日本史【38】明治初期の経済(近代ー7) – 歴史note

日本史【38】明治初期の経済(近代ー7)

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日本史【38】明治初期の経済(近代ー7)

・1870年代 殖産興業政策
・1880年代 松方財政(不況に)
・1890年代 産業革命で花開く

・殖産興業(産業をさかんにしていく)の役所が2つ。
①「工部省」と②「内務省」

<殖産興業政策(①工部省)こうぶしょう>
・1870年(明治3年) 工部省
初代工部卿:伊藤博文
鉱工業・鉄道・通信など

★官営軍事工場
長崎造船所・横須賀造船所

(通信)
・1871年(明治4年) 郵便制度:前島密(1円切手)が整備

(陸運)
・1872年(明治5年) 鉄道開通:新橋ー横浜間
(鉄道を見たら目がつぶれる!土地は売らない!→人気に)
陸蒸気(おかじょうき)
モレル(英)が指導。

・1881年 日本鉄道会社:最初の私鉄(華族が出資)
国鉄より私鉄の方が多くなっていく。

(海運)
・岩崎弥太郎:土佐出身の政商。
政府の保護を受け、発展。
三菱汽船→日本郵船会社
(三井は江戸から。三菱は明治から。)

<殖産興業政策(②内務省)ないむしょう>
・1873年(明治6年) 内務省
初代内務卿:大久保利通
警察・軽工業・農業など

★官営模範工場
・1872年(明治5年) 富岡製糸場(群馬県)(生糸を作る→絹織物)フランス式(ブリューナ)。
武士の士族の娘など。女性工員。
→後に三井に払い下げ。
・1877年 新町紡績所(群馬県)(綿糸を作る→綿織物)
・1877年 「第1回 内国勧業博覧会」開催(東京)
・1881年 「農商務省」設置(産業関係はこちらに移る)

<松方財政>
松方デフレ・・デフレ(物価を下げる)にしていく
大蔵卿→大蔵大臣(1885~内閣ができるので)
松方正義(薩摩)(資本主義の基礎)

【西南戦争などによる政府の不換紙幣の大量発行→インフレ】
(不換紙幣・・金や銀と交換できない。貨幣価値が低い。)

①紙幣整理(←増税(酒税など)&歳出削減)
世の中に出回るお金の「数」を減らす。→インフレが収まってくる

②1882年(明治5年) 「日本銀行」設立(国立)
「銀本位制」採用:渋沢栄一らによる。
→1885年 中央銀行である日本銀行が「銀兌換銀行券」を発行。日本銀行券。
(今までは民間の銀行がお金を発行していた。民間だが「国立銀行券」という。今度は日銀が発行したもののみを広めて、民間の価値の低い紙幣は回収する。)
→お金の「質」を上げる→インフレ収まる。

③官営事業の払い下げ推進
・1880年 工場払い下げ概則
→厳しすぎたため、1884年に廃止して払い下げが進む。
例:1887年長崎造船所(→三菱へ)

<松方財政(松方デフレ)の影響>
「デフレ政策」の影響。(物価安・貨幣高・不況)
①自作(土地持ち農民)↓
→米価の下落により、地租を払えず、小作農(土地を借りる)に没落。(物価が下がっても地租の価格は変わらない。)
(→その後、工場などで雇用される労働者になっていく。)

②地主↑
→土地集中が進み、「寄生地主制」が進行。(高率の現物小作料を取る)
(→その後、資本家となり会社・工場を作っていく。)

→貧富の差は拡大するが、「資本主義の基盤」が形成される。

(デフレ政策3回。松方デフレ・井上デフレ・ドッジデフレ)