日本史【44】日露戦争後の政治(近代ー13) – 歴史note

日本史【44】日露戦争後の政治(近代ー13)

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日本史【44】日露戦争後の政治(近代ー13)

<西園寺公望内閣①(1906年)>(12)
ポーツマス条約で得たところが次につながっていく。
(①韓国の指導権②旅順・東清鉄道)
・1905年 「韓国統監府(とうかんふ)」設置(@漢城)(現ソウル)
初代統監:伊藤博文

・1906年 「日本社会党」結成。
最初の合法的社会主義政党。
堺利彦・片山潜らによる。
(※1901年 最初の社会主義政党「社会民主党」はすぐ解散させられた。)

・1906年 「鉄道国有法」制定
民営鉄道17社を国有化。

・1906年 「関東都督府(かんとう・ととくふ)」設置。
(関東州の統治機関)
@旅順(遼東半島)。中国のこの辺りの地域を関東と呼ぶ。

・1906年 「南満州鉄道 株式会社(満鉄)」設立。
旅順・長春間。ポーツマス条約で手に入れた鉄道利権。
半官半民。

<西園寺公望内閣①(1907年)>(12)
・1907年 「第一次日露協約」
支配権を相互承認
(日露戦争後、ロシアとの関係は良好)

・1907年 「ハーグ密使事件」
韓国が、日本の内政干渉をオランダのハーグ万国平和会議に提訴。
↓↓
・1907年 「第三次日韓協約」
韓国の「内政権」も吸収。
(第二次で外交権)
皇帝を退位させ、韓国の軍隊も解散させる。
→「義兵運動」激化。

<桂太郎内閣②>(13)
・1909年 伊藤博文暗殺事件
ハルビン(ハルピン)(満州)で安重根(あんじゅうこん)に暗殺。

・1909年 ノックスの中立案
米・国務長官ノックスが満鉄中立化(みんなのものにしよう)を提案→日露拒否

・1910年 「大逆(たいぎゃく)事件」
明治天皇暗殺計画を名目に、社会主義者らが大逆罪に問われる。幸徳秋水・菅野(かんの)スガら12名が死刑。
(→1911年 警視庁内(東京)に「特別高等課(特高)」設置。以後、社会主義は冬の時代へ。10年ほど活動できず。)

伊藤暗殺後
↓↓
・1910年 「韓国併合条約」
韓国併合(「韓国」を「朝鮮」と改称)
(国が否定され、日本の一部となる)
→「朝鮮総督府」設置
初代統監:寺内正毅(まさたけ)(→後に18代総理になる。1916)
(※朝鮮:1392年・李成桂が建国。1897年に「韓国」に名前が変わり、1910年にまた「朝鮮」に戻る)

<韓国統監府1905伊藤→朝鮮総督府1910寺内、台湾総督府1895樺山資紀、関東都督府1906>

・1911年 「日米通商航海条約」改正
→税権回復(外相:小村寿太郎)
(明治の最後の年、明治44年に、ようやく回復できた。始まりは日米修好通商条約(1858))

・1911年 「工場法」制定(→戦後の「労働基準法」につながる)
→初の労働者保護立法。施行は1916年。
15人未満の工場には適用せず。

<西園寺公望内閣②>(14)
・1911年 辛亥革命
→1912年 (清→)「中華民国」成立
(臨時大総統:孫文)
(明治まで清。大正から中華民国。)

・1912年7月 明治天皇没
→大正改元

(大正時代は、1926年12月まで。)