260801
日本史【45】大正時代(近代ー14)
<西園寺公望内閣②>(14代)
・1912年 大正改元
・1912年 陸軍の二個師団増設要求
→西園寺内閣②は、財政難を理由に拒否
→上原勇作陸相、辞任(陸軍のストライキ。大臣を出さない。=軍務大臣現役武官制を使う。)
→西園寺内閣・総辞職
(軍が内閣をつぶしてしまった)
<桂太郎内閣③>(15代)
・1912年 内大臣だった桂太郎が、宮中と府中の別を破って組閣したため批判が集中。「天皇を利用しているだけだ」。
☆1912年 第一次護憲運動
・尾崎行雄:(立憲)政友会
・犬養毅:立憲国民党
「憲政擁護」、「閥族打破」
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桂太郎は、新党結成で対抗。
・国民党の一部を吸収して「立憲同志会」を設立(桂の死後)
民衆のデモ。国会の周りを民衆が取り巻いた。
→内閣総辞職(大正政変)
(民主主義的風潮が強くなってきた証)
<山本権兵衛①>(16代)
・1913年 薩摩・海軍の山本権兵衛が組閣。
(与党:立憲政友会)
・1913年 軍部大臣 現役武官制 改正
現役規定を予備役・後備役(OBなど)にまで拡大
・1914年 ジーメンス(シーメンス)事件
海軍賄賂事件。独の会社。
→総辞職
<大隈重信②(第一次世界大戦)>(17代)
・1914年 第一次世界大戦(~1918年)
三国同盟
ドイツ・イタリア・オーストリア
VS
三国協商
イギリス・フランス・ロシア
サラエボ事件がきっかけ
(オーストリア皇太子が暗殺された事件)
・日本は日英同盟のよしみで参戦
・「中国・太平洋のドイツ領」を攻撃
・青島(山東半島)、南洋諸島の一部を占領
<大隈重信②(二十一カ条の要求)>
・1915年 (対華)二十一カ条の要求
外相:加藤高明(立憲同志会・内閣の中心)
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中華民国・大総統:袁世凱
5月9日 一部を除いて受諾
→この日を中国は「国恥(こくち)記念日」とする。
(内容)
①山東省の旧ドイツ権益の継承
②漢冶萍公司(かんやひょう・こんす)(製鉄会社)の共同経営
※公司(コンス)は中国語で「会社」
<寺内正毅内閣(大戦景気)>(18代)
・1915年~18年 大戦景気
①輸出急増(生糸・綿織物)
②世界第3位の海運国へ→船成金などの登場
③満鉄による鞍山(アンシャン)製鉄所設立(1918年)
→工業国へ
・1917年 西原借款(しゃっかん)
借款:国が国にお金を貸すこと。
日本政府・西原亀三(かめぞう)→段祺瑞(だんきずい)政権へ。中国への経済援助。(袁世凱の次の権力闘争)中国での権益拡大を意図。
→失敗(お金を貸したが段祺瑞が失脚)
・1917年 金輸出禁止(金本位制を停止)
<寺内正毅内閣(ロシア革命)>(18代)
・1917年 ロシア革命
ロマノフ王朝が倒れる。
レーニンの主導で、最初の「社会主義政権」成立。
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①1917年 石井・ランシング協定
日・米間。中国における日本の権益を承認。
(明治の終わりには仲が悪かった日米が、仲直り)
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②1918年 シベリア出兵
チェコスロバキア軍救出を名目に、英・米・仏と共に出兵。
(戦争中は物価が上がる。)
→米の買い占め、売り惜しみ→米価急騰
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・1918年 米騒動
富山の漁民主婦の蜂起(越中女一揆)から全国へ
内閣は軍を出して鎮圧。
寺内内閣・総辞職