日本史【37】政党の結成(近代ー6) – 歴史note

日本史【37】政党の結成(近代ー6)

260724
日本史【37】政党の結成(近代ー6)
(1881~1885年)

<政党の結成>(国会を作る)
☆政府を批判する政党
・1881年 「自由党」
党首:板垣退助
機関誌:自由新聞
フランス流・自由主義的・急進(過激)
「自由民権運動」の人たち
支持層:士族、豪農、商工業者

・1882年 「立憲改進党」
党首:大隈重信
機関誌:郵便報知新聞
イギリス流・穏健
支持層:都市の実業家・知識層

☆政府の味方の政党
・1882年 「立憲帝政党」
党首:福地源一郎
機関誌:東京日日新聞
保守的・政府系

★私擬憲法
政党など民間で作られた憲法の私案
・東洋大日本国国憲按:植木枝盛(うえき・えもり)(自由党系)(国民の自由を強く認めよう)
・私擬憲法案:交詢社(こうじゅんしゃ)(福沢諭吉系)

<憲法制定の準備>
政府の中心:伊藤博文
82~84年準備。85年内閣制度ができる。→89憲法→90国会

<1882年→伊藤が渡欧。自由党が激化。朝鮮で政変>

・1882年 伊藤博文、渡欧
グナイスト(ベルリン大学)
シュタイン(ウィーン大学)
に師事。プロイセン憲法(ドイツ憲法)を学ぶ。
「国家主義」国民一人一人より国を優先。国権論。

・1884年 「華族令」
貴族院創設に備え、5爵の爵位を創設。華族の数を増やす。
(華族:江戸時代の大名。身分の高い貴族)
例:公、侯、伯、子、男

<自由党の激化事件>
(政府:伊藤博文)
自由党が警察と衝突して過激になっていく。

・1882年 「福島事件」(福島県)
福島県令・三島通庸(みしまみちつね)の圧政(税金取り過ぎ&労役)に、農民や自由党員が抵抗。自由党幹部・河野広中(こうのひろなか)ら逮捕。

・1884年 「加波山(かばさん)事件」(茨城県)
栃木県令・三島通庸の暗殺計画→失敗
→「自由党」解党へ
(「政党」とは国会議員のグループ。「国会」とは法律を作るところ。党員が違法なことをしてはいけない。)

・1884年 「秩父事件」(埼玉県)
借金党・困民党(こんみんとう)など数千人から数万の貧農が蜂起。警官と自由党がぶつかる。

・1885年 「大阪事件」(大阪)
朝鮮で政権打倒計画(朝鮮政府を乗っ取って、日本政府(伊藤)に圧力をかけようとした)→渡航直前に大阪で逮捕。
大井憲太郎・景山英子・磯山清兵衛ら。

<朝鮮問題>
政府:伊藤博文
日本と中国(清)が朝鮮を取り合う。
(壬午軍乱82・甲申事変84→天津条約85)

・1882年 「壬午軍乱(じんごぐんらん)(事変)」
実権:閔妃(王の后)(親日)
↑↑
大院君(王の父)(親清)がクーデター
日本公使館・襲撃
(クーデター:非合法に武力などで政権を奪取すること)
(日本が援助してクーデターを阻止)

・1882年 「済物浦(さいもっぽ)条約」(日朝間)
日本は朝鮮に賠償金を払わせた。

・1884年 「甲申事変」
閔妃:事大党(親清)
↑↑
金玉均(きんぎょくきん)・朴泳孝(ぼくえいこう)(独立党)(親日)がクーデター。失敗。

・1885年 「天津条約」(日清間)
全権 日本:伊藤博文 清:李鴻章
・日清両国は朝鮮から撤兵
・以後、出兵時には相互に事前通達する

★脱亜論
・1885年 福沢諭吉が主張。
「脱亜入欧(だつあにゅうおう)」を唱える。