日本史【39】内閣と憲法(近代ー8) – 歴史note

日本史【39】内閣と憲法(近代ー8)

260725
日本史【39】内閣と憲法(近代ー8)

<伊藤博文内閣①(内閣制度創設)>(初代)
(伊藤は①~④回、総理をやっている)

・1885年(明治18年) 「内閣制度」創設(←明治元年に政体書で作った「太政官制」を廃止)
★初代大臣
・初代総理大臣:伊藤博文
・初代外務大臣:井上馨
・初代内務大臣:山県有朋
・初代大蔵大臣:松方正義

・初代文部大臣(教育):森有礼(ありのり)
・初代陸軍大臣:大山巌(いわお)
・初代海軍大臣:西郷従道(つぐみち)
・初代農商務大臣:谷干城(たにたてき)

内務「卿」→内務「大臣」へ。

★「内大臣」(ないだいじん)
(※内閣とは別物)
天皇補佐。輔弼(ほひつ)。
初代:三条実美(さねとみ)

☆「憲法」の起草
(総理)
・伊藤博文

(官僚)
・伊東巳代治(いとうみよじ)
・金子堅太郎
・井上毅(いのうえこわし)

(顧問)
・ロエスレル(独)
・モッセ(独)

・1888年 市政・町村制:地方自治制度の整備。(市町村の選挙)
モッセが助言

<伊藤博文①(外交)>
(条約改正)
・外務大臣・井上馨は「欧米主義政策」を推進
(日比谷の鹿鳴館での外交に象徴される)

・外国人判事(裁判官)の任用を認めようとする。

・1886年 「ノルマントン号事件」(英)
英船が紀州沖で沈没。英人だけ全員助かる。
→領事裁判の結果、英領事は船長に無罪の判決。
→政府内からも批判
→井上馨、辞任(1887年)

<伊藤博文①(民衆運動)>
「自由民権運動」の復活

・1886年 「大同団結運動」
「旧・自由党」と「立憲改進党」が団結。
大同小異(細かいことは違うが大まかなところは同じ。)
↓↓
・1887年 「三大事件 建白運動」
①「地租軽減」(2.5%)、②「言論の自由」、③「外交失策」(条約改正交渉を批判)の撤回を求め、建白書を提出。
↑↑ ✕弾圧
・1887年[政] 「保安条例」でつぶす
弾圧立法。
民権派を皇居外3里の地に、3年間追放。
例:尾崎行雄、中江兆民、片岡健吉、星亨(ほしとおる)など500名以上。
(1)「愛国社」✕←「讒謗律・新聞紙条例」
(2)「国会期成同盟」✕←「集会条例」
(3)「三大事件建白運動」✕←「保安条例」

★憲法
<黒田清隆内閣(枢密院)>(2)
黒田清隆
・1888年 「枢密院」(天皇の最高諮問機関)を設置。
→天皇臨席のもと、極秘に憲法審議。
(天皇と憲法の仕上げにかかった。)
初代・枢密院議長:伊藤博文

・1889年2月11日(紀元節)
①「大日本帝国憲法(明治憲法)」発布
A.欽定憲法:君主が制定した憲法
(cf. 民定憲法)
B.天皇主権
C.天皇大権(たいけん)
(例)・「統帥権」(とうすいけん)(軍の最高指揮権。陸海軍が輔弼(サポート))
・「緊急勅令」(法律に代わる勅令)
D.国民=臣民
(基本的人権は法律の範囲内で認められる)
E.二院制
衆議院・・国民が選挙・300名
貴族院・・華族議員、勅選議員など

②「皇室典範(皇室法)」制定
皇位継承の順位、摂政の復活。

③「衆議院議員 選挙法」制定
選挙権・・直接国税(地租など)15円以上納める、25歳以上の男子のみ。全人口の1.1%。100人に1人。

<黒田清隆内閣(外交)>(2)
(条約改正の過程)
・外務大臣・大隈重信が、国別秘密交渉を行う。
(外国人判事任用を大審院(最高裁)に限定)

→ロンドンタイムス(英)に交渉内容を暴露され、世論の攻撃を受ける。
→玄洋社員(右翼)に襲われ、爆弾で重傷を負う。(右足切断)
→交渉中止。