戦国時代 – ページ 2 – 歴史note

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(25)「変事の予兆」(2026/6/28放送)

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『豊臣兄弟!』(25)「変事の予兆」(2026/6/28放送)メモ

【あらすじ】信長(小栗 旬)の新たな城・安土城が完成。祝宴の場で信長は、家臣たちに相撲を取るよう提案し、若き近習・森乱(市川團子)の相手に、なぜか林秀貞(諏訪太朗)や佐久間信盛(菅原大吉)、安藤守就(田中哲司)ら長老格の重臣を指名する。余興と思いきや、あえなく敗北した3人に、信長は問答無用で追放を言い渡す。小一郎と秀吉(池松壮亮)がその理不尽な行動の理由を探ると、光秀(要 潤)が信長の真意を語りだす。(ーNHK公式サイトより)


・北近江・長浜城にて
羽柴家。
龍野城は西播磨の守りの要。普請をする。
蜂須賀正勝が城主に。

・天正8年
安土城完成。
・織田信忠(信長嫡男)
・織田信雄(のぶかつ/のぶお)(信長次男)
・織田信孝(信長三男)
・織田信澄(のぶずみ)(信長の弟・信勝の子)

「お初に御意を得まする」
土佐国主・長宗我部元親
四国を切り取り中。四国統一を目指す。

・前田利家
・滝川一益
・池田恒興

・森乱(信長の近習・森可成の子)

信長に指名され追放される
・林 佐渡守 秀貞
・筆頭家臣・佐久間信盛
・安藤 伊賀守 守就

・安藤家の所領は稲葉良通(一徹)のものになった。嫡男の安藤定治は武田と通じていた。

・佐久間信盛は高野山へと入った。林秀貞は山城国へ身を潜めたが、2ヶ月後に亡くなる。

・天正9年2月
信長は京都で馬揃えを行なう。

・信長は長宗我部の四国統一を認められないと意見を翻す。説き伏せるよう明智に命令。

・将軍義昭から信長を討てと手紙が来る。

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「豊臣兄弟!紀行」(25)

・安土城跡(滋賀県・近江八幡市)
信長が天下一統の礎として築いた安土城は、完成からわずか3年で焼失した幻の城。

三重塔。城跡は信長の菩提寺・摠見寺(そうけんじ)により守られてきた。

令和の大調査で本丸取付台(本丸と天守をつなぐ新たな建物跡)が発見された。意図的に石垣を破壊した破城の痕跡が生々しく残されている。秀吉によるものだとされている。
(JR「安土」下車 徒歩25分)

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(24)「軍師官兵衛!」(2026/6/21放送)

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『豊臣兄弟!』(24)「軍師官兵衛!」(2026/6/21放送)メモ

【あらすじ】村重(トータス松本)に幽閉されて1年、官兵衛(倉 悠貴)は心身共に限界を迎えていた。籠城を続ける村重と織田軍の戦は膠着(こうちゃく)状態にあったが、小一郎(仲野太賀)が兵糧の補給路を断つことに成功。妻・だし(山谷花純)の説得で、村重はついに投降を決意する。信長(小栗 旬)への取り次ぎを任された小一郎は、だしに官兵衛への伝言を託す。無駄な血を流さず戦が終わると思われたやさき、驚きの事態が! 状況は一変し――。(ーNHK公式サイトより)


天正6年(1578年)10月
・秀吉が三木城攻め(別所長治の居城)
兵糧攻め。
福島正則ら、初陣。

・有岡城攻め(荒木村重の居城)
織田信忠(信長の長男)
池田恒興
滝川一益
織田信澄

村重逃亡。家臣、一族は始末される。

・三木城軍略。
力攻めしろという信忠に対して、官兵衛は「別所は播磨で慕われている。力攻めで落としてもそのあと国衆が付いてこない。」と説得。

天正8年1月
三木城城主・別所長治が切腹。家臣は助かる。

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「豊臣兄弟!紀行」(24)

・姫路城(兵庫県姫路市)
黒田官兵衛尉義孝(くろだかんべえのじょう よしたか)。西播磨を治めていた小寺の重臣として仕えていた。(御着城)。

官兵衛は姫路城を秀吉に献上する。秀吉は三重天守の巨大な城に作り変えた。

・福岡城跡(福岡県福岡市)
官兵衛は息子の黒田長政と共に、福岡の町の礎を築いていく。

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(23)「さらば半兵衛」(2026/6/14放送)

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『豊臣兄弟!』(23)「さらば半兵衛」(2026/6/14放送)メモ

【あらすじ】荒木村重(トータス松本)が謀反を起こした。独断で村重の説得に向かった官兵衛(倉 悠貴)は、捕らわれの身となってしまう。官兵衛が裏切ったという噂(うわさ)が流れる中、信長(小栗 旬)から、長浜で寧々(浜辺美波)が預かっている官兵衛の子を始末しろという命令が。半兵衛(菅田将暉)は、ためらう秀吉(池松壮亮)と小一郎(仲野太賀)に、幼い命を救う策を提案。だが、差配を任され長浜へ向かう半兵衛の胸には別の思惑があった。(ーNHK公式サイトより)


・毛利家
毛利家当主:毛利輝元
毛利家一門衆:小早川隆景
毛利家一門衆:吉川元春
毛利家外交僧:安国寺恵瓊
備前岡山城主:宇喜多直家

毛利家は領国安泰のために動く。それが父・毛利元就の教え。

・摂津・有岡城・荒木村重
明智光秀が説得に来るが、村重は応じず。

次に官兵衛も説得に来るが、捕まってしまう。
官兵衛も裏切ったと噂を流される。

信長は、人質の松寿丸(官兵衛の息子)を始末するよう命令。
半兵衛がその役を引き受ける。

松寿丸は長浜城(北近江)でねねに育てられていた。
安藤守就(もりなり)(慶の父)。

半兵衛は秀吉に責任が行かないように、自分が罪をかぶる(始末する)つもりだったが、小一郎の説得や、生まれた子を抱いたことで気持ちが変わり、結局、最初の策どおり、病気で亡くなった子を身代わりに出した。

信長に挨拶にいく。
「上様。これでお別れでござりまする。」
「竹中半兵衛、大義であった。」

・三木城を攻める秀吉の陣にて。
宇喜多直家が寝返る。毛利から織田側に付く。
(生野銀山の銀が調略に使われた。)

竹中半兵衛、没。(享年36)

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「豊臣兄弟!紀行」(23)

・三木城跡(兵庫県三木市)
天正6年、別所長治は織田から離反。壮絶な戦の場となる。秀吉軍は城を囲むように、山の稜線に沿って付け城を築き、平井山に本陣を置いた。

平井山の麓に、この戦のさなか病死した竹中半兵衛の墓がある。「秀吉は悲しみ劉備が孔明を失ったよう」という記述がある。

「秀吉限りなくかなしひ 劉備 孔明を失ひしに異ならず」
竹中重門(半兵衛の子)著『豊鏡』

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(22)「播磨大誤算」(2026/6/7放送)

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『豊臣兄弟!』(22)「播磨大誤算」(2026/6/7放送)メモ

【あらすじ】
一度は播磨を手中に収めたかに見えた秀吉(池松壮亮)だったが、半兵衛(菅田将暉)の悪い予感が的中。服属したはずの国衆たちが反旗を翻し、呼応して毛利・宇喜多も挙兵する。しかも折悪く半兵衛の体調が悪化し、秀吉は味方を見捨てて撤退することに。自責の念にさいなまれる秀吉は、ある夜、足を踏み外して頭を打ち、なんと記憶をなくしてしまった! 小一郎(仲野太賀)は、秀吉の記憶を取り戻そうと手を尽くすが……。(NHK公式サイト)


・天正5年10月
秀吉・播磨出兵
国衆を次々と味方につけていた。
東播磨最大が別所氏。三木城。

・天正5年12月
尼子勝久、家臣・山中幸盛(鹿之助)。
毛利に滅ぼされるも再興をかける。上月城。

・三木城・別所長治が謀反。
織田側の加古川城を攻める。
高砂、志方(しかた)、神吉(かんき)、明石も味方。

・毛利・宇喜多が西播磨・上月城を攻める。
尼子軍
♪人の世は夢のまた夢 これ一定 楽しきも醒めやることも これ一定
(人の世は夢のようなもの。これが真実なのだ。楽しいことも、いつかその夢から醒めることも、またしかり・・。)

・囲碁で勝った半兵衛が、官兵衛に(真の)味方になってほしいと頼む。
「わしがそなたなら・・いったん織田について毛利を弱らせ、期を見て織田も滅ぼして、自分がのし上がる。それが一番面白い」と、官兵衛の本音を見抜く。

 

・上月城に織田の援軍は来ず。尼子は切腹。山中も討ち取られる。
秀吉軍は書写山 円教寺(えんぎょうじ)に。

・荒木村重(有岡城)、信長に毛利と通じていると疑われる。
(荒木家与力)
摂津・茨木城主・中川清秀
摂津・高槻城主・高山右近
の二人が、毛利家の安国寺恵瓊を連れてきてしまう。
→疑いが本当になってしまう・・。

荒木村重、謀反・・!

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「豊臣兄弟!紀行」(22)

・書写山・圓教寺(しょしゃざん・えんぎょうじ)(兵庫県・姫路市)
天台宗の別格本山として、平安中期の僧侶、性空上人(しょうくうしょうにん)が開いた古刹(こさつ)(古い由緒のある寺)。「西の比叡山」とも称された。

食堂(じきどう)に「羽柴小一郎」という文字が刻まれている柱が残る。

 

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(21)「風雲!竹田城」(2026/5/31放送)

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『豊臣兄弟!』(21)「風雲!竹田城」(2026/5/31放送)メモ

【あらすじ】
秀吉(池松壮亮)と小一郎(仲野太賀)は、荒木村重(トータス松本)に代わって織田と毛利の間で揺れる播磨の攻略に当たる。難しい任務と思われたが、村重の仲介で出会った姫路城代・小寺官兵衛(倉 悠貴)は、見事な手腕で播磨の国衆を織田方につけてみせる。半兵衛(菅田将暉)の案で、秀吉はさらに西方へ兵を進めることを決め、西播磨へ。一方、小一郎は但馬の竹田城攻めを任され、初めて総大将として戦に臨む!(NHK公式サイト)


・秀吉・播磨出兵
摂津・有岡城主・荒木村重が2年前から攻略を進めていた。
地元の国衆を味方につけ毛利攻めの準備していた。

国衆:在地領主。地元の殿様。(例えるなら戦国大名が大企業、国衆が地元の中小企業。国衆にとって戦国大名はお得意様ではあっても上司ではない。)

加藤清正、福島正則。
石田三成を侍女が取り合い。播磨をめぐって、織田と毛利が取り合いしているよう。
播磨は、赤松、別所、小寺らなど国衆が存在。織田派と毛利派で対立。

摂津・有岡城
荒木村重
摂津・茨木城主・中川清秀
摂津・高槻城主・高山右近

中川と高山は秀吉に反対。
村重としては今まで築いてきた国衆とのつながりを使って、筑前に貸しを作れたら、それでいいと考える。

・天正5年10月
播磨 姫路城 城代
小寺官兵衛尉孝高(こでらかんべえのじょうよしたか)
(黒田官兵衛)

官兵衛が秀吉のいい噂を播磨中に流して織田側に付くように攻略。

姫路城を秀吉に明け渡す。
主の小寺政職(こでらまさもと)にも話を通している。
赤松、別所にも織田方に付くように計らっている。

赤松には、別所(三木城)と毛利が通じて播磨を手に入れようとしていると言い、
別所には逆を言い、お互いに織田に守ってもらうしかないとなっている。

竹中半兵衛は、すべての国衆に人質を出させようとする。
まず官兵衛の嫡男、松寿丸を織田の人質に出す。

その後国衆が、秀吉の元に出仕(挨拶)に来るが、三木城・別所長治は来ず。叔父の別所賀相(よしちか)が代わりに来る。

・三木城
当主・別所長治
後見人・叔父1・別所賀相(よしちか)
後見人・叔父2・別所重棟。(しげむね)

当主の長治と叔父2重棟は織田側、叔父1賀相は毛利側の考え。

秀吉は、別所賀相に12の城を壊すよう命を出す。受け入れたくない感じ・・。

半兵衛は、西へ進んで、上月城(こうづきじょう)を手に入れることを提案。

・上月城
播磨・備前・美作の国境にある。
城主・赤松政範(まさのり)(毛利・宇喜多方)
毛利の最前線。

・天正5年11月
秀吉は上月城に向けて西播磨へ進軍。
途中の福原城。

小一郎は但馬攻め・総大将に。
前野長安など。

・竹田城(但馬)
空に浮かぶ城。
但馬国主・山名家家臣・太田垣 輝信(おおたがき てるのぶ)
生野銀山(いくのぎんざん)も押さえている。

朝もやは昼と夜の暑さと寒さの違いでできる。
朝もやができないよう、かがり火をたく。

敵が水を汲みに来たところを押さえて城を落とす。
小一郎が初めて城代となる。

太田垣輝信は山名のいる有子山まで送り届ける。
城の修繕は高虎に任せる。
生野銀山も押さえられた。

・上月城は秀吉が落とす。
尼子勝久、山中幸盛が入った。

その際、斬首、女子供もはりつけ、串刺しなどをして、西との国境にさらした。
凄惨な場になった。

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「豊臣兄弟!紀行」(21)
但馬国(兵庫・北部)

・生野銀山(兵庫・朝来市)
室町時代に本格的な採掘が開始。但馬・守護の山名氏から、重臣・太田垣氏の手に渡る。その後、織田、豊臣、徳川の直轄の銀山として栄えた。昭和48年閉山。

・竹田城跡(兵庫・朝来市)
天空の城。但馬攻略の際、秀長が落とした。『信長公記』には秀長が城代として城の修築を行なったと残されている。

現在の縄張りや石垣はその後の赤松氏のもの。