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世界史【43】第三勢力の台頭と米ソの歩み寄り

251018
【43】第三勢力の台頭と米ソの歩み寄り
(1)非同盟主義の新興国
(2)アフリカ諸国の独立
(3)ラテンアメリカ諸国とキューバ革命
(4)米ソ両大国の動揺
(5)ヨーロッパにおける緊張緩和


(1)非同盟主義の新興国
ポイント①戦後の新興独立国がとった新路線とは?
アジア・アフリカの国々が結束して米ソに対抗

<第三勢力>
米ソ両陣営に入らず、積極的中立を主張した勢力
アジア・アフリカの新興諸国が中心

[1] ネルー・周恩来会談(1954)
平和五原則の発表

[2] アジア・アフリカ会議(バンドン会議・1955)
スカルノ大統領の提唱(インドネシア)
史上初のアジア・アフリカ首脳会議を主催
平和十原則

[3] 第1回 非同盟諸国首脳会議(1961)
開催地:ベオグラード(ユーゴスラヴィアの首都)
ティトー、ナセル、ネルーの呼びかけ
アジア・アフリカ・ラテンアメリカの非同盟国が参加

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ポイント②エジプトで高まるアラブ民族主義!
非同盟主義の象徴!その人物の名は・・

<エジプト革命(1952)>
・自由将校団(改革派グループ) が国王を追放
王政→エジプト共和国の成立(1952)

・ナセル大統領(任1956~1970)
「私は非同盟主義です。アメリカにもソ連にも強力しません」
近代化、国内改革
・アスワン・ハイダム建設→資金問題の発生
・米英の融資
・ソ連からも融資
↓↓
米英からエジプトへの融資を白紙撤回される。
↓↓
・スエズ運河の国有化
ダム建設に足りない資金をスエズ運河の通行料でまかなおうとした。
↓↓
・スエズ戦争(第2次中東戦争)(1956)
エジプト〇 VS ✕英仏イスラエル
国連の介入
アラブ民族主義の中心的存在となる


(2)アフリカ諸国の独立
ポイント①20世紀はアフリカの世紀!
第二次世界大戦後、次々と独立を果たすアフリカ

「リベリア共和国」のみ独立を維持。他は欧の植民地。
・北部:アラブ人(アラブ=アフリカ)
・南部(サハラ砂漠以南):黒人(ブラック=アフリカ)

[1]<アラブ=アフリカの独立>
(WW2中)
・エチオピア帝国の独立回復

(WW2後)
・リビア独立(伊→英仏)
・スーダン独立(英)
・モロッコ独立(仏)
・チュニジア独立(仏)

・アルジェリア独立
アルジェリア戦争
石油が取れるので仏は独立を許したくない。
民族解放戦線〇 VS ✕仏(ド・ゴール)

[2]<ブラック=アフリカの独立>
・ガーナ独立(1957)アフリカ中部
初代 エンクルマ大統領
「20世紀はアフリカの世紀」

・ギニア独立

・「アフリカの年」(1960)・・17カ国の独立

・アフリカ統一機構(OAU)の結成(Organization of African Unity)
(本部:アジスアベバ(エチオピア))
「パン=アフリカニズム」

<アフリカの年>
・コンゴ独立
コンゴ動乱(1960)
カタンガ州の分離独立紛争。
豊富な資源を狙って、旧宗主国ベルギーが介入

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ポイント②アフリカが直面する問題
旧宗主国からの独立を果たすも・・

<発展途上国としての苦悩>
・国連貿易開発会議(UNCTAD)の設立
貿易・援助を中心とした国際協力を推進

・南北問題
先進国と発展途上国との経済格差

・南南格差
「南」の中で生じた更なる経済格差
地下資源(石油、石炭)などが取れる地域との格差。





(3)ラテンアメリカ諸国とキューバ革命
ポイント①アメリカ大陸の支配者は合衆国!
ラテンアメリカ諸国に強く干渉する合衆国

・アメリカ州機構(OAS)(Organization of American States)
南北アメリカ21カ国による反共協力組織

<反米的な政権の成立>
・アルゼンチン
ペロン大統領:外国資本の国有化、初等教育拡大

・ブラジル
ヴァルガス大統領:資源の国有化、労働者の保護

・チリ
アジェンデ大統領(選挙による社会主義政権)
ところが・・
→チリ軍部クーデタ(米CIAが裏で糸を引く)。アジェンデ死亡
→ピノチェト政権成立
(親米軍事政権)

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ポイント②世界を震撼させた重大事件!
アメリカの「裏庭」で起きた革命とその後の様子

<キューバ危機(1962)>
・バティスタ政権
米と結んだ親米独裁政権
↓↓
貧富の差が拡大
・キューバ革命(1959)
指導者:カストロ、ゲバラ
バティスタ政権を倒す
↓↓
米、キューバと国交断絶
↓↓
・キューバ社会主義宣言
ソ連に接近
ミサイル基地の建設
↓↓
米ケネディ大統領、海上封鎖
ソ連の船が入ってこれないように
↓↓
・キューバ危機(1962)
フルシチョフ(ソ)VSケネディ大統領(米)
あわや核戦争・・!?
↓↓
ソ連が譲歩して平和的に解決


(4)米ソ両大国の動揺
ポイント①キューバ危機以降のアメリカ大統領の政策
ケネディとジョンソンの時代に起きた重大事件

33 トルーマン→34 アイゼンハワー→
<35代 ケネディ大統領(任1961~1963)>
(米史上初・アイルランド系カトリック出身)

キューバ危機の翌年・・
・部分的核実験停止(禁止)条約(PTBT)(1963)
米・英・ソ。大気圏内、宇宙空間、および水中での核兵器実験を禁止
(地下実験はできる)
→仏、中国は強い不快感

・ニューフロンティア政策
国内政治の新たな方針。教育、高速道路、住宅建設、社会福祉などに政府が介入。

・黒人解放運動(公民権運動)
指導者:キング牧師
(非暴力、不服従。ガンディーと同じ)
演説「私には夢がある」ワシントン大行進

・ケネディ暗殺(1963)
at テキサス州ダラス
→副大統領のジョンソンが後を継ぐ

========
<ジョンソン大統領(任1963~1969)>
・「偉大な社会」計画
アメリカから差別と貧困をなくすことを提唱

・「公民権法」の制定
人種・宗教・性別・出身国などによる差別を禁止する法律
(※注:「公民権法」はケネディではなくジョンソンのとき)

しかし・・
・ベトナム介入(1965)
=北ベトナム爆撃

ベトナム反戦運動の高揚→世界へ拡大
→黒人解放運動とも合流

米は
・財政が圧迫(経済✕)
・国際的に孤立(外交✕)
・差別など国内問題も解決できていない(政治✕)

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ポイント②ソ連陣営はガタガタ!?
ソ連から離れていく東ヨーロッパの国々

スターリン→フルシチョフ→
<ブレジネフ書記長(任1964~1982)>

・フルシチョフ解任(失脚)
キューバ問題などで

(外交の軸がブレる)
<軍縮の動き>米ソ
・核拡散防止条約(NPT)
・第1次戦略兵器制限交渉(SALT1)
・第2次戦略兵器制限交渉(SALT2)(1979)

・ソ連軍、アフガニスタンへ軍事介入(1979)
アフガニスタンの社会主義政権を軍事介入で支援。
→米は猛反発。SALT2のサインを拒否。流れてしまう。

(周辺国の対ソ反発)
・アルバニアの対ソ断交・・ホジャ政権。
・ルーマニアの対ソ独自外交・・チャウシェスク政権。ソ連と距離を置く。

・チェコスロバキアの民主化運動
「プラハの春」(1968)
↓↓
共産党書記長:ドプチェク政権の誕生←ソ連の軍事介入で失敗。
チェコの民主化運動はつぶされる・・。





(5)ヨーロッパにおける緊張緩和
ポイント①西ドイツの平和的な外交
社会主義諸国との関係を次々と改善!奇跡の外交

(ドイツ連邦共和国(西ドイツ))
<初代 アデナウアー首相(任1949~1963)>反共
(政党名:キリスト教民主同盟)

・西ドイツの経済復興
(米に次ぐ大国に。親米・反共)
・西ドイツの主権回復→再軍備→NATO加盟

・ベルリンの壁の構築(1961)
東ドイツ政府が西ベルリンを遮断。
逃亡者が相次いだため。

=====
<2代 ブラント首相(任1969~1974)>平和外交
政党:ドイツ社会民主党

・東方外交・・社会主義国との和解を促進

・西ドイツとポーランドの国交を正常化
ワルシャワでの跪き(ひざまずき)。ホロコーストへの深い謝罪。「ドイツの謝罪」

・東西ドイツ基本条約・・双方の主権を承認
→東西ドイツ、国連同時加盟

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②欧州各地で進む民主化
独裁体制から民主政治へと歩む欧州の小さな国々

(スペイン)
・軍人フランコ(ファシズム)死亡(1975)
スペイン内戦でアサーニャ人民戦線内閣を破った
↓↓
・スペイン王政復活(ブルボン朝)
国民投票で新憲法を制定。王政でも民主化が進む。
(現在もスペインはブルボン王家の王がいる。)

======
(ポルトガル)
・ポルトガル民主化「リスボンの春」
独裁者死亡→軍部による無血クーデタ→民政へ・・

======
(ギリシア)
・WW2後、王政の復古
→軍部クーデタで王政廃止。軍部独裁政権が発足(1967)
↓↓
・ギリシア民主制復帰(1974)

 


・世界史タイトル一覧

 

 

世界史【42】冷戦の激化と西欧・日本の経済復興

251017
【42】冷戦の激化と西欧・日本の経済復興
(1)朝鮮戦争と軍拡競争
(2)核開発と平和運動
(3)ヨーロッパ諸国の経済統合
(4)日本の成長と冷戦の転機


(1)朝鮮戦争と軍拡競争
ポイント①米ソの代理戦争!朝鮮戦争の勃発
アメリカ・ソ連がそれぞれ支持する国々が衝突

<朝鮮戦争(1950~1953)>
北朝鮮 VS 韓国
・北朝鮮軍が軍事侵攻。ソウル占領。
→韓国は釜山まで追い詰められる。
↓↓
・国連軍出動(米主体)仁川(じんせん)上陸
(安保理はソ連がボイコットしたが米が強引に決めた)
→北朝鮮軍を中国国境まで追い込む
↓↓
・中国が人民義勇軍(ボランティア兵)を派遣し北朝鮮を支援。
↓↓
・朝鮮休戦協定(1953)at 板門店(はんもんてん)
暫定的な軍事境界線
北緯38度線
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②ソ連に負けるな!アメリカの「巻き返し政策」
全世界と反共軍事同盟の締結を狙うアメリカ

33代トルーマンの次・・
<34代 アイゼンハワー大統領(任1953~1961)>
「ソ連をつぶす。米が世界の国々と軍事同盟を結ぶ・・!」
=巻き返し政策

・マッカーシズムの流行(1950年代初)
議員:マッカーシ
ソ連派をヒステリックに追放(赤狩り)

<世界各地に成立した反共軍事同盟> ソ連との対決に備える
・日米安全保障条約(1952)
・米韓相互防衛条約
・米華相互防衛条約(台湾)
・太平洋安全保障条約(ANZUS)
・東南アジア条約機構(SEATO)
・中東条約機構(バグダード条約機構、METO)
・アメリカ州機構(米州機構、OAS)


(2)核開発と平和運動
ポイント①核を保有すると、発言力が強くなる!?
米ソに対抗し、次々と核を保有する国が登場

<原子爆弾>
・ウランやプルトニウムの核分裂を利用してつくる大量破壊兵器。
核実験・・米が世界で初めて成功

<各国の核の保有>
・米の核実験・・1945年
・ソ連の核実験・・1949年
・米は水素爆弾の実験にも成功→ソ連も猛追
・英の核実験・・1952年
・仏の核実験・・1960年
・中国の核実験・・1964年
・インドの核実験・・1974年
・パキスタンの核実験・・1998年
・北朝鮮も核を保有

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ポイント②平和な世界にするために…
世界各地で行われた平和運動・核兵器廃絶運動

<核兵器の廃絶にむけて>
・ビキニ水爆実験
米、中部太平洋、マーシャル諸島のビキニ環礁で核実験実施
「死の灰」により周辺住民は被曝
↓↓
・第五福竜丸事件(1954)
日本のマグロ漁船の乗組員が「死の灰」を浴び被曝
↓↓
・原水爆禁止運動
東京都杉並区の主婦の運動から始まる
→世界的運動に発展

・バートランド・ラッセル(英哲学者)
「多くの人が核の廃絶を訴えることが重要」
↓↓
・ラッセル・アインシュタイン宣言
核兵器・核戦争の危険性を訴えた宣言
↓↓
・パグウォッシュ会議(カナダ)
科学者による核兵器禁止運動
科学と国際問題について協議





(3)ヨーロッパ諸国の経済統合
ポイント①目指すのは経済的な「第三の巨人」
独立を維持した状態で、経済的に全面協力

<これまでのヨーロッパの戦争を反省・・>
仏外相:シューマン
「地下資源豊富な地域をめぐって何度も争ってきた。特に独と仏は・・」アルザス・ロレーヌは普仏戦争、WW1、2で取り合い。→みんなで共有したらどうだ?
シューマン=プラン

↓↓ 独立は維持したまま、お互い経済的に協力する組織

<ヨーロッパ共同体(EC)(1967)>
仏、西独、伊、ベネルクス3国、の6カ国

・ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)
・ヨーロッパ原子力共同体(EURATOM)ユラトム
・ヨーロッパ経済共同体(EEC)
→この3つが合わさってヨーロッパ共同体(EC)ができる。
VS
・ヨーロッパ自由貿易連合(EFTA)
英の提案で発足。工業製品の共同市場。

・拡大EC
1970年代:英、アイルランド、デンマーク
1980年代:ギリシア、スペイン、ポルトガル(加盟12カ国に)

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②アメリカもイギリスも嫌い?フランスの独自路線
第五共和政のスタート!フランスの新たな動き

(仏)
第四共和制・・議会重視
植民地(インドシナ・アルジェリア)の独立運動など、混乱
↓↓
<第五共和制(1958~現在)>
・ド=ゴール大統領(任1958~1969)
「強力な力が必要だ。俺が仏を立て直す!」
米英に追随しない。頼らない。
→大統領権限を重視
・核保有
・アルジェリア独立を承認(エビアン協定1962)
・中華人民共和国の承認
・NATO軍事機構を脱退
↓↓
・五月危機(五月革命)
独裁を嫌う学生、労働者、市民らによる大規模な反ド=ゴール運動


(4)日本の成長と冷戦の転機
ポイント①ソ連がアメリカに歩み寄る!?
1950年代のソ連外交に大きな変化が訪れる

スターリンの死(1953)
→<フルシチョフ書記長(任1953~1964)>
「ソ連とアメリカ、世界は平和に共存できるはず」

・スターリン批判(1956)
ソ連共産党第20回大会
↓↓
<「雪どけ」>ソ連・エレンブルクの小説より
・ジュネーヴ四巨頭会談(1955)
米・ソ・英・仏の首脳が平和共存を確認

・ソ連・西独国交回復

・コミンフォルム解散(共産党情報局)

・フルシチョフ訪米
ソ連のリーダーとして初めて訪米。
フルシチョフとアイゼンハワー
キャンプ・デービッド
↓↓
<ソ連支配に対する民主化運動>
・ポーランド反政府反ソ暴動(ポズナニ暴動)
ゴムウカがポーランドの自主路線を約束して事態収拾(自主解決)

・ハンガリー反ソ暴動(ハンガリー事件)→✕失敗
ナジ=イムレが首相に復帰
→ソ連の軍事介入により失敗。ナジ=イムレは処刑。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②「もはや戦後ではない」
1950年代以降、急激に成長する日本経済

<日本の経済成長>
・特需・・朝鮮戦争
米軍の必需品を日本が生産・輸出→経済復興へ

・日ソ国交回復(1956)「雪どけ」のタイミング
→日本の国連加盟(1956)

・高度経済成長期(1950年代)

※ただし、ヨーロッパと違い、アメリカよりの外交。


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世界史【41】米ソ冷戦の時代

251016
【41】米ソ冷戦の時代
(1)第二次世界大戦後のヨーロッパ世界
(2)冷戦の始まり
(3)米ソ両陣営の軍事ブロック
(4)中国と朝鮮半島の行方
(5)東南アジア諸地域の独立
(6)南アジア・西アジアの独立


(1)第二次世界大戦後のヨーロッパ世界
ポイント①西ヨーロッパ世界の動向
世界大戦の痛手から復興を目指す

<イギリス>
チャーチル
→アトリー内閣(任1945~1951)労働党
・重要産業国有化(イングランド銀行、石炭など)
・社会福祉制度の充実
「ゆりかごから墓場まで」

・エール、イギリス連邦離脱
アイルランドと改称

<フランス>
・第四共和政(1946~1958)
議会制内閣を採用
→フランス共産党が勢力拡大

<イタリア>
・王政廃止
国民投票で王政が廃止され、共和政へ

・イタリア共産党
西欧最大の共産党

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②東ヨーロッパ世界には大きな変化が!?
忍び寄るソ連の影響力

<東欧>
ソ連のおかげでナチスを追い出せた。なのでソ連の影響を受ける。ソ連の衛星国に。(言いなりに)
↓↓
<人民民主主義>
・ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、アルバニア
・ユーゴスラヴィア
指導者:ティトー(自力でナチスを追い出した。ソ連とは距離を置く)

<「鉄のカーテン」演説>
英・元首相チャーチル
シュテッティン(バルト海)からトリエステ(アドリア海)まで
→ソ連の「鉄のカーテン」


(2)冷戦の始まり
ポイント①アメリカの対ソ封じ込め政策とは?
ソ連の影響力拡大を防げ

(政治対立)
<資本主義陣営(アメリカ中心)>
封じ込め政策
・トルーマン=ドクトリン(トルーマン宣言)
ギリシア、トルコを援助
両国の共産主義化を阻止

↓↓ 具体的なプラン

・マーシャル・プラン(ヨーロッパ経済復興援助計画)
国務長官:マーシャル
全ヨーロッパ対象の経済援助を表明。

<社会主義陣営(ソ連中心)>
・コミンフォルム(共産党情報局)の発足
ソ連がリーダー。東欧7カ国+伊仏の共産党。
他国に指示を出す。
途中、ユーゴスラヴィアを除名

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②資本主義陣営に衝撃がはしる!
共産党クーデタが発生

<資本主義陣営の動揺>
・チェコスロバキア=クーデタ
共産党クーデタで当時の大統領が辞任
資本主義国→共産党政権が発足
(ナチスからチェコを解放したのはソ連だったため。)
↓↓
・西ヨーロッパ連合条約(ブリュッセル条約)
英・仏・ベネルクス3国(オランダ・ベルギー・ルクセンブルク)の5カ国の軍事同盟





(3)米ソ両陣営の軍事ブロック
ポイント①ドイツをめぐるトラブルの発生!
東西ドイツへの分裂は回避不可能!

<東西ドイツの対立>
・西側管理地区・通貨改革(米英仏)
独立の準備を始める(ソ連に無断)
→ソ連がベルリン封鎖
西ベルリンへの交通を封鎖
↓↓
米は1年間、空輸で物資を運ぶ
↓↓
ベルリン封鎖解除。東西ドイツ、それぞれ独立。

・ドイツ連邦共和国(西ドイツ)
首相:アデナウアー(任1949~)
奇跡の経済復興

・ドイツ民主共和国(東ドイツ)

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②米ソ両陣営の経済・軍事同盟の成立
ますます対立を深める米ソ両陣営の行方・・

<東西両陣営の対立>
(経済対立)
・ヨーロッパ経済協力機構(OEEC)(資本主義)
マーシャル・プランの受け入れ機関
VS
・コメコン(経済相互援助会議、COMECON)(社会主義)
ソ連と東欧6カ国
======
(軍事対立)
・北大西洋条約機構(NATO)
アメリカ中心に12カ国加盟
西ドイツ再軍備→NATOに加盟
VS
・ワルシャワ条約機構
ソ連の核実験成功。アメリカに次ぐ2番目の核保有国に。
ソ連中心の軍事同盟。NATOに対抗。


(4)中国と朝鮮半島の行方
ポイント①国民党vs共産党
第二次世界大戦後、中国を支配するのはどっち?

<内戦(国共内戦)>
・中国共産党
指導者:毛沢東
地主の土地所有を廃止
→農民からの指示拡大
VS
・中国国民党
指導者:蒋介石
→国共内戦に敗北
中華民国政府を台湾へうつす

・中華人民共和国の成立(1949)
首都:北京
国家主席:毛沢東(任1949~1959)
(中国共産党・党首)
首相:周恩来(任1949~1976)

・中ソ友好同盟相互援助条約(1950)
軍事、経済の同盟

・中華人民共和国の承認
建国直後にソ連、東欧、インドが承認

・土地改革
大地主から土地を没収→農民に分配

・第1次五カ年計画(1953~1957)
ソ連の援助。
重工業の優先、農業の集団化

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②朝鮮半島の分断化
現在まで続く南北戦争の分断の原因とは?

日本の敗戦。朝鮮から撤退。
↓↓
<米ソの分割占領>
・北緯38度線
・大韓民国(韓国)
首都:ソウル
初代大統領:李承晩(りしょうばん/イ・スンマン)

・朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)
首都:ピョンヤン
初代首相:金日成(きんにちせい/キム・イルソン)





(5)東南アジア諸地域の独立
ポイント①ベトナムの独立を認めないフランス!
インドシナ戦争の勃発とその後の展開

<戦後のベトナム>
・ベトナム独立同盟(ベトミン)
指導者:ホーチミン(社会主義)
↓↓
・ベトナム民主共和国の成立
ホーチミン
↓↓
仏は認めない。日本撤退後は仏が再度支配する。軍事侵攻。
↓↓
<インドシナ戦争(1946~1954)>
仏✕ VS 〇ベトナム
・ベトナム国の成立(南ベトナム・仏の傀儡国家)
首都:サイゴン
主席:バオダイ

・ディエンビエンフーで仏軍が大敗
ジュネーヴ会議(1954)
ジュネーヴ休戦協定・・北緯17度線を暫定的な軍事境界線
↓↓
慌てたのはアメリカ。。このままでは社会主義になる・・。
・東南アジア条約機構(SEATO)の結成
反共軍事同盟

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②ベトナム以外の東南アジアの独立
旧宗主国からの独立を達成!

<東南アジアの諸島部>
・インドネシア共和国独立
首都:ジャカルタ
初代大統領:スカルノ大統領(任1945~1967)
インドネシア国民党

・フィリピン共和国独立
首都:マニラ

<東南アジアの大陸部>(仏から独立)
インドシナ戦争で仏が負けて出ていった
↓↓
・カンボジア独立
首都:プノンペン

・ラオス独立
首都:ビエンチャン

<東南アジアの大陸部>(英から独立)
・マラヤ連邦独立
・ビルマ独立


(6)南アジア・西アジアの独立
ポイント①インドの独立達成!
統一インドを主張し続けたガンディーは・・

<インド独立>(1947)
・インド連邦→インド共和国
首相:ネルー(国民会議派)(任1947~1964)

・パキスタン共和国独立 イスラム教徒
総督:ジンナー(任1947~1948)
(全インド=ムスリム連盟)
(※パキスタンは東・西に飛び地だった。東パキスタン→後のバングラデシュに)

・スリランカ(セイロン)独立

・第1次インド=パキスタン戦争(1947~1949)
カシミール帰属問題(インド北)
住民はイスラーム教徒。王はヒンドゥー教徒。

・ガンディー暗殺(1948)
戦争をやめるように訴えた。
同じヒンドゥー教徒に弱腰だと言われ、暗殺される・・。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②西アジア諸地域の動き
戦後も欧米諸国の思惑に振り回される中東

<イラン>
WW2中、王朝パフレヴィー朝は英米にすりよる外交。(親米・親英)
石油を英米に安く渡していた。
↓↓
WW2が終わると
・首相:モサデグ(任1951~1953)
石油を国有化=資源ナショナリズム
「石油はイランのものだ!」
→英の石油会社の施設を接収
→国王派のクーデタで失脚
↓↓
・国王パフレヴィー2世
「上からの近代化」を推進(英・米の支援)
貧富の差が拡大

======
<パレスチナ>(国ではなく地域)
アラブ人(多)、ユダヤ人(少)が住む。
英が委任統治していたが放棄
↓↓
・アラブ諸国連盟の結成
(アラブ連盟)
↓↓
パレスチナ分割案が国連総会で可決
パレスチナをユダヤ人地域とアラブ人地域に分割。
面積は半分ずつ。ユダヤに有利に。
↓↓
イスラエル建国(ユダヤ人国家)(1948)
↓↓
アラブ人が不満。
・パレスチナ戦争(第1次中東戦争)(1948~1949)
イスラエル+米〇 VS ✕アラブ諸国連盟
↓↓
100万人のパレスチナ難民
(→イスラエルに追い出されたアラブ人)

 


・世界史タイトル一覧

 

 

世界史【40】第二次世界大戦と戦後秩序の形成

【40】第二次世界大戦と戦後秩序の形成
(1)ドイツとソ連の猛進撃
(2)ヨーロッパ戦線の終結へ
(3)アジア・太平洋戦線
(4)日本支配への抵抗と日本の敗北
(5)敗戦国の処理
(6)国際連合の設立と戦後経済の再建


(1)ドイツとソ連の猛進撃
ポイント①ドイツのヨーロッパ進撃!
ヨーロッパを席巻するドイツの「電撃戦」とは?

<ドイツの進撃>
・ポーランド侵攻(1939.9.1)
第二次世界大戦の開始
強制収容所の建設 アウシュヴィッツ
・デンマーク・ノルウェーに侵入
・オランダ・ベルギーに侵入
=イギリスを牽制しながらフランスへ進む。

電撃戦・・首都までの道を空爆。兵隊をトラックで首都まで運んで都を占領。

(英)
弱腰のネヴィル・チェンバレンから→チャーチルへ
・チャーチル挙国一致内閣

(伊)
・イタリア参戦

(仏)
<パリ占領(フランス降伏)>
・ヴィシー政府
南仏・首班ペタン
対独協力政権
VS
・自由フランス政府
ロンドンに亡命。軍人ド=ゴール
レジスタンス(抵抗)運動を指導

(米)
・アメリカの軍事支援
武器貸与法・・孤立した英を支援

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②ソ連も攻める!社会主義圏の拡大へ!
国際連盟はソ連の暴走を止められず・・

<ソ連の進撃>
・ポーランド侵攻
・バルト3国へ侵攻→後に併合
・ソ連=フィンランド戦争(冬戦争)
→国際連盟、ソ連を除名(それでもソ連は止まらず)


(2)ヨーロッパ戦線の終結へ
ポイント①戦局が大きく変わった!?独ソ戦争の開始!
独ソの対立でヨーロッパ戦線の流れがかわる

独ソがバルカン半島を取り合う

<ドイツのバルカン制圧(1941)>
・ドイツ軍がユーゴスラヴィア・ギリシアを占領
ティトー(共産主義)、独の支配に対してパルチザン闘争(ゲリラ戦)

<ドイツ VS ソ連>
・日ソ中立条約(1941)ソ連は後ろを守る

・独ソ戦争の開始(仲間割れ)
独ソ不可侵条約は破棄。
ドイツは電撃作戦を実行。
→当初は戦局有利

・大西洋上会談(米英首脳会談)(1941)
米フランクリン・ローズヴェルトと英チャーチル
大西洋憲章

・独伊、対米宣戦

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ポイント②連合国の反撃!ドイツの降伏!
ファシズム VS 反ファシズムへ

米軍も動き始めた
<伊・独の苦戦>
・連合軍、北アフリカ上陸
スターリングラードの戦い(1942)(ソ連内)
独✕ VS 〇ソ連
これ以降ドイツは劣勢に・・

<イタリアの降伏>
・連合軍、シチリア島上陸
→イタリア新政府、無条件降伏(1943.9.8)

・テヘラン会談(1943.11)
米・英・ソ
対ドイツ戦の基本方針

<ドイツの降伏>
・ソ連軍、東欧に侵攻

・ノルマンディー上陸作戦(北仏に連合軍が上陸)
最高司令官:アイゼンハワー

・パリ解放
ドイツ軍撤退

・ヤルタ会談(1945.2)(ウクライナ・クリミア半島)
米・英・ソ
対ドイツ戦後処理を協議:ヤルタ協定

・ベルリン陥落
→ドイツ無条件降伏(1945.5.7)





(3)アジア・太平洋戦線
ポイント①日本の東南アジア進出!
日本は欧米諸国の対中国支援を断ち切ろうと・・

<日中戦争(1937~1945)>
蒋介石 重慶政府
VS
日本(汪兆銘) 南京国民政府

欧米が東南アジアから中国を支援。

「大東亜共栄圏」
日本を盟主とする東アジアのブロック構想

・北部フランス領インドシナ進駐

・日独伊三国軍事同盟(1940.9)

・日米交渉
米は一方的。中国からの日本軍の撤退、三国同盟からの撤退が議題。

・日ソ中立条約(1941.4)北の防衛に成功

・南部フランス領インドシナ進駐

→米、対日石油禁輸策で対抗=ABCDライン
(Aアメリカ、Bイギリス、C中国、Dオランダ)

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ポイント②ついにアメリカが動いた!日米の開戦!
連合軍と枢軸国の対決へ

<太平洋戦争(1941~1945)>

・真珠湾奇襲(1941.12.8)
→独・伊の対米宣戦

連合国 米・英・仏・ソ・中(反ファシズム)
VS
枢軸国 日・独・伊(ファシズム)

日本は石油を探す・・
・フィリピン占領
・マレー・シンガポール占領
・ジャワ・スマトラ占領
・ビルマ(ミャンマー)占領
現地の資源、労働力を使う。


(4)日本支配への抵抗と日本の敗北
ポイント①日本よ、出ていけ!
アジア諸地域で日本支配に抵抗する動きが活発に

<日本の植民地支配>
・皇民化政策(日中戦争開始以降)朝鮮にて
神社参拝、日本語強制、創氏改名

・朝鮮人の強制連行(太平洋戦争開始以降)

<日本支配への抵抗運動>
<中国・朝鮮>
(中国)・・共産党軍と国民党軍の合流
(朝鮮)・・金日成(きんにちせい/キムイルソン)(朝鮮共産党)の抵抗運動

<東南アジア>
・ベトナム独立同盟(ベトミン)
指導者:ホーチミン

・ミャンマー
アウン・サン
日本支配に抵抗

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ポイント②タイムリミットは8月7日…
戦後処理をめぐって焦るアメリカの思いとは?

<日本の劣勢>
・ミッドウェー海戦(1942.6.5~6.7)
日本✕ VS 〇アメリカ
日本の主力部隊が敗れる。ここから日本は劣勢に・・

・日本、ガダルカナル島より撤退

・カイロ会談(1943.11)
米・英・中
対日本戦の基本方針を決定:カイロ宣言

・米軍、日本本土空襲
・米軍、沖縄本島上陸

・ポツダム会談(1945.7)
トルーマン(米)、チャーチル(→アトリー)(英)、スターリン(ソ)

Fローズヴェルトはヤルタ会談まで。→このとき米ソは密約。「独が降伏した後、3カ月たっても日本が降伏しない場合、日ソ中立条約を破棄して、ソ連も入ってきてくれ。」と。
→しかしトルーマンは戦後の日本を米だけで占領したかったので、ソ連が入ってくる期限の8/7までに戦争を終わらせたかった。

戦後のドイツと日本の処理を協議
ポツダム宣言:日本に対し無条件降伏を勧告

・アメリカ、広島に原爆投下(1945.8.6)
・ソ連、対日宣戦(1945.8.8)
・米、長崎に原爆投下(1945.8.9)
(→5年間で30万人以上の人が亡くなる・・)
・日本無条件降伏(1945.8.15)
→第二次世界大戦の集結





(5)敗戦国の処理
ポイント①ヨーロッパの戦後処理
ドイツは徹底して戦勝国が管理するシステムへ

<ドイツの戦後処理>厳重に管理
・ニュルンベルク裁判
・ドイツ4カ国分割占領(分割管理)
西側管理地区:米・英・仏
東側管理地区:ソ連
・ベルリン分割管理

<その他の戦後処理>
・オーストリア
4カ国共同管理・・米・英・仏・ソ
オーストリア国家条約・・主権回復(永世中立国になる)

・パリ講和条約(1947)
伊、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリー、フィンランド
領土変更や賠償金などを規定

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ポイント②日本の戦後処理
ドイツとは違ってアメリカが単独で管理

<日本の戦後処理>
・東京裁判(極東国際軍事裁判)
・連合国軍総司令部(GHQ)
マッカーサー元帥
日本政府を通して日本国民を間接的に支配。
(米単独支配→アジアの反共の防壁にしたかった。)

・日本の非軍事化と民主化
軍隊の解散、農地改革、財閥解体など

・日本国憲法の発布
(公布)1946年11月3日
(施行)1947年5月3日(→憲法記念日に)

・サンフランシスコ講和会議
日本と連合国との講和条約討論
↓↓
・サンフランシスコ平和(講和)条約(1952)
日本、主権を回復

 


(6)国際連合の設立と戦後経済の再建
ポイント①世界大戦を防ぐための、新たな組織
国際連盟の失敗をいかした集団安全保障体制

<戦後の国際平和構想>
・ダンバートン=オークス会議
米英ソ中の代表により「国際連合憲章」の原案が作成

・ヤルタ会談
常任理事国に拒否権を付与
↓↓
・サンフランシスコ会議(1945)
(※「サンフランシスコ講和会議」とは別物。→これは日本の主権回復の話)
国際連合憲章の発表→国際連合の創設

<国際連合(国連)本部:ニューヨーク>
・総会:加盟各国1票の投票権をもつ多数決制
緊急時は・・
↓↓
・安全保障理事会(安保理)
常任理事国(米英仏ソ中)拒否権を有する

<付属機関>
・経済社会理事会
・国際労働機関(ILO)
・国際司法裁判所
・ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)UNESCO
・世界保健機関(WHO)

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ポイント②戦後の経済秩序の再建!
アメリカが中心となって世界経済の再建を試みる

第二次世界大戦の原因は「世界恐慌」による経済困窮。

<ブレトン=ウッズ国際経済体制>米中心の経済体制
ブレトン=ウッズ会議
・国際通貨基金(IMF)=緊急時。財政破綻。
・国際復興開発銀行(IBRD)=戦後の復興の支援

唯一爆撃を受けていない国はアメリカ
・米ドルと各国通貨の交換比率を固定・・固定為替相場

・ガット(GATT・関税および貿易に関する一般協定)
自由で平等な国際貿易を目指す。ブロック経済はしないように。
↓↓
・世界貿易機関(WTO)へと発展・解消(1995)
自由貿易拡大のためのルールづくり
→経済のグローバル化を促進する

 


・世界史タイトル一覧

 

 

世界史【39】世界恐慌とファシズム諸国の侵略

【39】世界恐慌とファシズム諸国の侵略
(1)世界恐慌の到来
(2)イギリス・フランスの対応
(3)日本の中国侵略
(4)ナチ党の勢力拡大
(5)ナチス=ドイツの動向
(6)ファシズム諸国の協力体制
(7)第二次世界大戦へ


(1)世界恐慌の到来
ポイント①アメリカから始まった恐慌が世界へ波及!!
「暗黒の木曜日」から始まる経済危機

米の繁栄。空前の株式ブーム。

・世界恐慌(1929年10月24日(木))
ブラックサーズデー「暗黒の木曜日」
NY株式市場 ウォール街で株価大暴落
→米で金融恐慌→全世界へ波及
↓↓
・フーヴァー大統領(任1929~1933)
特に対策せず。
フーヴァー=モラトリアム
→欧への支援を1年止める。→欧の経済悪化・・。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②フランクリン=ローズヴェルトの改革!
経済には国家が積極的に介入すべき

フランクリン=ローズヴェルト(民主党)(位1933~1945)
<ニューディール政策>
新規まきなおし。国家の経済介入。

・農業調整法(AAA)トリプルA
農民を救済。生産制限、過剰生産物の政府買い上げ。

・全国産業復興法(NIRA)
企業の救済。労働者の団結権・団体交渉権を承認。

↓↓ 企業を助けるのは憲法違反と言われる。

・ワグナー法
労働者の団結権・団体交渉権を改めて承認

・テネシー川流域開発公社(TVA)
政府が総合開発に着手。公共事業。ダム建設など。
多くの失業者を吸収。

<外交>
・善隣外交(1933)
経済的、政治的な南北アメリカの一体化へ
(強い外交から→友好的な外交へ)

・キューバ独立の承認

・ソ連の承認(1933)
市場になるのでは・・との狙いもあり


(2)イギリス・フランスの対応
ポイント①イギリスは自由貿易路線を止める!?
広大な植民地をもつイギリスが取った方法とは

(英の世界恐慌対策)
<第2次マクドナルド内閣(任1929~1931)>
・労働党(社会主義政党)
・失業保険の削減
労働党の反対で総辞職、除名
↓↓
<マクドナルド挙国一致内閣(任1931~1935)>
恐慌対策
・金本位制停止・・金が国外へ流出するのを防ぐ
(金本位制とは・・紙幣と金との交換が保障されている制度。信用度を保つ。)

・オタワ連邦会議(イギリス連邦経済会議)
イギリスは自由貿易をやめる。自治領と植民地とのみ貿易する。
→ブロック経済の採用
スターリング=ブロック(ポンド=ブロック)
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②フランスの対応はグダグダ!?
恐慌への対策に遅れをとったフランスは・・

(仏の世界恐慌対策)
・フラン=ブロック(英と同じようにした)

国内改革はできず不安定
・小党分立・政局不安定→ファシズム勢力の拡張(反社会主義・反共産主義)

↓↓ ファシズムを押さえ込むために

・人民戦線の結成(反ファシズム)
フランス社会党・急進社会党・フランス共産党
↓↓
・ブルム人民戦線内閣の成立(フランス社会党)





(3)日本の中国侵略
ポイント①日本の軍国主義化
第一次世界大戦後の日本の政治はどうなる!?

金融恐慌に世界恐慌が加わる。軍部が力を持つように。。「持たざる国」の日本は植民地を求めて中国侵略を強める。

<満州事変(1931)>
・柳条湖事件(1931.9.18)
日本の関東軍が奉天郊外で南満州鉄道を自ら爆破。自作自演。中国側の仕業だと言う。
↓↓
さらに満州から目をそらすために・・
↓↓
・上海事変(1932)
日本人殺害事件を口実に、日本の海軍が進出。

↓↓ その間に・・

・満州国の建国(1932)遼東半島の北
執政:溥儀(清の宣統帝)

・リットン調査団の報告
→柳条湖事件は日本の自作自演で侵略。満州建国は認めない。
→日本、国際連盟を脱退(1933)

・五・一五事件(1932)
海軍将校が犬養毅首相を暗殺(政党政治が終わる・・)

・二・二六事件(1936)
陸軍の急進派将校らが重臣・閣僚などを暗殺(高橋是清・大蔵大臣や斎藤実・内大臣など。岡田啓介首相は難を逃れる。)
↓↓
日本は軍国主義へ・・

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②中国では国民党と共産党の対立が進む
共産党の毛沢東が蒋介石に呼びかけたこととは?

中国国内は国共が対立してまとまっていない・・

<長征(大西遷・だいせいせん)>
・国民党の攻撃
→共産党軍の大移動
→毛沢東は本拠地を瑞金から→延安へ。12,500km

・八・一宣言の発表(1935)
国民党へ内戦の停止と抗日民族統一戦線の結成を訴える
→蒋介石は聞かず。
↓↓
・西安事件(しーあん/せいあん/じけん)(1936)
張学良が蒋介石を監禁・説得。
→蒋介石は抗日への姿勢を示す(しぶしぶ)
(※蒋介石はその後も張学良を許さず、WW2後に台湾で張学良をずっと軟禁していたほど。)

・盧溝橋事件(1937.7.7)北京郊外
日本と中国の軍事衝突=日中戦争が始まる
→同時に第2次国共合作の成立

<日中戦争(1937~1945)>
・南京占領→南京事件
→日本は中国各地へと侵略。中国側は劣勢。日本が優勢。

・国民政府(蒋介石)は南京を捨て→重慶へと遷都
→重慶政府(抗日最後の拠点)
VS
・「南京国民政府」の樹立・・日本の傀儡政権
指導者:汪兆銘
(北伐で蒋介石と対立。別ルートを行った)


(4)ナチ党の勢力拡大
ポイント①ドイツ国民を魅了したナチ党の政策!
合法的な手段で政権の獲得を目指すヒトラー

<ナチ党(国民(国家)社会主義ドイツ労働者党)>ファシズム政党
「国民社会主義」の意味・・資本主義で生じた問題を、ロシアのような社会主義ではなく、国家が率先して解決する。独裁権力を使う。ファシズム。

指導者:ヒトラー
・反ユダヤ主義、反共産主義
ユダヤ人は商売、金貸しが多い→貧富の差が拡大している。
・植民地の再分割を目指す
↓↓
・中間層(中産階級)や軍部の支持
↓↓
・突撃隊(SA)
反対派を暴力で打倒。ナチスの私軍。

・親衛隊(SS)
幹部の身辺警護組織
→後にゲシュタポ(秘密警察=スパイ)を創設
反対派を抑圧していく。

・ミュンヘン一揆(1923)→✕失敗
ナチ党のクーデタ
ヴァイマル政府の打倒を掲げ、政権獲得を目指す
(ムッソリーニのローマ進軍のように。)
→鎮圧される。
(ドイツ国民はルールを重んじるため)
→合法的な手段に変えていく

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②ヒトラーの政権獲得。第三帝国の成立
世界恐慌を機に一気に党勢を拡大するナチ党・・

<世界恐慌によるドイツ経済の破綻>
ヴァイマル共和国
・2代ヒンデンブルク大統領(任1925~1934)
世界恐慌の波及
→効果的な対策を打てず、失業者は増加を続ける

・1932年選挙
第1党:ナチス 第2党:社会民主党 第3党:共産党
↓↓
・ヒトラー内閣の発足(1933)
ヒトラーは即座に国会解散宣言
→国会議事堂放火事件
→ドイツ共産党弾圧(解散)→ナチ党に吸収

<第三帝国(1933~1945)>
・全権委任法・・政府に立法権を委ねる
(ヴァイマル憲法が停止。死文化)
(第一帝国:神聖ローマ帝国。第二帝国:ドイツ帝国)

・ヒンデンブルク大統領の死
大統領・首相・党首の全権を掌握
→総統(フューラー)





(5)ナチス=ドイツの動向
ポイント①ナショナリズムを利用した政治
ヒトラー政権が支持された最大の要因とは・・

<経済政策>
・アウトバーン建設・・高速自動車道路網(独ー墺間)
失業者を大量に吸収

・四カ年計画・・軍事最優先の生産活動

<ユダヤ人排斥> ナショナリズムの利用
・ホロコースト・・ユダヤ人大虐殺
各地にゲットー(強制隔離居住区)を設置
強制収容所・・アウシュヴィッツ(ポーランド南部)

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②ヴェルサイユ体制の打破!軍備を拡大するドイツ
国際連盟の脱退後の急激な軍備拡張

<ナチス=ドイツの外交>
・国際連盟の脱退(1933)・・日本についで2番目
・ザール編入・・石炭。住民投票で独領に。独仏国境
・再軍備宣言(1935)・・徴兵制復活(義務兵役)。ヴェルサイユ条約の破棄

<ヨーロッパ諸国の対応>
仏:仏ソ相互援助条約締結
(その後、仏・チェコスロバキア・ソ連が同盟を組む)
→仏は独の再軍備を警戒

英:英独海軍協定の締結(1935)
→英は独の再軍備を容認した。ソ連の社会主義勢力を抑えたい。
→ナチス暴走。
↓↓
・ラインラント進駐(1936)・・仏ソが組んだことに反発。西欧の安全をうたったロカルノ条約破棄


(6)ファシズム諸国の協力体制
ポイント①ファシズム勢力を抑えこめ!
各国の共産党はファシズムを第一の敵とする

ファシズムは反共産・反社会主義
<コミンテルン第7回大会(1935)>
・「味方でないものは敵」→「敵でない者は味方」
各国の共産党はあらゆる反ファシズム勢力と協力
→人民戦線の結成

<スペイン人民戦線の結成(1936)>
・スペイン=ブルボン朝の崩壊
→ファシズム政党が党勢を拡大

・アサーニャ人民戦線内閣
社会主義的改革を実施

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②ファシズム国家の同盟成立
ドイツとイタリアが急接近。一体何が?

独はヨーロッパで孤立している。イタリアが追う。

<ファシズム国家の国際的孤立>
・伊(ムッソリーニ)、エチオピア侵入(1935)
恐慌による国内の経済危機から国民の目をそらすために決行。
(※第1次エチオピア戦争(アドゥワの戦い1896)はエチオピアが勝利し、伊を追い出したが、今回の第2次はイタリアが勝利し、エチオピアを併合した。)

→国際連盟、イタリアに経済制裁を実施
→イタリアも孤立していく・・

↓↓ この内戦をきっかけに独・伊が仲良くなる

<スペイン内戦(1936~1939)>
・アサーニャ人民戦線内閣(社会主義)
→軍人フランコの反乱(ファシズム支持)
↓↓
ファシズム(フランコ側)ドイツ・イタリア
VS
社会主義(アサーニャ側)ソ連、国際義勇軍(米:ヘミングウェー)↓↓
・不干渉政策
英・仏など20カ国は内政不干渉を宣言。
→「独伊ファシズムはソ連の社会主義を倒してくれるのでは・・」という浅はかな期待を持つ・・

↓↓ 怒られないな・・

・ベルリン=ローマ枢軸の成立(独と伊の同盟)
・三国防共協定の成立(日独伊)
「防共」=「防ぐ。共産、社会主義を」

英仏「日独伊でソ連を囲んでる・・!つぶしてくれるかも」
独伊「防共と言えば何をしてもいいんだな」→悪い自信を付けてしまう。

→イタリア国際連盟脱退(1937)3番目の脱退

ドイツ空軍のゲルニカ(バスク地方の町)無差別爆撃
ピカソ『ゲルニカ』を描いて抗議

・首都マドリード陥落
〇フランコ独裁政権(ファシズム政権)の成立
✕アサーニャ人民戦線内閣(社会主義)





(7)第二次世界大戦へ
ポイント①暴走するヒトラーを放置する英・仏
領土拡大に動くナチス=ドイツを黙認する理由は?

スペイン内戦で自信をつけたヒトラー、さらに暴走・・
<ドイツ人地域への進出>
・オーストリア併合(1938.3)同じゲルマン民族だから
ヴェルサイユ条約やサン=ジェルマン条約で禁止されているのに、誰にも文句を言われない

・ドイツがズデーテン地方(チェコスロバキア・ドイツ系住民多い)の割譲を要求→チェコスロバキアは拒否
↓↓
<ミュンヘン会談>(1938.9)
・英:ネヴィル=チェンバレン
・仏:ダラディエ
・独:ヒトラー
・伊:ムッソリーニ
(※ソ連、チェコスロバキアの代表は未招集)

・宥和(ゆうわ)政策・・独に譲歩。英仏はヒトラーの要求を受諾。(=防共を期待しているため)
↓↓
・ドイツ、ズデーテン地方を併合
英「これが最後だよ」独「分かった」

↓↓ と言いつつ暴走は止まらない

・チェコスロバキア解体

ーーーーーーーーーーーーーーーー
ポイント②世界に激震!ドイツがある国と同盟を締結!
第二次世界大戦へと突入するヨーロッパ

<ダンツィヒ・ポーランド回廊の割譲要求>
・ポーランドは英仏の支援を期待して拒否

↓↓独「ポーランドを攻めたらソ連が来るな。戦うより利用してやれ」

・独ソ不可侵条約の締結(1939.8)
(2国の思惑)
ドイツ・・両面戦争(仏とソ連に挟みうち)の回避
ソ連・・英仏への不信感
↓↓
世界が衝撃!
(日本、35代平沼騏一郎「欧州の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じた。」総辞職(日独伊で防共するんじゃないの?共の親玉のソ連とくっつくの?))
↓↓
・ドイツ、ポーランド侵攻(1939.9.1)
→第二次世界大戦の開始

 


・世界史タイトル一覧