260717
日本史【32】開国(近代ー1)
<徳川家慶⑫>
(水野忠邦→)老中・阿部正弘(あべまさひろ)
☆各国の開国要求
・1844年 オランダ国王の開国勧告(蘭)(「オランダとは貿易してるけど、他国とも開国した方がいいよ」)→幕府拒否。
・1846年 ビッドル来航(米)
浦賀に来航し、強硬に開国要求→幕府拒否。「大統領の国書を持ってこい」という。
・1853年 ペリー来航(米)
アメリカ大統領フィルモアの国書を持参し、浦賀に来航。
(浦賀:相模(神奈川県・横須賀市)。モリソン号(米)事件も浦賀。)一回帰る。
・1853年 プチャーチン来航(露)
長崎に来航し、開国要求。
<徳川家定⑬>
1854年 ペリー、再び浦賀に来航。
1854年 「日米和親条約」(神奈川条約)
老中・阿部正弘
(天皇からは一応OKが出ていたが、「すぐに鎖国に戻す」という約束だった。)
①下田(伊豆)、箱館(松前)の開港
②薪水、食料の給与
③アメリカに(一方的・片務的(へんむてき))最恵国待遇を与える。(米に与えた条件より他国との条件がいい場合、米にも同じ条件を認める。)
④領事(大使)の下田在住。
↓↓(他国とも結ぶ)
ア・オ・イ・ロ
(アメリカ、オランダ、イギリス、ロシア)
1854年 「日露和親条約」
①下田、箱館、長崎の開港
②国境規定
☆千島列島
・得撫(うるっぷ)島以北→ロシア領
・択捉(えとろふ)島以南→日本領
☆樺太
ロシア・日本、両国雑居地
<老中首座・堀田正睦(ほったまさよし)>
(cf.堀田正俊は綱吉⑤)
1856年 アロー号事件(英)
英船アロー号が清に臨検(検査)されたことに、英が抗議
→アロー戦争(第2次アヘン戦争)
1856年 下田に総領事としてハリス着任。
→「通商条約」の締結を強く求める。
老中首座・堀田正睦が京都に行くが、条約勅許を得られず。
<徳川家定⑬>
<大老・井伊直弼>
1858年 井伊直弼、大老就任
→無勅許(天皇の許可なし)のまま、条約調印。
1858年 「日米修好通商条約」
①神奈川、長崎、新潟、兵庫の開港
②江戸、大坂の開市
③「領事裁判権(治外法権)の承認」
④「関税自主権の欠如」(協定関税制)
(→この2つはその後、50年ほど戻らない)
関税:貿易に対してかけられる税金
★将軍継嗣問題(家定⑬のあと)(1857年)
〇 南紀派(なんぎは):徳川慶富(よしとみ)(紀伊藩・若年)→家茂⑭
井伊直弼ら譜代大名(大老・老中・寺社奉行・京都所司代・若年寄)
VS
✕ 一橋派(ひとつばしは):一橋慶喜(よしのぶ)・・水戸斉昭の子。水戸藩から一橋家に養子に出ていた。(頭のいい切れ者)
外様大名ら、島津斉彬、山内豊信(とよしげ)、松平慶永(まつだいら・よしなが)