日本史【48】恐慌の時代と満州事変1(近代ー17) – 歴史note

日本史【48】恐慌の時代と満州事変1(近代ー17)

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日本史【48】恐慌の時代と満州事変(近代ー17)
昭和戦前1
<若槻礼次郎内閣①(協調外交)>(25代)
外相:幣原喜重郎
(憲政会)

・1926年12月 大正天皇没、摂政裕仁親王即位。
昭和改元。

・1927年 国民革命軍・蒋介石の北伐に不干渉(邪魔しない)(協調外交)

<若槻礼次郎内閣①(金融恐慌)>
蔵相:片岡直温(なおはる)

・1927年 金融恐慌
(発端)
未決済の震災手形をめぐる片岡直温蔵相の失言
(震災で支払い不能となった手形)
「東京渡辺銀行がつぶれた」と言ってしまった。(つぶれてない)
(内容)
取付騒動→銀行の破産、会社の倒産が続出
(預金者が引き下ろしに殺到)
(例)
鈴木商店(大会社):①倒産
↑↑不正融資(鈴木商店に財産・担保がないのに貸していた)
台湾銀行:②休業
特殊銀行、台湾を支配するために作っていた。

(結果)
若槻内閣:③総辞職
台湾銀行・救済緊急勅令案(国がお金を出す)
↓↓
枢密院は拒否。
(理由:幣原喜重郎外相の協調外交が不満だったから)
若槻礼次郎内閣①は総辞職。

<田中義一内閣(金融政策)>(26代)
蔵相:高橋是清(元20代総理)
(政友会)
今回の内閣は中国にも「強硬外交」。だから潰されない。

金融恐慌を収束。
・「日銀非常貸出」(台湾銀行などに貸す)
・「3週間のモラトリアム(支払猶予令)
の実施。
↓↓
五大銀行の金融支配
三井・三菱・住友・安田・第一(元・第一国立銀行)
(合併・統合が進んで、小さい銀行は倒産。カルテル・トラスト。平成にも同じような銀行再編・統合があり、メガバンクになった。第一→第一勧銀銀行→みずほ銀行に。)

インフレに。

昭和戦前2
<田中義一内閣(外交・内省)>(26代)
田中義一外相
(政友会)
・1928年 「パリ不戦条約」調印
提案:ケロッグ(米)・ブリアン(仏)
「軍艦を使わない」

(強硬外交)
・1927年~ 山東出兵(1次~3次)
(蒋介石の北伐に対する干渉(邪魔をする))
元々日本の利権があったところ。九ヵ国条約で返した。

日本は張作霖(北方軍閥)の支援をしていたが、蒋介石に敗れた。
↓↓
・1928年 張作霖爆殺事件(満州某重大事件)
奉天に帰る途中、列車ごと爆破。
→事件処理をめぐって田中内閣総辞職。

(※明治に置かれた「関東都督府」は、大正に「関東軍(軍)」と「関東庁(役所)」に分かれた。)

(国内)
・1928年 普通選挙法による初の総選挙
→無産政党員8名当選
(大政党に有利な小選挙区制でも、8名も出た)

・1928年 三・一五事件:共産党弾圧

・1928年 治安維持法改正:最高刑を(懲役10年→)死刑に改正

・1928年 特別高等警察・全国設置

・1929年 四・一六事件:共産党弾圧

<浜口雄幸(井上財政)>(27代)
蔵相:井上準之助(後に✕)
(憲政会→民政党)

★井上財政
・1917年 金(輸出)禁止(寺内内閣)
(=金本位制をやめる。欧が戦争中でやめたから。)
↓↓
①1930年1月 金(輸出)解禁
(=金本位制(固定相場制)に復帰した。)
※固定相場だと貿易しやすいから、復帰した。
→世界恐慌のあおり。
欧米と共倒れに・・

②緊縮財政(支出を圧縮する)
(明治・松方正義もやった手法。デフレ物価↓になった)

③産業合理化
(例)「重要産業統制法(1931年)」
会社の合併。カルテル(会社の連携)などの結成を助長。
↓↓
しかし、デフレと世界恐慌の影響で・・
↓↓
・1930年 昭和恐慌(大不況)
– 生糸(絹織物の原料・米向け。NY株暴落)の輸出激減。
– 中小企業、農家の没落。

☆恐慌
(大正)
①1920 戦後(WW1)恐慌
②1923 震災恐慌
(昭和)
③1927 金融恐慌
④1930 昭和恐慌