戦国時代 – 歴史note

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(29)「天下への道」(2026/7/26放送)

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2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(29)「天下への道」(2026/7/26放送)

【あらすじ】織田信孝(結木滉星)から明智討伐の差配を任された秀吉(池松壮亮)。焦らず敵を追い詰め、光秀(要 潤)を生け捕りにすべきと考えるが、信長を失った織田勢の足並みはそろわず、逸(はや)った高山右近(市川知宏)らが敵陣に攻め入る。小一郎(仲野太賀)は初陣の与一郎(大西利空)を残し、自身は援軍として戦場へ。だが与一郎は、刺客から信孝を守って負傷してしまう。一方、小一郎は秀吉に、どうしても光秀と話したいと頼まれ…。(ーNHK公式サイトより)


・天正10年(1582年)6月
<本能寺の変の後>
・北畠(織田)信雄(のぶかつ)(信長次男)
・織田信孝(のぶたか)(信長三男)と丹羽長秀

・山崎の戦い
明智軍・勝龍寺城(しょうりゅうじじょう)

中川清秀(茨木城)、高山右近(高槻城)は織田側に付いた。
池田恒興。

織田家は信雄(次男)と信孝(三男)で割れる。

・家康は三河・岡崎城に戻った。明智討伐には参加せず、甲斐・信濃を守る。

・越前・北庄城
柴田勝家、上杉が落ち着いたので京に戻ろうとするも、すでに時遅し。秀吉が戻っていた。

・天正10年(1582年)6月13日
山崎の戦い

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「豊臣兄弟!紀行」(29)

・山崎合戦古戦場(京都府・大山崎町)
山城と摂津の国境。小泉川。川を挟んだ総力戦へ。
明智方1万6千、織田方4万。敗戦の色が濃くなった明智光秀は勝龍寺城から抜けだしたが、その道中非業の最期を遂げたといわれている。

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(28)「急げ!秀吉」(2026/7/19放送)

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2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(28)「急げ!秀吉」(2026/7/19放送)

【あらすじ】信長を討った光秀(要 潤)は家臣の斎藤利三(内藤剛志)に、小一郎(仲野太賀)を捕らえるよう指示。京に潜伏する小一郎は、備中の秀吉(池松壮亮)と、家族のいる長浜に急を知らせるとともに、畿内周辺の諸将が明智方につかないよう足止めをはかる。事態を知った家康(松下洸平)、勝家(山口馬木也)らもそれぞれの思惑で動く中、秀吉は信長の生存を信じ、毛利との和睦を急ぐ。そしてついに“中国大返し”が始まる!!(ーNHK公式サイトより)


・天正10年(1582年)6月
<本能寺の変のあと>
・京都
小一郎、浅野長吉、前野長康、藤堂高虎
信忠のなきがらも見つからず。

・摂津・住吉
織田信孝(信長の三男)、丹羽長秀。
四国攻めに行く途中だった。

・摂津・大坂城
織田信澄、謀反。明智側に付く。

・堺・津田宗及(つだそうぎゅう)の屋敷
徳川家康。本多忠勝、石川数正。
伊賀越えはせず、海路で三河・岡崎城に戻る。

・美濃・岐阜城
お市。気を失う。

・北近江・長浜城
羽柴家。
城を捨てて逃げるよう、浅野長吉が指示。
平野長泰、副田(そえだ)甚兵衛、石田三成。
長尾弥兵衛(ともの夫)
羽柴与一朗(小一郎の嫡男)

・一縷の望み(いちるののぞみ)
ごくわずかな望み。

・備中・高松城・秀吉
本能寺の変の2日後。毛利と和睦。
和睦の条件を緩める。備中、美作、伯耆の3ヶ国を織田側へ。
城主・清水宗治の切腹。
中国大返し。

・越中・魚津城
柴田勝家。前田利家。佐々成政。
上杉攻めの途中。
柴田は今すぐに明智を討ちに帰りたいが
上杉に背後を襲われるので、すぐには帰れない。

・近江・安土城
明智が入る。
細川、筒井、中川、高山、長宗我部から返信は来ず。
丹波・宮津城・城主 細川藤孝

備中から姫路城まで2日で入った。
小一郎は尼崎城で合流せよと指令。

・山城 下鳥羽 明智の陣
細川藤孝は出家し、忠興に家督を譲る。
明智軍は朝廷から織田に代わって畿内を守ることを託された。
勝龍寺(しょうりゅうじ)城へ。

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「豊臣兄弟!紀行」(28)

・備中高松城跡(岡山県・岡山市)
周囲の沼地を利用した難攻不落の城。秀吉はその立地を逆手にとり、堤防を築き水攻めを行う。

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(27)「本能寺の変」(2026/7/12放送)

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2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(27)「本能寺の変」(2026/7/12放送)

【あらすじ】信澄(緒形敦)は光秀(要潤)に信長(小栗旬)への積年の思いを打ち明ける。光秀は驚愕しつつも、表沙汰にしないことを決める。一方、備中で毛利攻めの任にあたる秀吉(池松壮亮)は、戦の総仕上げのために信長を連れてくるよう小一郎(仲野太賀)に依頼する。折しも安土城では信長が家康(松下洸平)を接待していたが、食事に毒が盛られていたことが発覚。饗応役の光秀が首謀者をかばっていると察した信長は逆上する。(ーNHK公式サイトより)


信澄は信長を討つことが悲願だと告白。

・天正10年3月
甲斐・武田家、滅亡。

柴田勝家は上杉攻めへ。
信孝は四国攻め。

・備中・高松城
秀吉、水攻め。
高松城主・清水宗治の切腹。
秀吉は馬印をひょうたんにしている。

・安土城で信長は家康の饗応・もてなし。
家康の正妻・築山殿(つきやまどの)と、嫡男の松平信康は、信長からの謀反の疑いで命を落とす。

・信長と小一郎
信長は6月4日、本能寺から備中へ向かうと告げる。

・天正10年5月29日
信長はわずかな供回りを連れて本能寺に入る。

・明智光秀
家臣・斎藤利三。
公方様に断られて信長襲撃を決意。

・本能寺の変
天正10年(1582年)6月2日早朝。
白の桔梗門。明智の軍勢。
信長、没。

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「豊臣兄弟!紀行」(27)

・本能寺跡(京都府・京都市)
大規模な城郭寺院で防御の堅いこの寺を、信長は宿所として利用していた。本能寺の変のあと、場所を変えて再建された。

現在では信長ゆかりの品々が展示されている。

香炉「三足の蛙」。
事件の夜、蛙が突如鳴き出し、異変を知らせたと言われる。

・阿弥陀寺(寺町)
信長の墓所。僧侶、清玉(せいぎょく)が信長を密かに埋葬したともいわれる。
近年、明智光秀は京の南、鳥羽にいたという説もある。

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(26)「信長を笑わせろ!」(2026/7/5放送)

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『豊臣兄弟!』(26)「信長を笑わせろ!」(2026/7/5放送)

【あらすじ】信長(小栗 旬)は、長宗我部元親(磯部寛之)との約束を翻し、労せずして阿波と讃岐を手中に収める。元親は激怒し、間を取り持った光秀(要 潤)は苦しい立場に陥る。そんな中、信長は甥(おい)の信澄(緒形 敦)が長宗我部と内通して謀反を企てていると疑い、蟄居(ちっきょ)を命じる。光秀から事の顛末(てんまつ)を聞き、信長の苦しみを察した小一郎(仲野太賀)と秀吉(池松壮亮)。羽柴家一同である計画を立て、信長と市(宮﨑あおい)を長浜城に招く。(ーNHK公式サイトより)


・天正9年(1581年)
近江・安土・桑実寺(くわのみでら)(藤原鎌足の子、定恵(じょうえ)が創建)
信長は阿波の三好一族の願いを受け入れ、長宗我部の四国統一を翻す。
三好康長。

四国担当は明智光秀から→織田信孝(信長三男)に変えられる。
今井宗久に鉄砲を依頼。
※三宗匠(さんそうしょう)・・今井宗久(そうきゅう)、津田宗及(そうぎゅう)、千利休

一行は賊に襲われ、織田信澄(のぶずみ)(信長の弟・信勝の子)が信長を守りケガをする。

・秀吉、鳥取攻め終了。次は備中。秀吉は茶会、茶の湯を希望する。秀吉と光秀には茶会を許されている。

・信澄が長宗我部と通じていたと、信長は謀反を疑う。信澄は談判していただけと弁明。

・羽柴秀勝
秀吉の養子。信長の五男。

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「豊臣兄弟!紀行」(26)

・末森城跡(愛知県・名古屋市)
織田信勝(信長の弟)の子、信澄(のぶずみ)は、柴田勝家の元で養育された。興福寺の僧侶の日記『多門院日記抄』には「一段の逸物(いちぶつ)なり(並外れた器量の持ち主)」と記されている。琵琶湖を囲むように建てられた4つの城の一つ、大溝城(おおみぞじょう)の城主となる。

____________
_______/_琵__/ ▲長浜城(秀吉)
_ 大溝城▲ /_琶__/
_(信澄) /_湖__/
___ _/____/ ▲安土城(信長)
坂本城▲ /___/
(明智)

 

日本史【22】戦国時代・都市(中世ー11)

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日本史【22】戦国時代・都市(中世ー11)

<都市(港町)>
・港町
①十三湊(とさみなと)(陸奥)
対蝦夷(えぞ)貿易の拠点
②兵庫(摂津)
もと大輪田泊
③草戸千軒町(くさどせんげんちょう)(備後/広島)
1673年 洪水で水没

・自由都市
④堺(和泉)
36人の会合衆によって運営
⑤博多(筑前)
12人の年行司によって運営

<都市(城下町)>
・城下町
①小田原:北条氏
②府中:今川氏
③一乗谷:朝倉氏
④山口:大内氏→陶氏→毛利氏
⑤豊後府内(豊後):大友氏
⑥鹿児島(薩摩):島津氏

・寺内町(じないまち/ちょう)
寺を中核に発展。一向宗が多い。お寺の中に町があり一体化。
①吉崎(越前)・・蓮如
②石山(摂津)
③富田林(河内)
④山科(山城)

・門前町(もんぜんまち/ちょう)
寺や神社の門前に発展。
①長野(信濃・善光寺)
②坂本(近江・延暦寺)・・正長の土一揆、坂本の馬借。
③宇治・山田(伊勢神宮/三重)
(※京都の宇治ではない)

<戦国大名の諸政策>
①寄親・寄子(よりおや・よりこ)の制
国人や地侍を家臣とし、武将を親、家臣を子とする擬制的親子関係。

②指出検地(さしだしけんち)
土地を調査して提出させる(自己申告制)。

③貫高制 (かんだかせい)
土地からの「年貢収入」を銭(単位:1貫=3.75kg)で表す。軍役も課す。貫は重さの単位で、銭の単位にもなっていく。
(⇒後に秀吉の「太閤検地」と「石高(こくだか)制」に変わっていく。)

④分国法
領国(分国・ぶんこく)支配のために制定。家法(かほう)、壁書(かべがき)ともいう。

⑤下剋上
下の者が上の者に実力で打ち勝ち、地位を奪う。

<戦国大名>
☆東北
・陸奥・・伊達稙宗(だてたねむね)
『塵芥集(じんかいしゅう)』

☆関東
・伊豆/相模・・北条早雲(後北条氏・ごほうじょうし)
幕府の役人だった早雲は、伊豆で堀越公方(足利政知・6代義教の子)を滅ぼし、伊豆・相模を平定。
(城下町:小田原)
『早雲寺殿 二十一箇条(そううんじどの にじゅういっかじょう)』

☆中部
・越後・・上杉謙信
長尾景虎が関東管領・山内上杉氏を継ぐ

・甲斐/信濃・・武田信玄
『甲州法度之次第(こうしゅうはっとのしだい)』(信玄家法)
信玄堤(水害対策)

・駿河/遠江・・今川義元
『今川仮名目録(いまがわ かなもくろく)』
(城下町:府中)

・越前・・朝倉孝景『朝倉敏景 十七箇条』
(城下町:一乗谷)

・尾張・・織田信秀(信長の父)

☆近畿
・近江・・浅井(あざい)長政

☆中国
・周防・・大内義隆(よしたか)→「寧波の乱」(1523年)で細川氏に勝ち、日明貿易で栄えた大内氏。「応永の乱」(1399年)で義満に討たれたのは大内義弘(よしひろ)。
(城下町:山口)
1551年 陶晴賢(すえはるたか)が大内氏を滅ぼす。
1555年 毛利元就が陶氏を滅ぼす。 中国統一。
→後に長州藩(長門)となっても幕末まで毛利氏は出てくる。

☆四国
・讃岐・・三好長慶
1549年 将軍、管領を追放し、京都を制圧。
1563年 松永久秀に実権を奪われる。

・土佐・・長宗我部元親
『長宗我部元親 百箇条』

☆九州
・豊後(大分)・・大友義鎮(よししげ)宗麟。
ザビエルが来る。キリシタン大名。
(城下町:府内)

・薩摩・・島津貴久(たかひさ)
(城下町:鹿児島)
ザビエルが来る。