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世界史【29】中国と朝鮮の植民地化

【29】中国と朝鮮の植民地化
19C後から欧や日に侵略されていく
(1)アジア三角貿易とアヘン戦争
(2)アロー戦争と太平天国の乱
(3)ロシアの極東南下と洋務運動
(4)日本の朝鮮進出


<清>
・アヘン戦争(1840)⇒南京条約(1842)
・アロー戦争(1856)⇒天津・北京条約(1860)
↓↓重税
・太平天国の乱(1851~64)洪秀全「滅満興漢」
・洋務運動(1860~90)「中体西用」
<朝鮮>
・江華島事件(1875)⇒日朝修好条規(1876)
・壬午軍乱(1882)⇒閔氏への反乱。閔氏が日から清に傾く。
・甲申政変(1884)開化派(親日)クーデター⇒清に制圧される。
・甲午農民戦争(東学党の乱)(1894)⇒日清戦争(1894)⇒下関条約(1895)⇒三国干渉(1895)


29-ガイダンス
18C後~19C
<中国>
なぜ中国は侵略されていくのか?
・英が産業革命⇒市場を求めて中国(広い領土・多い人口)に進出したい。当時、中国は銀であふれて世界一お金持ち。

・英は中国を武力で開国⇒アヘン戦争・アロー戦争⇒賠償金から農民への重税へ。⇒農民反乱(太平天国)

中国が弱ってるなら今がチャンス・・!
・ロシアの南下⇒洋務運動(国内改革)。

<朝鮮>
・日本が朝鮮進出。朝鮮が弟。兄貴分の中国と日本が対立。⇒日清戦争へ・・


(1)アジア三角貿易とアヘン戦争
ポイント①当時のイギリスと中国の貿易をみる
中国社会を腐敗させた恐るべき貿易品・・

清の国内混乱と対外貿易

18C。清の4康熙帝、5雍正帝、6乾隆帝の全盛期は過ぎていた・・
<中国の国内状況>
・白蓮教徒の乱(暴動)(1796~1804)
・貿易港は広州1港に限定。
・公行(こうこう)=貿易独占の特許商人組合。

<英と中国の貿易関係>
(片貿易)・・物と銀の交換
・清⇒英 茶・陶磁器
・英⇒清 銀
「英の銀がなくなる・・そうだ!」
 ↓↓
<アジア三角貿易>・・物々交換
・清⇒英 茶・陶磁器
・英⇒印 綿製品
・印⇒清 アヘン(お茶代を銀の代わりにアヘンで支払う)
→中毒・需要増大
→アヘン密輸。支払いは銀で。
→清から銀が流出。英は銀の回収に成功。

英は東インド会社の中国貿易独占権廃止⇒民間貿易会社も中国へ行けるようになる。⇒アヘンを売りにいく。
↓↓
英から使節(英が自由貿易を求める⇒交渉決裂✕)
・マカートニー・・乾隆帝に謁見。乾隆帝は拒否。
・アマースト・・頭を下げない(自由で対等な関係を求める)。謁見できず⇒「力づくでやるしかない・・」

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ポイント②中国の植民地化が開始!アヘン戦争
圧倒的なイギリスの強さの前に中国は屈服・・
 
林則徐(りんそくじょ)
・アヘンの没収と焼却など。
・中国人密貿易者の処罰
・英商館区の封鎖
 ↓↓
英は「待ってました・・!」これを口実に戦争をしかける。
アヘン戦争(1840~1842)
清が圧倒的に敗北
 ↓↓
南京条約
(1842)
・1港(広州)⇒5港に。+上海、厦門(あもい)、福州、寧波(にんぽう)。中国の南側
・公行廃止
・英に香港を割譲
・賠償金の支払い⇒民衆に重税
 ↓↓
<不平等条約>
・治外法権(領事裁判権)の承認
・関税自主権の喪失=安い英製品をそのままの値段で売らなければいけない。
・租界の設置。外国人居留地。初めて上海に設置。(英の領土のよう)

<他国とも不平等条約>
対英 虎門寨追加条約 (こもんさい)
対米 望厦条約 (ぼうか)
対仏 黄埔条約 (こうほ)


(2)アロー戦争と太平天国の乱
ポイント①また戦争!?イギリスの不正義な戦争
アロー戦争の結果、中国はどうなる?

「戦争に勝ったけど貿易でもうからないな。港の数増やす?」

アロー号事件(1856)
清朝の警察に中国人船員が海賊容疑で逮捕。アロー号は英の国旗を掲げていた。英に許可を得ず逮捕したのは英を侮辱している!という口実。英は仏・ナポレオン3世を誘って戦争をしかける。
↓↓
アロー戦争(1856~1860)
英・仏〇 VS ✕清
↓↓
天津条約
清が発砲してしまう。戦争再開。
↓↓
・英仏軍が清の都・北京を占領。
・皇帝の離宮・円明園(えんめいえん)を破壊。(伊カスティリオーネ(郎世寧/ろうせいねい)が設計。ヴェルサイユ宮殿を手本)
↓↓
北京条約(1860)
・外国公使の北京駐在(大使館)⇒総理各国事務衙門(がもん)(=外務省)の設置。
・キリスト教布教の自由。
・南京を含む10港の開港。+天津。
・英に九龍半島の南部を割譲
・賠償金⇒重税へ

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ポイント②農民への重税で起きた大反乱
清を倒して新しい国づくりを・・

アヘン(1840)、アロー(1856)戦争による農民への重税
↓↓
太平天国の乱
(1851~1864)
洪秀全。「滅満興漢(めつまんこうかん)」

・「神の声を聞いた。天国を樹立する。清(満州人)は滅びるべきだ。」キリスト教の影響。
・拝上帝会(キリスト教の結社)。太平天国の建国。
・南京を占領⇒天京(てんけい)。

・天朝田畝制度(てんちょうでんぽ)。土地を均等に配分。地主廃止。
・男女平等、纏足(てんそく)廃止・辮髪(べんぱつ)廃止
↓↓
地主が反対。義勇軍・郷勇(きょうゆう)を作る。
・湘軍(しょうぐん)・曾国藩(そうこくはん)
・淮軍(わいぐん)・李鴻章(りこうしょう)
+
常勝軍・・ウォード(米)、ゴードン(英)
↓↓
太平天国の乱は鎮圧される。

ロシア「ふーん、中国今弱ってるな~・・」





(3)ロシアの極東南下と洋務運動
ポイント①凍らない港を求め、ロシアが中国を狙う!
ロシアは黒海・地中海方面から→中国方面南下へシフト

【ロシアの極東南下】
4つの条約
[1]アイグン(愛琿)条約(1858)露と清
ロシア・東シベリア総督:ムラヴィヨフ
黒竜江(こくりゅうこう)(=アムール川)以北をロシアとする。
海岸線まであと少し。

[2]北京条約(アロー戦争の調停の代償)(1860)露と清
・沿海州(えんかいしゅう)(=ウスリー江以東)の獲得。
(ついに海岸線にたどり着いた!)
・要塞ウラジヴォストーク港を建設

[3]樺太・千島交換条約(1875)露と日
(対日)ロシアは樺太全島を獲得(沿海州の真向かい。北海道の北)。                                                                                                                                      千島列島は日本にあげる。

[4]イリ条約(1881)露と清
中央アジア方面に降りるときに。東トルキスタンの一部をロシアが獲得。保険をかけていた。

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ポイント②このまま黙っているわけにはいかない!中国の改革運動
ヨーロッパの技術。産業を導入するも・・

【中国・洋務運動(改革)】(1860~1890)

中国「ロシアめ・・。このまま黙ってるわけにはいかない・・」

「同治の中興」(中興=安定)
同治帝(摂政は母の西太后)時代

「中体西用(ちゅうたいせいよう)」基本精神
中国の体制(=皇帝独裁・儒学)維持にあたり、西洋の軍事・産業技術(だけ)を用いる。富国強兵。
↓↓
中心人物(洋務派)曾国藩・李鴻章(太平天国の乱を鎮圧した2人)
欧風な町並みに。。
→しかし・・清仏戦争、日清戦争のどちらも清が負ける。根本的な富国強兵にはなってなかった。ものまね改革で止まった。


(4)日本の朝鮮進出
ポイント①朝鮮の開国と閔氏の心変わり
日本の朝鮮半島進出と中国との対立

<朝鮮国内の状況>
19C後。国王・高宗(こうそう)←力がない。
后:閔妃(びんひ)。奥さんの一族:閔氏(びんし)。

閔氏(妻の一族)はおいしい思いができると期待していたが・・高宗は力がなく、父の大院君(たいいんくん)が力を持っていた。

⇒閔氏は面白くない。日本と組んで大院君を失脚させた。
⇒日本はそれをきっかけに朝鮮進出。
(古代中国で跡目争いで騎馬民族に助けを請うて、あとで乗っ取られるのと似てる・・)

↓↓ 
閔氏の独裁

江華島事件(1875)
日本の船が朝鮮から砲撃を受けた。朝鮮に開国を迫る。
↓↓
日朝修好条規
(1876)
・朝鮮・自主独立
・3港の開港(釜山/ぷさん・元山/げんさん・仁川/じんせん)
・日本の領事裁判権を承認
↓↓
「閔氏独裁になってから日本が来るようになった・・。前の大院君の方がよかったよ。。閔氏ひっこめ!」
↓↓
壬午軍乱(じんごぐんらん)(1882)
大院君軍による閔氏への反乱。←日・清が鎮圧。

<対応の違い>
清:大院君をつかまえる。閔氏を支援。
日:閔氏・朝鮮側へ多くの要求。賠償金払え。
↓↓
閔氏は日本と手を切って清に傾く・・。

朝鮮は真っ二つに
事大党(親清)閔氏ら(保守派)が中心
VS
開化派(親日)留学生金玉均(きんぎょくきん)。日本に学び、近代化を目指す。
↓↓
甲申政変
(こうしんせいへん)(1884)
開化派のクーデター。日本の武力を借りて武装蜂起。閔氏を追放。
→清に鎮圧される。
↓↓
朝鮮をめぐって日本と清がバチバチに・・。

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ポイント②朝鮮国内の動乱と日清戦争
朝鮮が国際的に独立国であることが承認される

<朝鮮末期の新思想>
・西学・・キリスト教
・東学・・民間信仰+儒教・仏教・道教
創始者・崔済愚(さいせいぐ)
⇒東学の信者はアジア以外、外国を嫌うように。。
↓↓
甲午農民戦争
(こうごのうみんせんそう)(1894)=東学党の乱
「外国勢力は出ていけ!」
朝鮮南部。全琫準(ぜんほうじゅん)の暴動。
→清に助けを求める。清が出兵。日本も出兵。
↓↓
日清戦争(1894~95)日〇 VS ✕清
↓↓
下関条約
(1895)
・朝鮮独立(清はもう関係ない=清は宗主権放棄)が承認
・日本は清から台湾、澎湖(ほうこ)諸島、遼東半島を獲得。
・開港場での企業の設立
↓↓
三国干渉(1895)
ロシア「おい日本。朝鮮を通って何中国に来ようとしてんだ・・。その遼東半島はオレが狙ってるんだよ!」ロシア・独・仏がクレーム
→遼東半島は清に返還。ロシアへの恨み。臥薪嘗胆
↓↓
閔妃はロシアに接近。→日本は閔妃を殺害(1895)
朝鮮をめぐって日本とロシアとの関係悪化・・。

 


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世界史【16】中国周辺地域史

250907
【16】中国周辺地域史
(1)モンゴル高原・内陸アジア
(2)チベット・雲南地方
(3)朝鮮半島の分裂の時代
(4)朝鮮半島の統一の時代
※中国が文化の発信地。中国の王朝をセットで覚える。


(1)モンゴル高原・内陸アジア
ポイント①中国を苦しめた最恐の民族!
匈奴の中国侵入

【中国:秦・漢】
〇匈奴(B3~1C)
騎馬遊牧民。機動性に富んだ高い軍事力。

・スキタイ(B6~B3C)(イラン系)
南ロシアの草原地帯。後世の騎馬遊牧民に影響。

冒頓単于
・匈奴の全盛期。前漢の高祖を破る(B200)。
↓↓
・前漢の武帝に敗れて衰退(B129)
・匈奴の東西分裂(B1C)
東匈奴(内モンゴル)→漢に服属
西匈奴(天山山脈)→漢に敗れて滅亡
↓↓
・東匈奴の南北分裂(1C)
南匈奴→後漢に服属
北匈奴→後漢の攻撃を受ける(モンゴル高原)
→ヨーロッパ方面へ西走?(末裔がフン族に?)

ポイント②後漢から唐にかけて中国に侵入した民族
鮮卑・柔然・突厥・ウィグル

【中国:後漢~魏晋南北朝】
〇鮮卑(2~5C)
五胡の一つ。拓跋氏が北魏を建国。
「カガン(可汗)」の称号(君主)を使用→「ハン」につながる

〇柔然(5~6C)
北魏・太武帝と対抗

【中国:隋・唐】
トルコ人は中央アジア、西アジアへ移っていった。

〇突厥(6~8C)トルコ系
・柔然を破る
・ササン朝のホスロー1世とともに、エフタル(イラン系・トルコ系)を滅ぼす→西へ進み、中央アジアまで進出。
・突厥文字・・北方遊牧民最古
・隋の時代に東西に分裂

〇ウィグル(8~9C)トルコ系
・安史の乱では唐を助けた
・中央アジアあたりまで西進
・ウィグル文字
・マニ教を国教化(後にイスラーム教)
・軍事に長けていた←イスラーム王朝が軍人奴隷(マムルーク)として採用。西アジア各地に輸出。

 


(2)チベット・雲南地方
中国の西や南

ポイント①中国?インド?どっちの影響が強い?
チベットの歴史

<チベット>
中国とインドの間。インドの影響が強い。

〇吐蕃(とばん)(7~9C)
(都:ラサ)
・ソンツェン=ガンポ(建国)
・チベット文字
インドの文字を元に制作

<中国は【唐】>
・インド・中国の仏教文化を導入
・チベット仏教
インドの大乗仏教にチベットの民間宗教が融合。(7C)

ーーーーーーー
・パスパ(高僧)(13C)
フビライに従事。チベット仏教が中国に伝わるきっかけとなる。
↓↓
・ツォンカパの改革(14C)
腐敗したチベット仏教を立て直す。
ツォンカパの改革以降、チベット仏教を「黄帽派(こうぼうは)」と呼ぶようになる。

・ダライ=ラマ
チベット仏教のリーダー。政教一致の最高権力者
ポタラ宮殿(ラサ北西)に住む。

ポイント②雲南地方ってどんな地域?
モンゴル時代に中国領土になったわけ

<雲南地方>
中国から東南アジアへの出入口

2つの国
1.南詔(なんしょう)(?~902)
<中国は【唐】>
・中国・チベット・インド文化が融合

2.大理(だいり)(937~1254)
<中国は【宋】>
・フビライ・ハンにより滅亡(1254)
理由:東南アジアへの出入口を抑えたかったため。
・雲南はここで初めて中国領土に組み込まれた





(3)朝鮮半島の分裂の時代

ポイント①古代の朝鮮は「中国」?
古代朝鮮と中国の関係

古代朝鮮は中国の一部だった。

〇衛氏朝鮮(B190~B108)
・衛満(えいまん)(建国)
中国の戦国時代に中国から渡ってきた。
・前漢・武帝により滅亡(B108)

〇中国・前漢の支配下
朝鮮4郡(拠点)
楽浪郡を置く(B108~313)
(現在の北朝鮮・平壌・ピョンヤン)
漢の政治・文化を伝導。
漢王朝が滅亡して目が行き届かなくなる。
→高句麗により滅亡(313)

↓↓
馬韓→百済(ひゃくさい/くだら)
辰韓→新羅(しんら/しらぎ)
弁韓→任那(みまな)(加羅/から・加耶/かや)→新羅に征服される

ポイント②朝鮮にも三国時代があった!?
高句麗・新羅・百済の対立

朝鮮の三国時代(4C半~7C)

〇高句麗(B1C~668)
朝鮮半島北から中国東北部。
・漢の拠点、楽浪郡を征服(313)
・広開土王(位391~412)全盛期
広開土王碑(好太王碑)の建立(414)
朝鮮や日本との戦いが記録されている
・新羅・唐に滅ぼされる(668)

〇百済(4C半~660)
・
馬韓(左側)
・
高句麗、新羅に対抗するために日本と結ぶ。
・唐・新羅により滅亡(660)
・白村江の戦い(663)
復活しようと試みるが✕
日本・百済復興勢力✕ VS 〇新羅・唐

〇新羅(4C半~935)
・辰韓(右側)
・加羅を征服(4C)
・唐(3代・高宗)(当時アジア最強)と連合。
百済(660)、高句麗(668)を滅ぼす。

↓↓
※三国時代の勝者は「新羅」!

ーーーーーーーーーーーーーーーー
〇渤海(698~926)
(都:上京竜泉府)長安をモデル
・高句麗の末裔や、靺鞨人(まっかつじん・ツングース系)が中国の東へ移動して建国
・大祚栄(だいそえい)(建国者)
・唐や日本とも交流


(4)朝鮮半島の統一の時代
ポイント①仏教文化がさかん!新羅の時代
朝鮮半島初の統一。新羅。

朝鮮半島を統一した3つの国

〇新羅(4C半~935)
(都:慶州(昔:金城))
高句麗と百済を倒して、朝鮮半島統一。

・唐は朝鮮半島の北西部に都護府を設置。→新羅にとっては屈辱・・!都護府は異民族を監視する機関。国として認められていない。。
↓↓
新羅は唐を排除。都護府を落とした。
↓↓
・朝鮮半島統一(676)
→唐に朝貢、冊封下へ入る。

唐の影響を受ける。

・骨品制(こっぴんせい)(特権的な身分制度=貴族制度)
唐がモデル

・仏国寺(ぶっこくじ)
慶州郊外にある仏教寺院。石の多宝塔。高度な技術。

ポイント②すごく似ている2つの王朝!
高麗と朝鮮の歴史。

〇高麗(935~1392)
(都:開城)
・王建(建国)

この頃、中国は【宋】
↓↓
・両班(ヤンバン)
骨品制貴族はいなくなり、特権官僚が登場。中国・宋と同じ。(両班が確立されるのは次の李氏朝鮮時代。)

・高麗版大蔵経・・仏教文化がさかん。木版印刷
・金属活字・・世界最古。出版技術が早くから発達していた。
・高麗青磁・・宋代の陶磁器(宋磁)の影響を受け、宋より高技術とも。

 

〇朝鮮(李氏朝鮮・李朝)(1392~1910)
(都:漢城(漢陽)現ソウル。元・帯方郡)

・李成桂(建国)。李さんが作ったので李氏朝鮮。

この頃中国は【明・清】
↓↓
・朱子学の官学化(上下関係を重んじる)
・科挙の実施
・両班(ヤンバン)特権身分階級
高級官職独占が登場。中国と同じ。

・世宗(せいそう)(現在の1万ウォン札に描かれている)
訓民正音(くんみんせいおん)(1446)(表音文字)
漢字は庶民は読めない→ハングル文字

・豊臣秀吉の朝鮮侵攻
壬辰・丁酉(じんしん・ていゆう)の倭乱
(文禄1592・慶長1597の役)

李舜臣・・亀船(亀甲船)の使用で、日本の侵略を食い止めた。

・「小中華」の芽生え
明滅亡後の、清(満州人国家)を正統な中国と認めない。
正統な中華を守っている継承者は朝鮮だ!という意識。
清に対して敵対心があった。


 

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