日本史【22】戦国時代・都市(中世ー11) – 歴史note

日本史【22】戦国時代・都市(中世ー11)

260702
日本史【22】戦国時代・都市(中世ー11)

<都市(港町)>
・港町
①十三湊(とさみなと)(陸奥)
対蝦夷(えぞ)貿易の拠点
②兵庫(摂津)
もと大輪田泊
③草戸千軒町(くさどせんげんちょう)(備後/広島)
1673年 洪水で水没

・自由都市
④堺(和泉)
36人の会合衆によって運営
⑤博多(筑前)
12人の年行司によって運営

<都市(城下町)>
・城下町
①小田原:北条氏
②府中:今川氏
③一乗谷:朝倉氏
④山口:大内氏→陶氏→毛利氏
⑤豊後府内(豊後):大友氏
⑥鹿児島(薩摩):島津氏

・寺内町(じないまち/ちょう)
寺を中核に発展。一向宗が多い。お寺の中に町があり一体化。
①吉崎(越前)・・蓮如
②石山(摂津)
③富田林(河内)
④山科(山城)

・門前町(もんぜんまち/ちょう)
寺や神社の門前に発展。
①長野(信濃・善光寺)
②坂本(近江・延暦寺)・・正長の土一揆、坂本の馬借。
③宇治・山田(伊勢神宮/三重)
(※京都の宇治ではない)

<戦国大名の諸政策>
①寄親・寄子(よりおや・よりこ)の制
国人や地侍を家臣とし、武将を親、家臣を子とする擬制的親子関係。

②指出検地(さしだしけんち)
土地を調査して提出させる(自己申告制)。

③貫高制 (かんだかせい)
土地からの「年貢収入」を銭(単位:1貫=3.75kg)で表す。軍役も課す。貫は重さの単位で、銭の単位にもなっていく。
(⇒後に秀吉の「太閤検地」と「石高(こくだか)制」に変わっていく。)

④分国法
領国(分国・ぶんこく)支配のために制定。家法(かほう)、壁書(かべがき)ともいう。

⑤下剋上
下の者が上の者に実力で打ち勝ち、地位を奪う。

<戦国大名>
☆東北
・陸奥・・伊達稙宗(だてたねむね)
『塵芥集(じんかいしゅう)』

☆関東
・伊豆/相模・・北条早雲(後北条氏・ごほうじょうし)
幕府の役人だった早雲は、伊豆で堀越公方(足利政知・6代義教の子)を滅ぼし、伊豆・相模を平定。
(城下町:小田原)
『早雲寺殿 二十一箇条(そううんじどの にじゅういっかじょう)』

☆中部
・越後・・上杉謙信
長尾景虎が関東管領・山内上杉氏を継ぐ

・甲斐/信濃・・武田信玄
『甲州法度之次第(こうしゅうはっとのしだい)』(信玄家法)
信玄堤(水害対策)

・駿河/遠江・・今川義元
『今川仮名目録(いまがわ かなもくろく)』
(城下町:府中)

・越前・・朝倉孝景『朝倉敏景 十七箇条』
(城下町:一乗谷)

・尾張・・織田信秀(信長の父)

☆近畿
・近江・・浅井(あざい)長政

☆中国
・周防・・大内義隆(よしたか)→「寧波の乱」(1523年)で細川氏に勝ち、日明貿易で栄えた大内氏。「応永の乱」(1399年)で義満に討たれたのは大内義弘(よしひろ)。
(城下町:山口)
1551年 陶晴賢(すえはるたか)が大内氏を滅ぼす。
1555年 毛利元就が陶氏を滅ぼす。 中国統一。
→後に長州藩(長門)となっても幕末まで毛利氏は出てくる。

☆四国
・讃岐・・三好長慶
1549年 将軍、管領を追放し、京都を制圧。
1563年 松永久秀に実権を奪われる。

・土佐・・長宗我部元親
『長宗我部元親 百箇条』

☆九州
・豊後(大分)・・大友義鎮(よししげ)宗麟。
ザビエルが来る。キリシタン大名。
(城下町:府内)

・薩摩・・島津貴久(たかひさ)
(城下町:鹿児島)
ザビエルが来る。