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日本史【28】江戸時代の社会経済(近世ー6)

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日本史【28】江戸時代の社会経済(近世ー6)

<農具・肥料の改良>
☆農具
・備中鍬(びっちゅうぐわ):深耕用
・こき箸(こきばし)手で→千歯扱(せんばこき):脱穀(別名:後家倒し)
※脱穀:稲から食べられる玄米を取り出す作業
・唐竿(からさお):脱穀。麦、ソバなど。
・唐箕(とうみ):選別具。脱穀したあと、風でもみがらを飛ばす。
・千石簁(せんごくどおし):選別具。米の大小をより分ける。
・踏車(ふみぐるま):水車(竜骨車(りゅうこつしゃ)・前期)

☆肥料の改良
・金肥(きんぴ)(購入肥料)の使用
ex. 干鰯(ほしか)、油粕(あぶらかす)、〆粕(しめかす)
干鰯は九十九里浜(千葉)のいわし漁からたくさん作られた。
(自作の肥料・・(鎌倉)刈敷、草木灰(そうもくかい)、(室町)下肥(しもごえ))

<商品作物の栽培>
☆四木(しぼく)
・漆(うるし)・・漆塗り、漆器
・茶(ちゃ)・・お茶
・楮(こうぞ)・・和紙
・桑(くわ)・・養蚕(ようさん)、まゆを取る→生糸→絹織物

☆三草(さんそう)
・麻(あさ)・・布
・紅花(べにばな)・・染料(赤)。出羽
・藍(あい)・・染料(青)。阿波
出羽の紅花、阿波の藍(でわのべにばな、あわのあい)

☆その他
・木綿(もめん)・・綿の花から綿糸を作る。手工業で綿糸に加工され綿織物に。三河、尾張、河内。
・菜種(なたね)・・油の材料
・たばこ
・い草・・畳の材料

<鉱業>
この4つは江戸幕府の直轄。(100年ほどで枯渇)
[1]佐渡・相川(あいかわ)金山(新潟)
[2]但馬・生野(いくの)銀山(兵庫)
[3]石見(いわみ)・大森銀山(島根)(世界遺産)
[4]足尾銅山(下野/栃木)

→幕府は金・銀・銅を独占し、圧倒的財力で長期的に安定した政権を維持できた。(1837年の大塩平八郎の乱まで大きな反乱は起こらず)

・別子(べっし)銅山(伊予/愛媛)→住友家の所有

・出雲の砂鉄(たたら製鉄)

<手工業の経営形態の変遷>
17C 農村 家内工業・・内職のような形
↓
18C 問屋制 家内工業・・問屋(業者)が材料道具を提供し、都市部で販売する。
↓
19C 工場制 手工業・・工場で分業・協業。17C摂津の酒造で始まる。

<各地の名産品>
・西陣織→足利(下野/栃木)・桐生(上野/群馬):絹織物
・有松絞(ありまつしぼり)(尾張/愛知):綿織物

・輪島塗(能登/石川):漆器
・有田焼(肥前/佐賀):陶磁器
酒井田柿右衛門などが発展させた。ヨーロッパに輸出もされた。
・灘の酒(摂津/兵庫)
・伊丹の酒(摂津/兵庫)
・野田の醤油(下総/千葉)
・銚子の醤油(下総/千葉)
・鳥の子紙(とりのこがみ):(越前/福井)
・美濃紙(みのがみ):(美濃/岐阜)

<五街道と三都>
☆五街道
①東海道(江戸~京都・53宿)『東海道五十三次』歌川広重
②中山道(なかせんどう)(江戸~草津・67宿)
③甲州道中(街道)(江戸~下諏訪で中山道と合流)甲斐を通る
④日光道中(街道)(江戸~宇都宮~日光)
⑤奥州道中(街道)(江戸(宇都宮)~白河(陸奥/福島))

☆三都
・江戸・・100万人。消費都市。人口の半分は武士。参勤交代で江戸に来る。残り半分は町人。「将軍のお膝元」
・大阪・・40万人。商業都市。「天下の台所」
・京都・・朝廷・天皇・公家。手工業都市。

<交通の整備(陸上交通)>
☆脇街道:五街道以外の街道。
☆一里塚:1里(約4km)ごとに設置した標識。木が植えられている。

☆関所:江戸への「入鉄砲に出女」などを取り締まる。通行手形を示して通過。ex. 箱根
江戸に鉄砲が入らないように、また人質の大名の妻子が江戸から出ないように、厳しく取り締まる。関所で昔はお金を取ったが、江戸では人の取り締まり。

☆宿場(宿駅)
・問屋場(とんやば):宿場の事務所
・本陣(ほんじん):大名の宿。立派。
・旅籠(はたご):一般用宿。
・木賃宿(きちんやど):安い宿。

☆飛脚:運輸・通信業者。
町飛脚、継飛脚(つぎびきゃく)など。

<交通の整備(海上交通)>
①東廻り航路(海運)(北)
酒田(出羽/山形)(最上川)~青森~江戸

②西回り航路(海運)(南)
酒田~山口~大坂

河村瑞賢:両航路を整備。

③南海路(なんかいろ):大阪~江戸を往復。
・菱垣廻船(ひがきかいせん):大型(最初はこちらが主流)
↓↓
・樽廻船(たるかいせん):小型(スピードが速い。後に主流になった)

※下り物(くだりもの)(=高品質):上方(大阪)から江戸へ送られる商品。大坂から来るモノは品質が良い。→江戸は消費の町。
「下らない」(=良くないもの)の語源。

<モノの流れ>
(1)蔵物(くらもの)・・蔵屋敷を通るモノや米
(2)納屋物(なやもの)・・蔵屋敷を通らないモノや米
(3)蔵米取(くらまいどり)・・蔵屋敷から武士へ現物支給

(1)蔵物(くらもの)
「蔵屋敷(くらやしき)」
幕府や大名が江戸や大坂に作る大きな倉庫。集めた年貢などをこの「蔵屋敷」に納める。

・蔵屋敷→問屋→小売→一般市民

・蔵屋敷の管理
商人の職業の名前
・「蔵元(くらもと)」:モノの管理
・「掛屋(かけや)」:カネの管理。会計係。

(2)「納屋物(なやもの)」
蔵屋敷を通さず、直接問屋に売られるもの。(蔵屋敷を作れるほどリッチではない大名の場合)

(3)「蔵米取(くらまいどり)」
江戸の武士の旗本や御家人の給料が、米で現物支給される制度。またその武士。蔵屋敷からもらう。
↓↓
「札差(ふださし)」:「米」を「お金」にする換金業務を行なった。高利貸しにもなる。

<市場と問屋>
☆卸売市場(各問屋が集まる町)
大阪
・堂島の米市
・雑喉場(ざこば)の魚市
・天満の青物市
江戸
・日本橋の魚市
・神田の青物市

☆問屋の「株仲間」(専売同業者組合)(室町時代の「座」)
大阪・・二十四組問屋(にじゅうしくみとんや)
江戸・・十組問屋(とくみとんや)

<貨幣制度>
・「三貨(さんか)」・・金貨・銀貨・銭貨(ぜにか)
金→江戸で流通
銀→大阪で流通
銭(ぜに)→銅から作られ全国で流通

☆金(江戸)
・小判1枚=1両(約4万円)
(大判1枚=10両(贈答用・記念コインのようなもの))
・「計数貨幣」・・数えて使う貨幣
・金の単位:両・分(ぶ)・朱(しゅ)
(1両=4分=16朱)4進法
・金貨は後藤家の監督。金座で鋳造。

☆銀(大阪)
・丁銀(ちょうぎん)、豆板銀(まめいたぎん)
・「秤量貨幣(しょうりょうかへい)」・・銀の重さを量る。
・銀の単位:匁(もんめ)3.75g(=五円玉の重さ)
金1両=銀50匁(187.5g)
・大黒家(だいこくけ)。銀座で鋳造。

→後に、銀貨だけど数えられる「南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)」が作られた。

☆銭(全国)
・寛永通宝(1636年~)・・日本製。銅。
(前は、永楽通宝・・中国製(明))
1文(もん)=10円
金1両=銭4000文(4貫文)

<藩札と両替商>
・田舎では物々交換。
・各藩では「藩札(はんさつ)」を発行。福井(越前)藩札が最初。(デパートの「商品券」のようなもの)
・両替商:貨幣の交換や貸付(高利貸し)を行う。(今の「銀行」)

※各時代の高利貸し
鎌倉:借上(かしあげ)
室町:酒屋、土倉、寺院
江戸:札差、両替商

<豪商>
江戸初期の豪商(リッチな商人)
(江戸)
①三井家(みついけ)
三井高利(みついたかとし)の越後屋(呉服店・両替商)(三重・松坂)に始まる。(幕府の公的なお金も扱う)。「現金掛け値なし(=「現金払い」のみ)」で成功。江戸や京都に店。(→三井財閥→三井グループ)

②紀伊国屋 門左衛門(きのくにや・ぶんざえもん)
「明暦の大火」の際、材木で巨利を上げる。

(大阪)
③鴻池家(こうのいけけ):十人両替(とにんりょうがえ)の一つ。大名貸しで成長。(→三和銀行)
④住友家:別子銅山(伊予/愛媛)の経営。

 

日本史【27】江戸時代(近世ー5)

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日本史【27】江戸時代(近世ー5))

<寺請(てらうけ)制度>
寺に戸籍を作らせて、寺を通じて民衆を把握する。
民衆を檀家(だんか)として寺に登録させる。
登録した民衆に「宗門改」(しゅうもんあらため)(宗教調査)をして、「宗旨人別帳」(しゅうしにんべつちょう)に記載。

<徳川家光③>
大名統制
1635年 「武家諸法度 寛永令」(林羅山起草)
(cf. 1615年・2代秀忠・元和令・崇伝の起草)
①「参勤交代」を制度化
②大船(たいせん)(500石積(こくづみ)以上)建造禁止
☆大名の義務
①参勤交代:江戸と国元を原則1年交代で往復。(夏4月中に。今の5月頃)
②証人の制(人質):妻子や家族、重臣を江戸におく。地元で反乱を起こさないように。

<農民統制>家光③~家綱④
1643年 「田畑永代(でんぱたえいたい)売買の禁」
土地の売買禁止←農民の没落防止
↓
1643年~ 田畑勝手作禁止令
商品作物、栽培禁止令
↓
1673年 分地制限令(ぶんちせいげんれい):土地分割制限
狭い土地(10石以下)を分割するのは禁止。
為政者の農民観
「百姓は財の余らぬように、不足なきように」(本佐録)
「百姓共は死なぬ様に、生きぬ様にと・・」(家康・昇平夜話)

<四つの口・窓>
(鎖国後の外交)
長崎・薩摩・対馬・蝦夷(この4ヶ所で外国と関係を持った)

(1)長崎・・出島(オランダ)
・・唐人屋敷(中国)
(2)薩摩・・島津氏(琉球)
(3)対馬・・宗氏(朝鮮)
(4)蝦夷(松前)・・(蠣崎氏→松前氏)ー蝦夷(アイヌ)
蠣崎→松前 慶広
米が取れない。アイヌと交易。

(1)長崎
・出島(オランダ)
オランダ商館長(カピタン/(キャプテン))が「オランダ風説書(ふうせつがき)(海外事情書)」を幕府に提出。

・唐人屋敷(中国)
明→清 建国(1616年)

(2)薩摩・・島津氏(琉球)
慶賀使(日本の将軍の代替わり)、謝恩使(琉球国王の代替わり)が来日

(3)対馬・・宗氏(朝鮮)
(朝鮮)通信使が来日

(4)蝦夷(松前)
1669年 シャクシャインの戦い:アイヌの反乱
(cf. 室町時代・1457年コシャマインの戦い。コが先→シャが後で覚える。)

「商場(あきないば)知行制」:藩主・松前氏が家臣にアイヌとの交易場所を任せ、交易の利益を取らせる。
↓↓
「場所請負制(ばしょうけおいせい)」:藩主から与えられた交易場所を、さらに商人に任せる。

 

日本史【26】江戸時代(近世ー4)

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日本史【26】江戸時代(近世ー4)

<統治機構の全体図>
[将軍]ー(側用人・将軍側近)
_|
(・大老(臨時1人)(太政大臣のようなもの))
・老中(もと年寄)(常時3~5人)(左大臣など)
・寺社奉行★
・京都所司代(朝廷の監視)
・若年寄(わかどしより)(老中補佐)
↑↑ここまで譜代大名から任命
(譜代大名:徳川家に古くから仕えていた大名)

ーーーーーーー
[老中]
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・大目付(おおめつけ)(大名の監視)
・勘定奉行★
ー 郡代(ぐんだい)・・10万石以上の天領の役人
ー 代官(だいかん)・・10万石以下の天領の役人(直接、税金を取る人)(中世の「地頭」「荘官」)
・町奉行(江戸)★
※ただ「町奉行」というと「江戸の町奉行」のことを指す。他は地名が前に付く。「大坂町奉行」など。

(遠国奉行・おんごくぶぎょう)
・町奉行(大阪・京都・駿府)
・奉行(長崎・佐渡・日光・山田(伊勢))
・城代(二条城・伏見城・駿府城)

[若年寄]
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・目付(直参の監視)
↑↑ここまで旗本から任命

★三奉行(さんぶぎょう):寺社奉行、勘定奉行、町奉行(江戸)。3つのうち最高格は「寺社奉行」。将軍直属。

・1635年 要職は月番制(つきばんせい)1ヶ月交代。権力集中を防ぐ。

<幕府の軍事基盤(武士の種類)>
・「大名(1万石以上)」と「直参(将軍直属)(1万石以下)」に分かれる。

☆大名
・大名(約300人ほど)・・「藩」を作る。(300藩)。藩の中は自由、自己責任。税金など。

・大名は以下の3つに分かれる。
[1]親藩(しんぱん)・・徳川一門。家康の親戚。
(御三家:尾張(義直)、紀伊(頼宣)、水戸(頼房))
2代秀忠の弟たち

[2]譜代(ふだい)・・関ヶ原より前からの家臣

[3]外様(とざま)・・関ヶ原以後の家臣

☆直参(直属部下)藩は作れない

・旗本(はたもと):御目見得(おめみえ)以上→将軍への謁見ができる)
土地をもらったり、米をもらう

・御家人(ごけにん):御目見得以下(将軍へ謁見できない)
土地はもらえず、米をもらう

<幕府の財政機構>
全国の土地から米で収入が入る。
・幕領・天領(幕府の直轄地)・・400万石
・旗本知行地(幕府直属の部下)・・ 300万石
・大名領・・2000万石
・他・・50万石(天皇の禁裏御料、寺社の土地)

・幕府分は700万石(全国の4分の1)→収入が多く、大名の反乱を押さえられる。「安定した政権」につながる。
・大名分は2000万石(4分の3)。大名1人平均6万石。

<朱印船貿易>
朱印船貿易(1601~1635年)
日本人が外国に行って貿易する。
朱印状(渡航許可証)を使用
東南アジアでの、中国との出会貿易が中心(秀吉の時代から)

・背景:明の海禁政策
(日本との直接貿易禁止。日本が中国にも行けないし、中国から日本に来ることもできない)

・貿易地:ルソン(フィリピン)、インドシナ半島→アンナン(ベトナム)、カンボジア、シャム(タイ)

・輸入品:生糸(白糸・しらいと)
・輸出品:銀

<貿易家と日本町>
☆朱印船貿易家
・角倉了以(すみのくらりょうい):京都。大堰川(保津川)や高瀬川の治水事業も。
・茶屋四郎次郎:京都。糸割符仲間。
・末吉(すえよし)孫左衛門:大坂平野(ひらの)
・末次平蔵(すえつぐへいぞう):長崎

☆日本町(にほんまち)の形成
・山田長政(ながまさ):アユタヤ(シャムの首都)の日本人町の長。シャムの王に気に入られて、のちリゴールの太守になる。

<徳川家光③>
1623年 秀忠、将軍職を子の徳川家光に譲り、大御所となる。(→1632年死去)

1623年 イギリス、貿易競争に敗れ、自ら撤退。

1624年 イスパニア船、来航禁止。

1627年 紫衣事件(しえじけん)
後水尾(ごみずのお)天皇が幕府の許可なく与えた紫衣勅許を、幕府(秀忠)が無効とした。抗議した沢庵は流罪。(山形へ)
→後水尾天皇は怒って明正天皇(娘)に譲位。(幕府に政治は任せたが、宗教まで口を出されるいわれはない。)女帝は8人。7番目。

1629年 絵踏開始。
踏絵を使って隠れキリシタンを捜す。

1631年 奉書船(ほうしょせん)制度:海外渡航船に老中奉書の所持を義務づける。(朱印状+奉書)

1633年 鎖国令①
奉書船以外の海外渡航の禁止

1635年 鎖国令③
日本人の海外渡航、及び帰国の全面禁止(奉書船もダメ)

1637年 島原の乱
島原(長崎)・天草(熊本)での圧政(税金取り過ぎ)に対し、天草四郎時貞ら4万の農民が原城(はらじょう)跡に立てこもる。
→翌年、老中・松平信綱が鎮圧。

1639年 鎖国令⑤
ポルトガル船の来航禁止

1641年 オランダ商館を長崎の出島に移す
→【鎖国の完成】
ただし江戸時代もオランダとは貿易を続けていた。

 

日本史【25】江戸時代(近世ー3)

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日本史【25】江戸時代(近世ー3)

<江戸幕府の成立前>
「1600年」は16世紀最後の年。1601年から17C。
・1600年 リーフデ号(蘭の船)、豊後臼杵(ぶんごうすき)に漂着
→乗組員が家康に仕え、外交顧問となる。
・ウィリアム=アダムズ(英)(三浦按針・みうらあんじん)(三浦半島に屋敷をもらったため)
・ヤン=ヨーステン(蘭)(耶揚子・やようす)

紅毛人(こうもうじん)・・イギリス・オランダ。キリスト教の布教ではなく貿易優先。
(南蛮人・・イスパニア・ポルトガル。)
→肥前平戸の商館で貿易開始(蘭1609・英1613~)

・1600年 関ヶ原の戦い(美濃/岐阜)
西軍・石田三成✕ VS 〇東軍・徳川家康
秀頼

<徳川家康①>
・1603年 徳川家康 征夷大将軍となる。(後陽成天皇から任命。)
・1604年 「糸割符制度(いとわっぷせいど)」
中国のマカオから、中国産の生糸(白糸)を日本に持ち込み、暴利をあげていたポルトガル人対策。(需要が多く、オークションのように価格が上がっていった。)

消費財の購入に、日本の銀が流出するのは良くない→糸割符仲間に価格を決めて一括購入させる。

糸割符仲間(五箇所商人)5つの町
割符→生糸を買っていいよという札
長崎・堺・京都 + 大坂・江戸

・1605年 将軍職を秀忠に譲り、駿府(静岡市)に引退。大御所(引退した将軍)となる。
→「徳川の世襲(せしゅう)」を世に知らしめたかった。

<徳川秀忠②> 親子2人の政治
・1607年 朝鮮から「通信使」が来日。捕虜を返還。

・1609年 「己酉約条(きゆうやくじょう)」(慶長条約)
「朝鮮」と「対馬の宗氏」の通商条約。(仲直り条約)

・1609年 島津家久、琉球を武力で征服。
→以後、琉球から使節が来日。
「慶賀使(けいがし)」・・徳川将軍の交代ごと。「おめでとうございます」の意。
「謝恩使(しゃおんし)」・・琉球の国王の交代ごと

・1613年 慶長遣欧使節
仙台藩主・伊達政宗が、藩士・支倉常長(はせくらつねなが)をイスパニア(スペイン)へ派遣した。直接貿易を要請→失敗

ーーーーーー
・1612年 天領(幕府の直接支配地)に禁教令→翌年、全国に禁教令。
・1614年 キリシタン大名・高山右近らを国外追放。

(大名統制)
・1615年 大坂夏の陣
豊臣秀頼(秀吉の子)、自刃。豊臣氏滅亡。
元和偃武(げんなえんぶ)の宣言:戦争終結、平和宣言。

・1615年 一国一城令:本城以外の城の破却を命令。

・1615年 「武家諸法度・元和令(げんなれい)」
(「御成敗式目」(1232年・北条泰時)を元にしている。)
(金地院 崇伝(こんちいん すうでん)の起草)
①大名間の同盟・私婚の禁止
②城の無断修築・新築の禁止

☆大名への罰
・改易(かいえき)・・領地取り上げ。取り潰し(一番厳しい)
・転封(てんぽう)・・別の場所へ移転させられる。
・減封(げんぽう)・・領地を削減される。

(朝廷統制)
①1615年 「禁中並公家諸法度」(17条・金地院崇伝の起草)

②朝廷の直轄地:「禁裏御料(きんりごりょう)」→あえて少なくしている。多くすると軍事力につながるため。1万石。(幕府は400万石。)

(寺院統制)
①1601~16年 「寺院法度(じいんはっと)」
各宗派ごとに発布。「諸宗諸本山法度」ともいう。(崇伝)

1616年 家康、没
1619年 福島正則、改易:広島城の無断修築のため。
1622年 元和の大殉教:55名の宣教師、信者が長崎で殉教。

 

コミック『だんドーン』1巻

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コミック『だんドーン』1巻

・近代警察の父
薩摩藩 川路正之進(しょうのしん)(利良・としよし)

・薩摩藩主 島津斉彬(なりあきら)

江戸には各藩の藩邸(東京出張所)があった。

薩摩の武士制度
藩主、城下士(じょうかし)、郷士

・西郷吉之助(西郷隆盛)

・水戸前藩主 徳川斉昭(なりあき)

・公家 近衛忠煕(このえただひろ)

・福井藩主 松平春嶽(まつだいらしゅんがく)

・彦根藩 井伊直弼(いいなおすけ)
彦根藩は薩摩の政敵。
彦根藩の菩提寺、豪徳寺。

・外交 岩瀬忠震(いわせただなり)

・学者で商才あり 梅田雲浜(うめだうんびん)

・薩摩の忍び、山くぐり衆
伊牟田尚平(いむたしょうへい)

一橋派・一橋慶喜(19歳)水戸、薩摩、福井
(改革派)
   VS
南紀派・徳川慶福(よしとみ)家茂(10歳)彦根、幕府(保守派)

薩摩から篤姫(天璋院)を13代家定に嫁がせて、一橋派を推してもらう(予定だったが徳川家を守ることになる)

井伊の忍び、多賀者

・薩摩 集成館
反射炉、紡績場

郷中(ごじゅう)教育