2012年大河ドラマ『平清盛』総集編(3)「海の都」 – 歴史note

2012年大河ドラマ『平清盛』総集編(3)「海の都」

230915
2012年大河ドラマ
『平清盛』総集編(3)「海の都」

【収録内容】
■DISC.1
第1回 「武士の世」
第2回 「保元・平治の乱」

■DISC.2
第3回 「海の都」←ココ
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平清盛 1118年-1181年(享年64才)(松山ケンイチ)

・1160年
武士として初めて政に参加できる公卿になった。

宋との交易を本格化。福原に港を作る。
宋銭。

・源頼朝。伊豆・蛭ケ小島(ひるがこじま)。八重姫。子ができるが八重姫の父は平家のため始末されてしまう。

清盛は財力を元に出世していく。
嫡男・平重盛も参議に。平一門を次々と公卿に推挙。三男宗盛、義弟時盛。

清盛の妻・時子の妹、滋子が後白河上皇の妃となる。

王家との関係が深まる。⇒子が生まれ、のちの高倉帝となる。

東宮大夫(とうぐうだいぶ)となる。東宮の長官。

内大臣へ昇進。

治天の君(ちてんのきみ)。天皇または上皇。

ついに清盛は太政大臣にまでなる。しかし100日で辞職。出家。福原に移る。
清盛の弟、頼盛らとともに。

大和田泊(おおわだのとまり)。
海外との拠点にする。

大和田を博多のようにして、宋や高麗、天竺と交易し富を得る。その富で国を富ませる。それを朝廷ではなく平家一門でやるつもり。

「武士が頂に立つ姿」

清盛入道(きよもりにゅうどう)

清盛は時忠に命じて、赤い装束を着た「禿(かむろ)」を京にはなつ。
平家にさからったものは罰する。

時忠「平家にあらずんば人にあらず」

福原に朝廷も移す。
福原・大和田泊完成。
遷都。

・1171年
高倉帝の妃に清盛の娘・得子(とくこ)を入内(じゅだい)させる。
朝廷は皇族に武士の血が入ることを反発。

厳島の社で祈願。

中宮となった得子が武家と王家の結びつきを強める。

滋子が急死。後白河天皇と清盛の蜜月が終わる。。

・1177年
鹿ヶ谷の陰謀(ししがたにのいんぼう)
「平家を討つ」相談。

藤原成親(なりちか)、僧俊寛を流罪。僧西光は斬首。

言仁(ときひと)(のちの安徳帝)の誕生。

後白河法皇を討つことを重盛が体を張って反対する。
「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」

重盛が病に倒れて亡くなる。⇒後白河が重盛の所領を没収。

⇒「治承三年の政変」怒った清盛は法住寺殿へ兵を差し向ける。後白河を鳥羽の離宮へ移す。。

ついに清盛が国の頂点に立つ。

・1180 安徳帝の即位。
都へ福原へ。遷都(せんと)。
公卿の不満がたまる。
「暗闇ばかり。。手に入れても光に届かぬ。。」

・源頼朝・挙兵。。!
源平合戦の始まり。。

駿河・富士川の戦い。

清盛の孫:平維盛(これもり)

平氏は鳥の音を敵襲と間違い逃げ出す。

 

諸国の寺社も謀反。

還都(かんと)。

清盛は10年あまり過ごした福原の都を後にした。。

 

最後に後白河法皇と清盛が双六をする。。

平安の世はおわります。武士同志が戦わされてきた。今後は武士同志が派を争う世となります。。

後白河法皇「もうさようなところまでたどりついておったのか・・」

病床に倒れる清盛。頼朝の前に現れる清盛。。
「まことの武士とはいかなるものか見せてみよ・・」

 

・1185年 3/24 壇ノ浦の戦い
二位尼(にいのあま)(清盛妻・時子)
「海の底にも都はござりましょう・・」
平家滅亡。

源頼朝「平清盛なくして武士の世はなかった。。」

 

 

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