戦国時代 – ページ 4 – 歴史note

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(15)「姉川大合戦」(2026/4/19放送)

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『豊臣兄弟!』(15)「姉川大合戦」(2026/4/19放送)メモ

[話]
・金ヶ崎城の退き口のあと、明智十兵衛尉光秀(あけちじゅうべえのじょう みつひで)が家臣として織田家に加わることになる。十兵衛。

鉄砲の弾、硝石(しょうせき・硝酸カリウム)

・小谷城。
浅井家家臣・宮部継潤。
織田の間者。「お市は浅井側に付いた」と言って命をかけて守る。

・浅井討ちの戦略。
小谷城をいきなり攻めるのではなく、周囲の根城を一つずつ潰していく。
苅安城(かりやすじょう)、長比城(たけくらべじょう)を調略。
そして横山城を攻め落とす。長政が出てくるのを待つ。

・万丸(よろずまる・後の豊臣秀次)。姉ともの子。

・信長は徳川にも援軍を要請。三河・岡崎城。遅参。

・将軍。援軍は出さない。奉公衆・三淵藤英、和田惟政。

・元亀元年(1570年)6月19日
北近江へ。浅井・小谷城の前の虎御前山(とらごぜやま)に陣を構える。
城下を焼き払い、横山城を攻める。

朝倉の援軍は朝倉義景(よしかげ)(御屋形様)ではなく、一門の景健(かげたけ)が来る。

御屋形・・幕府から「屋形号」という名誉ある称号を許された守護大名や、家臣が主君を敬って呼ぶ尊称。足利一門、細川家の他に、朝倉義景、上杉謙信、武田信玄、今川義元、北条、大友、毛利など。

・姉川の戦い
元亀元年(1570年)6月28日
朝倉・浅井1万3000 VS 織田・徳川2万1000

織田軍の勝利


「豊臣兄弟!紀行」(15)

・「姉川」(滋賀県・長浜市)
伊吹山地から琵琶湖へ注ぐ川、姉川。
古戦場跡は血原(ちはら)と呼ばれる。
『姉川合戦図屏風』福井県立博物館

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(14)「絶体絶命!」(2026/4/12放送)

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『豊臣兄弟!』(14)「絶体絶命!」(2026/4/12放送)メモ

[話]
朝倉・浅井が出陣。
・北近江・小谷城
浅井長政
浅井家重臣・遠藤直経

・越前・一乗谷館
越前国主・朝倉義景
朝倉一門衆・朝倉景鏡

越前・金ヶ崎城

・信長の怒りで評議は混乱。
藤吉郎が己の足を刀で突いて騒ぎを静め、殿(しんがり)を申し出る。

前田利家が藤吉郎のために、つわものの家臣を残していく。

浅野長(長政。ややの夫。後の五奉行の一人)が藤吉郎の傷を気遣う。

 

・藤吉郎の一団が、しんがりを見事務めあげる。

・京都で信長が待つ

謡曲(能)
「命ながらへて、常磐(ときわ)の松のいろもよくよく」
めでたい歌詞


「豊臣兄弟!紀行」(14)

・「金ヶ崎城(かねがさきじょう)」(福井県・敦賀市)
朝倉氏の重要な城。信長はこの城を攻略し、越前侵攻の拠点とした。

浅井の離反で撤退。しんがりを秀吉が務める。
撤退戦は「金ヶ崎の退き口(のきぐち)」と呼ばれる。

・「信長の隠れ岩」(滋賀県・高島市)
秀吉に背後を任せ、信長は若狭街道から朽木へ。

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(13)「疑惑の花嫁」(2026/4/05放送)

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『豊臣兄弟!』(13)「疑惑の花嫁」(2026/4/05放送)メモ

[言葉]
・調練(ちょうれん)・・軍事の練習。

[話]
・慶(ちか)が小一郎に嫁いでくるが、心は閉ざしたまま。

・岐阜城。信長の元に明智が来る。公方様が元亀に年号を変える話になったが信長は受け入れず。
↓
永禄13年。信長は将軍義昭に対して「五カ条の要望」を送りつけた。(「大名とのやりとりは全て自分を通すように」など)。義昭は受け入れたが、内心は怒り心頭。
奉公衆
– 三淵藤英(みつぶち・ふじひで)
– 和田惟政(わだ・これまさ)
– 細川藤孝(ほそかわ・ふじたか)

・近江・常楽寺にて
義弟・浅井長政と相撲を取る信長。

公方様の命で信長は若狭へ出陣。石山城の武藤友益(むとうともます)を討つ。武藤は朝倉と通じている。本当の狙いは朝倉討伐。

浅井長政は覚悟していたと。

信長は、浅井は近江を動かず、織田の後方の守りを務めるよう進言。万福丸(浅井の嫡男)を助けると約束する。

・永禄13年4月
総勢3万の幕府軍を率いて若狭へ進軍。徳川軍も一緒。

・松永久秀が織田との結びつきを強めたいので、小一郎に娘をもらってくれというが断られる。

 

小谷城・浅井家の評定

浅井家重臣
・宮部継潤
・遠藤直経

そこに父・浅井久政と、朝倉家一門衆・朝倉景鏡(あさくらかげあき)が入ってきて、浅井長政のどちらにも付ないという意見に反対する。

千載一遇・・絶好の機会

浅井の評定のことの次第を、忍びがお市に知らせる。

・越前(福井)
朝倉討伐開始。次々に城を落とし、金ヶ崎城にも入る。朝倉の本拠地、一乗谷(いちじょうだに)まで1日の距離まで来た。

信長が藤吉郎に万福丸を助け出すように言っているところに、柴田勝家が急いで来る。。浅井長政、謀反の知らせ。。!

 


「豊臣兄弟!紀行」(13)

・(滋賀県・長浜市)
琵琶湖の北部、湖北地方。三代にわたり浅井(あざい)氏が治めた。小谷城(おだにじょう)は、長政の祖父、浅井亮政(すけまさ)が築いた。難攻不落の城。

 


 

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(12)「小谷城の再会」(2026/3/29放送)

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『豊臣兄弟!』(12)「小谷城の再会」(2026/3/29放送)メモ

[言葉]
・評定(ひょうじょう)・・会議

[登場人物]
・万丸(よろづまる)・・秀吉の甥。秀吉の姉ともと、弥助(三好吉房)の長男。後の豊臣秀次。
・小吉(こきち)・・秀吉の甥。姉夫婦の次男。
・寧々の妹ややの婿。浅野長吉・・後の浅野長政・五奉行の一人。
・万福丸(まんぷくまる)・・浅井長政の前妻との子。嫡男。
・慶(ちか)・・安藤守就の娘。

[話]
・信長は将軍義昭のため「二条御所」を70日で造り上げた。
ルイス・フロイス。
藤戸石(ふじといし)。源平の世から天下人が好んだ勝利の石。

・藤吉郎は「京都奉行」に任命された。
信長が寺から宝物(ほうもつ)や室礼(しつらい)を二条御所に持ってきた。

日蓮(法華)宗。題目「南無妙法蓮華経」

・但馬や伊勢での戦もこなす。

・信長が近江・小谷城(おだにじょう)浅井長政、に行く。

浅井家重臣・遠藤直経

 


「豊臣兄弟!紀行」(12)

・「二条御所」(京都府・京都市)
京都御苑(かつての公家屋敷)の西側にあったとされる二条御所。(旧二条城跡)

・「醍醐寺(だいごじ)」(京都市・伏見区)
(真言宗・醍醐派の総本山)。秀吉の「醍醐の花見」で知られる。
二条御所に置かれていた「藤戸石(ふじといし)」が残る。

藤戸石は天下の名石(めいせき)と呼ばれ、足利義満など権力者に引き継がれてきた。当時、細川邸にあったものを、信長が鳴り物入りで京都の町を練り歩き、二条御所に移したとされる。

 


 

 

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』(11)「本圀寺の変」(2026/3/22放送)

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『豊臣兄弟!』(11)「本圀寺(ほんこくじ)の変」メモ

永禄11年(1566年)~永禄12年(1567)

[言葉]
・10間(けん)(18m)の廊下
1間・・1.8m

・天下(てんが)

・矢銭(やせん)・・大名が課した軍用金

[話]
・摂津・芥川城(信長が三好を追い払って攻略した城)に、松永久秀(大和・多聞山城主)が訪ねてくる。松永弾正。

・京都 六条 本圀寺(ほんこくじ)
足利義昭がいる寺
奉公衆(将軍の側近)
– 三淵藤英(みつぶち・ふじひで)
– 和田惟政(わだ・これまさ)
– 細川藤孝(ほそかわ・ふじたか)

・堺はどこの大名にも属さない、商人たちの自治の町。鉄砲もある。信長は松永を通じて堺の鉄砲を手に入れたい。

・会合衆(えごうしゅう/かいごうしゅう)
三代宗匠。茶人、豪商。
– 今井宗久
– 津田宗及
– 千利休

堺は会合衆という有力商人の合議制によって治められていた。

・矢銭(やせん)2万貫(にまんがん)
1貫=10万円として、20億円

・北近江・小谷城
浅井久政

三好三人衆
– 三好長逸(みよし・ながやす)
– 三好宗渭(みよし・そうい)
– 石成友通(いわなり・ともみち)

・永禄12年1月
本圀寺の変
明智光秀が守る。

本圀寺は三好が代々崇めていた寺。
日蓮(法華)宗。南無妙法蓮華経。

 


「豊臣兄弟!紀行」

・堺(大阪府・堺市)
国際貿易都市として栄えた。
西洋の地図に「Sacay(サカイ)」と表記が残る。町の出入りは制限され、海と堀に守られていた。

会合衆には千利休、今井宗久、津田宗及などもいた。茶室は政治の場にもなった。