07_平安時代 – ページ 9 – 歴史note

コミック『応天の門』10巻

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コミック『応天の門』10巻



李白「山中問答」
大内裏 談天門
渤海
・鴻臚館(こうろかん)・・外交のための迎賓館。平安京(京都)、難波(大阪)、筑紫(福岡)の3ヵ所に設けられた。

・胡人(こじん):中国から西の諸民族の呼び名。西域人。

・波斯(はし):中国におけるササン朝ペルシアの呼称。現在のイラン。

左馬寮(さまりょう)

・葬送の地。
化野(あだしの)、鳥辺野(とりべの)、蓮台野(れんだいの)

 

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コミック『応天の門』9巻

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コミック『応天の門』9巻



弘法大師由来の長岡精舎
(「精舎」は出家修行者がとどまって修行する堂舎)

官家が管理している。

「勧学院の雀は蒙求を囀る」(かんがくいんのすずめは、もうぎゅうをさえずる)=「門前の小僧、習わぬ経を読む」

・「蒙求(もうぎゅう)」・・中国故事を集めた初学用の教科書。徳川家康も愛読。

・「大学別曹(だいがくべっそう)」・・平安貴族が師弟のために建てた寄宿舎兼教育施設。
「勧学院」・・藤原冬嗣が創設。藤原氏。
「奨学院(しょうがくいん)」・・在原行平が創設。

 

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コミック『応天の門』8巻

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コミック『応天の門』8巻



・暦について
日本初の暦は6世紀(554年)、百済からの暦博士にもたらされた。

862年(貞観4年)から使われたのが「宣明歴(せんみょうれき)」。

織田信長は「宣明歴」を「三島暦」に変えるように朝廷に迫ったので、朝廷は本能寺の変を引き起こしたという説もある。

「宣明歴」は862年から1684年まで800年以上使われた。

江戸時代の1685年に渋川春海により「貞享暦(じょうきょうれき)」という和暦が作られ、以降使われるようになる。(『天地明察』小説、コミック、映画)

陰陽道。天文学。
暦道(れきどう)。
陰陽寮(おんみょうりょう)。陰陽師。

平安時代の従者。

内教坊(ないきょうぼう)
妓女(ぎじょ)

 

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