)となる。

浅野長勝(ねねの父)
浅野長吉(浅野長政・豊臣五奉行の一人。ねねの妹ややの夫)

年貢や役(えき)を免除したので人が集まってきた。

長勝亡くなる。

福島正則(市松)
加藤清正(虎之助)

ねねは養子であったと告白。

・市が信長と対面。
茶々(淀君)、初、江

・藤堂高虎、再登場
浅井が滅んだあと、阿閉貞征(あつじさだゆき)、磯野員昌(いそのかずまさ)などに仕えていた。

・「越前一向一揆」の討伐を終え、秀吉が長浜に帰ってくる。

家臣を募る試験
・片桐且元(かたぎりかつもと)(賤ヶ岳の七本槍の一人)
・平野長泰(賤ヶ岳の七本槍の一人)
・石田三成(佐吉)
この3人が藤吉郎(秀吉)の家臣となる。

藤堂高虎は小一郎(秀長)の家臣になる。

宴会
♪いんじゃ!
松根も巌(いわお)に広がりて、揺るぐことなくめでたけれ。

 


「豊臣兄弟!紀行」(18)

・長浜城(滋賀県長浜市)
かつては「今浜」と呼ばれていたが、信長の一字をもらい「長浜」に変えた。

「長浜城歴史博物館」秀吉が治めていたころの様子や、秀長が出した証文などが残る。

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(17)「小谷落城」(2026/5/03放送)

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『豊臣兄弟!』(17)「小谷落城」(2026/5/03放送)メモ

[話]
・武田信玄の元に奉公衆・三淵藤英が来るが、信玄は織田とは盟約を結んでいるので戦う気はないと返す。将軍義昭自ら一緒に甲斐に来ていたので説得する。

・元亀3年(1572年)
三方ヶ原の戦い。
武田信玄は2万5000の兵を率いて、遠江(徳川)への侵略を開始。
徳川は大敗する。

そんな折り、武田信玄が亡くなる。

・元亀4年春(1573年)
織田軍は京へ。

・元亀4年7月(1573年)
山城 槇島城。将軍義昭の軍は、織田軍7万に敗戦。義昭は京を追放される。15代続いた室町幕府が滅亡。

枇杷庄(びわのしょう)(京都)

・浅井朝倉攻め。総仕上げ。
信長は虎御前山(とらごぜやま)に陣を張る。
朝倉は近江・田上山に。
越前国主・朝倉義景。家臣・朝倉景鏡(かげあき)
大獄砦(おおづくとりで)、丁野砦(ようのとりで)が落ちる。

山本山城主・阿閉貞征(あつじさだゆき)は織田に寝返る。
朝倉は引き上げる。

越前・賢松寺
朝倉景鏡が、朝倉義景の首を取り織田に降伏。百年続いた越前・朝倉が滅亡。

近江・小谷城
北近江・浅井家の最後。浅井久政は切腹。浅井長政も自刃した。


「豊臣兄弟!紀行」(17)

・虎御前山(とらごぜやま)(滋賀県長浜市)
浅井長政は市と子供と別れたあと、城内で自刃した。

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(16)「覚悟の比叡山」(2026/4/26放送)

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『豊臣兄弟!』(16)「覚悟の比叡山」(2026/4/26放送)メモ

[話]
・浅井家・家臣・宮部継潤を調略する。

藤吉郎の姉夫婦・ともと弥助の子、万丸(よろずまる・後の秀次)を人質(養子)として宮部継潤に差し出す。

比叡山・延暦寺
覚恕(かくじょ)

越前国主・朝倉義景、近江・浅井長政。
近江・宇佐山周辺。
森可成(よしなり)、討ち死に。

浅井・朝倉は比叡山にこもり、織田軍と2ヶ月膠着状態に。
公方様(将軍)が仲立ちして、和睦へとつなげる。
(浅井・朝倉を助けた形になったと、信長は疑う)

・元亀2年(1571年)9月12日
比叡山焼き討ち。

比叡山焼き討ちを明智光秀(十兵衛)と藤吉郎に命じる。

藤吉郎は女子供を逃がしたい。
軍目付(いくさめつけ)が見ているのに、逃がすことができるのか。

藤吉郎は初めて信長の命令に逆らう。

明智光秀は命令に従った。
信長はその恩賞に光秀に近江国、滋賀郡を与えた。
城持ち大名になる。坂本城。


「豊臣兄弟!紀行」(16)

・坂本城跡(滋賀県・大津市)
坂本は比叡山・延暦寺や日吉大社の門前町として栄えた。
町に石垣が残る。

琵琶湖岸に明智光秀が築城した「坂本城」があった。
水際に石垣の跡が残っている。

2024年に三の丸の石垣も新たに発見された。
中国の陶磁器も出土。

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(15)「姉川大合戦」(2026/4/19放送)

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『豊臣兄弟!』(15)「姉川大合戦」(2026/4/19放送)メモ

[話]
・金ヶ崎城の退き口のあと、明智十兵衛尉光秀(あけちじゅうべえのじょう みつひで)が家臣として織田家に加わることになる。十兵衛。

鉄砲の弾、硝石(しょうせき・硝酸カリウム)

・小谷城。
浅井家家臣・宮部継潤。
織田の間者。「お市は浅井側に付いた」と言って命をかけて守る。

・浅井討ちの戦略。
小谷城をいきなり攻めるのではなく、周囲の根城を一つずつ潰していく。
苅安城(かりやすじょう)、長比城(たけくらべじょう)を調略。
そして横山城を攻め落とす。長政が出てくるのを待つ。

・万丸(よろずまる・後の豊臣秀次)。姉ともの子。

・信長は徳川にも援軍を要請。三河・岡崎城。遅参。

・将軍。援軍は出さない。奉公衆・三淵藤英、和田惟政。

・元亀元年(1570年)6月19日
北近江へ。浅井・小谷城の前の虎御前山(とらごぜやま)に陣を構える。
城下を焼き払い、横山城を攻める。

朝倉の援軍は朝倉義景(よしかげ)(御屋形様)ではなく、一門の景健(かげたけ)が来る。

御屋形・・幕府から「屋形号」という名誉ある称号を許された守護大名や、家臣が主君を敬って呼ぶ尊称。足利一門、細川家の他に、朝倉義景、上杉謙信、武田信玄、今川義元、北条、大友、毛利など。

・姉川の戦い
元亀元年(1570年)6月28日
朝倉・浅井1万3000 VS 織田・徳川2万1000

織田軍の勝利


「豊臣兄弟!紀行」(15)

・「姉川」(滋賀県・長浜市)
伊吹山地から琵琶湖へ注ぐ川、姉川。
古戦場跡は血原(ちはら)と呼ばれる。
『姉川合戦図屏風』福井県立博物館

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(14)「絶体絶命!」(2026/4/12放送)

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『豊臣兄弟!』(14)「絶体絶命!」(2026/4/12放送)メモ

[話]
朝倉・浅井が出陣。
・北近江・小谷城
浅井長政
浅井家重臣・遠藤直経

・越前・一乗谷館
越前国主・朝倉義景
朝倉一門衆・朝倉景鏡

越前・金ヶ崎城

・信長の怒りで評議は混乱。
藤吉郎が己の足を刀で突いて騒ぎを静め、殿(しんがり)を申し出る。

前田利家が藤吉郎のために、つわものの家臣を残していく。

浅野長(長政。ややの夫。後の五奉行の一人)が藤吉郎の傷を気遣う。

 

・藤吉郎の一団が、しんがりを見事務めあげる。

・京都で信長が待つ

謡曲(能)
「命ながらへて、常磐(ときわ)の松のいろもよくよく」
めでたい歌詞


「豊臣兄弟!紀行」(14)

・「金ヶ崎城(かねがさきじょう)」(福井県・敦賀市)
朝倉氏の重要な城。信長はこの城を攻略し、越前侵攻の拠点とした。

浅井の離反で撤退。しんがりを秀吉が務める。
撤退戦は「金ヶ崎の退き口(のきぐち)」と呼ばれる。

・「信長の隠れ岩」(滋賀県・高島市)
秀吉に背後を任せ、信長は若狭街道から朽木へ。

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(13)「疑惑の花嫁」(2026/4/05放送)

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『豊臣兄弟!』(13)「疑惑の花嫁」(2026/4/05放送)メモ

[言葉]
・調練(ちょうれん)・・軍事の練習。

[話]
・慶(ちか)が小一郎に嫁いでくるが、心は閉ざしたまま。

・岐阜城。信長の元に明智が来る。公方様が元亀に年号を変える話になったが信長は受け入れず。

永禄13年。信長は将軍義昭に対して「五カ条の要望」を送りつけた。(「大名とのやりとりは全て自分を通すように」など)。義昭は受け入れたが、内心は怒り心頭。
奉公衆
– 三淵藤英(みつぶち・ふじひで)
– 和田惟政(わだ・これまさ)
– 細川藤孝(ほそかわ・ふじたか)

・近江・常楽寺にて
義弟・浅井長政と相撲を取る信長。

公方様の命で信長は若狭へ出陣。石山城の武藤友益(むとうともます)を討つ。武藤は朝倉と通じている。本当の狙いは朝倉討伐。

浅井長政は覚悟していたと。

信長は、浅井は近江を動かず、織田の後方の守りを務めるよう進言。万福丸(浅井の嫡男)を助けると約束する。

・永禄13年4月
総勢3万の幕府軍を率いて若狭へ進軍。徳川軍も一緒。

・松永久秀が織田との結びつきを強めたいので、小一郎に娘をもらってくれというが断られる。

 

小谷城・浅井家の評定

浅井家重臣
・宮部継潤
・遠藤直経

そこに父・浅井久政と、朝倉家一門衆・朝倉景鏡(あさくらかげあき)が入ってきて、浅井長政のどちらにも付ないという意見に反対する。

千載一遇・・絶好の機会

浅井の評定のことの次第を、忍びがお市に知らせる。

・越前(福井)
朝倉討伐開始。次々に城を落とし、金ヶ崎城にも入る。朝倉の本拠地、一乗谷(いちじょうだに)まで1日の距離まで来た。

信長が藤吉郎に万福丸を助け出すように言っているところに、柴田勝家が急いで来る。。浅井長政、謀反の知らせ。。!

 


「豊臣兄弟!紀行」(13)

・(滋賀県・長浜市)
琵琶湖の北部、湖北地方。三代にわたり浅井(あざい)氏が治めた。小谷城(おだにじょう)は、長政の祖父、浅井亮政(すけまさ)が築いた。難攻不落の城。

 


 

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(12)「小谷城の再会」(2026/3/29放送)

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『豊臣兄弟!』(12)「小谷城の再会」(2026/3/29放送)メモ

[言葉]
・評定(ひょうじょう)・・会議

[登場人物]
・万丸(よろづまる)・・秀吉の甥。秀吉の姉ともと、弥助(三好吉房)の長男。後の豊臣秀次。
・小吉(こきち)・・秀吉の甥。姉夫婦の次男。
・寧々の妹ややの婿。浅野長吉・・後の浅野長政・五奉行の一人。
・万福丸(まんぷくまる)・・浅井長政の前妻との子。嫡男。
・慶(ちか)・・安藤守就の娘。

[話]
・信長は将軍義昭のため「二条御所」を70日で造り上げた。
ルイス・フロイス。
藤戸石(ふじといし)。源平の世から天下人が好んだ勝利の石。

・藤吉郎は「京都奉行」に任命された。
信長が寺から宝物(ほうもつ)や室礼(しつらい)を二条御所に持ってきた。

日蓮(法華)宗。題目「南無妙法蓮華経」

・但馬や伊勢での戦もこなす。

・信長が近江・小谷城(おだにじょう)浅井長政、に行く。

浅井家重臣・遠藤直経

 


「豊臣兄弟!紀行」(12)

・「二条御所」(京都府・京都市)
京都御苑(かつての公家屋敷)の西側にあったとされる二条御所。(旧二条城跡)

・「醍醐寺(だいごじ)」(京都市・伏見区)
(真言宗・醍醐派の総本山)。秀吉の「醍醐の花見」で知られる。
二条御所に置かれていた「藤戸石(ふじといし)」が残る。

藤戸石は天下の名石(めいせき)と呼ばれ、足利義満など権力者に引き継がれてきた。当時、細川邸にあったものを、信長が鳴り物入りで京都の町を練り歩き、二条御所に移したとされる。

 


 

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(11)「本圀寺の変」(2026/3/22放送)

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『豊臣兄弟!』(11)「本圀寺(ほんこくじ)の変」メモ

永禄11年(1566年)~永禄12年(1567)

[言葉]
・10間(けん)(18m)の廊下
1間・・1.8m

・天下(てんが)

・矢銭(やせん)・・大名が課した軍用金

[話]
・摂津・芥川城(信長が三好を追い払って攻略した城)に、松永久秀(大和・多聞山城主)が訪ねてくる。松永弾正。

・京都 六条 本圀寺(ほんこくじ)
足利義昭がいる寺
奉公衆(将軍の側近)
– 三淵藤英(みつぶち・ふじひで)
– 和田惟政(わだ・これまさ)
– 細川藤孝(ほそかわ・ふじたか)

・堺はどこの大名にも属さない、商人たちの自治の町。鉄砲もある。信長は松永を通じて堺の鉄砲を手に入れたい。

・会合衆(えごうしゅう/かいごうしゅう)
三代宗匠。茶人、豪商。
– 今井宗久
– 津田宗及
– 千利休

堺は会合衆という有力商人の合議制によって治められていた。

・矢銭(やせん)2万貫(にまんがん)
1貫=10万円として、20億円

・北近江・小谷城
浅井久政

三好三人衆
– 三好長逸(みよし・ながやす)
– 三好宗渭(みよし・そうい)
– 石成友通(いわなり・ともみち)

・永禄12年1月
本圀寺の変
明智光秀が守る。

本圀寺は三好が代々崇めていた寺。
日蓮(法華)宗。南無妙法蓮華経。

 


「豊臣兄弟!紀行」

・堺(大阪府・堺市)
国際貿易都市として栄えた。
西洋の地図に「Sacay(サカイ)」と表記が残る。町の出入りは制限され、海と堀に守られていた。

会合衆には千利休、今井宗久、津田宗及などもいた。茶室は政治の場にもなった。