260609
日本史【13】院政(中世2)
<院政>
・上皇・・院。譲位した天皇。太上天皇(だじょうてんのう)、治天の君(実質の政権の担い手)。
・法皇・・出家した上皇。
<統治機構>
・院庁(いんのちょう)・・院の役所。
・院司(いんし)・・院の近臣、側近。
・院宣(いんぜん)・・院の命令(直接)。
・院庁下文(いんのちょうくだしぶみ)・・院庁から出る命令。
(これまで天皇は詔(みことのり)、宣旨(せんじ)、)
<軍事力>
・北面の武士(白河上皇)
・西面の武士(後鳥羽上皇)
<財政基盤>
(私有地から)
①荘園からの年貢。
上皇に寄進された荘園
・八条(女)院領(はちじょうにょいんりょう)・・鳥羽が寄進され、娘に伝えた荘園群
・長講堂領(ちょうこうどうりょう)・・後白河が寄進された荘園群
(公領から)
②知行国(院分国)からの年貢。
朝廷(天皇)が上皇に支配権を渡した国。(国司に任命)
知行国主=上皇
・平安の3人の上皇。白河、鳥羽、後白河
(1)<白河院政>
白河上皇
平氏:平正盛
《1086年》白河上皇、堀河天皇(8歳)に譲位。
→院政の開始(43年間)
・「北面の武士」の設置。院の警備をする武士。
・仏教崇拝
法勝寺(ほっしょうじ)建立。高野詣(こうやもうで)。熊野詣(くまのもうで)。
・僧兵の強訴(そうへいのごうそ)
僧が税金などの要求を強く迫る。
(南都北嶺)
・北嶺(ほくれい)・・比叡山・延暦寺の僧兵:日吉(ひよし/ひえ)神社の神輿(しんよ/みこし)をかつぐ。
・南都(なんと)・・興福寺(平城京)の僧兵:春日大社の神木をかつぐ。
・天下三不如意(てんか・さんふにょい)
(白河上皇が思い通りにならないもの)
①賀茂川の水、②双六の賽、③山法師(延暦寺の僧兵)
《1108年》平正盛(平清盛の祖父)(北面の武士)
源義親の乱を出雲で鎮圧。海賊を討伐。
(2)<鳥羽院政>
鳥羽上皇
平氏:平忠盛
《1129年》白河上皇没後、鳥羽上皇が院政開始。(27年間)
《1132年》平忠盛(清盛の父)、瀬戸内海の海賊を討伐し、昇殿を許される。
鳥羽没後・・
《1156年》保元(ほうげん)の乱
| 〇 | ✕ | |||
| 〇後白河天皇 | 弟 | 兄 | ✕崇徳上皇 | |
| 〇藤原忠通(76) | 兄 | VS | 弟 | ✕藤原頼長 |
| 〇平清盛 | おい | おじ | ✕平忠正 | |
| 〇源義朝(頼朝の父) | 兄 | 父 | ✕源為義 | |
| 弟 | ✕源為朝 |
(3)<後白河院政>
後白河上皇
平氏:平清盛
後白河院政開始後、近臣が対立
《1159年》平治の乱
| 〇 平氏 | ✕ 源氏 | |||
| 〇平清盛(父) | VS | ✕源義朝(父) | ||
| 〇平重盛(子) | ✕源頼朝(子) | →伊豆(静岡)へ配流 | ||
| 〇藤原通憲 | (信西) | ✕藤原信頼 | ||
後白河上皇が院政を開始するが、平清盛に実権を奪われる。
→平氏政権へ・・
<平氏政権>
後白河院
平氏:平清盛
保元・平治の乱のあと、平清盛が実権を掌握。
平氏政権(六波羅政権)
・外戚政策(貴族的)
・経済基盤・・知行国(公領・30国以上)と、荘園(私有地・500ヶ所)
・日宋貿易
輸入:宋銭→貨幣が流通するようになる
輸出:金
・港 大輪田泊(おおわだのとまり)(摂津・神戸)
《1167》平清盛 太政大臣になる
→貴族の役職に武士の清盛がなった。
(他には足利義満、豊臣秀吉ぐらい。)
※清盛は貴族と武士の両方の性格を併せ持つ。
《1177》鹿ヶ谷(ししがたに)の陰謀(京都・東山)
平氏打倒クーデター計画
by 俊寛(しゅんかん)、藤原成親、西光
《1179》後白河法皇を幽閉→院政停止
<治承・寿永(じしょう・じゅえい)の乱>・・源平の争乱
《1180》安徳天皇即位。高倉天皇と清盛の娘・徳子の子。
→清盛は外祖父に。
平清盛
_|
徳子=高倉天皇
__|
_安徳天皇
・以仁王(もちひとおう)(後白河の第三皇子)の、令旨(りょうじ)
→平氏追討・挙兵(失敗)
・福原に遷都。大輪田泊のそば。(5ヶ月で戻る。平安京の千年の歴史で、都が移ったのはこのときだけ。794~1868)
・源義仲が挙兵。信野・木曽
・富士川の戦い:源頼朝。駿河で平維盛に勝利→鎌倉に戻り、幕府を開く準備をする。
・南都焼き討ち
→興福寺や東大寺・大仏殿など、南都の寺社(反・平家)を、平重衡(清盛の五男)が焼き討ち。
《1181》平清盛、没
→後白河院、院政再開。
《1183》寿永二年十月宣旨
京都を荒らす木曽義仲や、西日本にいる平氏を討つよう、頼朝に依頼→東海道、東山道の支配権を与える。
《1184》一ノ谷の戦い(摂津/兵庫)
頼朝の弟ら、範頼(のりより)・義経が平氏を破る。
《1185》屋島の戦い(讃岐/香川)
《1185》壇ノ浦の戦い(長門/山口)
平氏滅亡。安徳天皇、入水。
《1189》奥州合戦:源頼朝が、義経をかくまったとして藤原泰衡を滅ぼす。
《1190》右近衛(うこのえ)大将・任命:頼朝は辞退。
《1192》征夷大将軍・任命:法王死後。
鎌倉幕府完成。