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『信長を殺した男』1巻メモ

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『信長を殺した男』1巻メモ

・惟任日向守(これとうひゅうがのかみ)
明智光秀 本能寺の変のとき67歳

・吉田兼見(朝廷との連絡)

・足軽・・国に雇われた歩兵。
中間(ちゅうげん)・・戦ごとに金品で雇われる。(今でいう派遣社員)
小物(こもの)・・雑用。使い走り。

・1564頃
十兵衛[明智光秀(49)]は細川藤孝(兵部大輔)に仕える中間だった。

・永禄の変(1565)
13代室町将軍・足利義輝が討たれる。

弟義昭の護衛で光秀は越前、朝倉義景の元へ。

・本圀寺の合戦(1569)
光秀は義昭を守り手柄を立て奉公衆に出世。

・土倉(どそう)悪徳な金貸し業。寺社がやっていた。その代表格が比叡山延暦寺。

・越前攻め(朝倉義景、一乗谷)(1570)

浅井長政の裏切り

2ヶ月後。姉川の合戦(1570)近江

浅井、朝倉は比叡山に逃げ込んだ。

1571.9 比叡山焼き討ち

光秀はこの後信長の正式な家臣となる。

近江、坂本城。

1573.8 朝倉、浅井を討つ

1576.4 対本願寺、雑賀衆

『応天の門』21巻メモ

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『応天の門』21巻メモ

・白馬(青馬)の節会(あおうまのせちえ)

正月七日

黒毛の馬

芦毛(あしげ)灰色の馬

有原業平は右馬頭(うめのかみ)になった。

・昔の正月1日は、今の2月17日頃。

・熱田津(にぎたつ)伊予国(愛媛県松山市。道後温泉のあたり。)

『応天の門』20巻メモ

260116

『応天の門』20巻 メモ

・近衛府(このえふ)内裏の中心
右近衛府(うこのえふ)、左近衛府(さこのえふ)
内裏の警備、天皇・皇族の護衛など

・兵衛府(ひょうえふ)内裏
右兵衛府(うひょうえふ)、左兵衛府(さひょうえふ)

・衛門府(えもんふ)大内裏
門を衛(まもる)
右衛門府(うえもんふ)、左衛門府(さえもんふ)
伴家の代々の職

・『山海経(せんがいきょう)』
妖(あやかし)の話など

・追儺(ついな)
一年の締めくくり

・左右馬寮(さうめりょう)

『信長の忍び外伝〜尾張統一記』2巻メモ

260115

『信長の忍び外伝〜尾張統一記』2巻メモ

・守護 斯波義統(ブクブク)

・守護代 織田信友(チリチリ)清洲城

織田大和守(上四群)

・守護代 織田信安(ゲッソリ)岩倉城

織田伊勢守(下四群)

・織田伸行(弟)末森城。柴田勝家は弟側にいた。

信長の下剋上が始まる。(19歳)

前田利家、池田恒興らはこの頃からの馬廻り(親衛隊)

『信長の忍び外伝〜尾張統一記』1巻メモ

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『信長の忍び外伝〜尾張統一記』1巻

織田信長(1534.6.23-1582.6.2)享年49

・1546年(13歳)古渡城にて元服。

・父織田信秀。那古野城、古渡城を持つ。

・じい平手政秀

・沢彦宗恩(たくげんそうおん)
信長の教育係。「信長」「岐阜」「天下布武」を命名。

 

小田原・北条家

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相模国 小田原城 
北条家 
5代百年に渡り君臨する関東の覇者

北条氏康
北条氏政
北条氏直

支城は百を超える

薩摩・島津四兄弟

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薩摩国・島津家
九州は「大友宗麟」「龍造寺」「島津家」の三つ巴だったが「島津家」が勢力を伸ばした。

島津四兄弟
当主 長男 島津義久 くじで決める
次男 島津義弘 勇武英略、外科手術が得意
三男 島津歳久 智計
四男 島津家久 軍法戦術

秀吉の戦い

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秀吉の戦い(本能寺の変以降)

・1582.6 山崎の戦い(明智光秀)

・1583.3 賤ヶ岳の戦い(柴田勝家、三男織田信孝)

・1584. 3 小牧・長久手の戦い(徳川家康、次男織田信雄(のぶかつ))

・1585.3 紀州征伐(根来、雑賀)

・1585 四国征伐(長宗我部元親)

・1585.11 天正大地震(てんしょうおおじしん)→徳川攻めは取りやめ。外交で臣従させる方針へ。

・1586 豊臣秀吉となる

・1586 九州征伐(島津家)

・1590 小田原攻め 相模国(北条氏)→天下統一

尾張国の状況(1558頃)

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[尾張国の状況](1558~1559)

尾張守護・斯波家
(管領・京に在住)
守護代・織田大和守家
尾張下四郡
(清洲城)
守護代・織田伊勢守家
尾張上四郡
(岩倉城)
   ↑
織田弾正忠家

 

守護        斯波氏
          ┃
      ┏━━━┻━━┓
守護代 清洲織田氏  岩倉織田氏  
      ┃
配下  清洲三奉行

 

[1]尾張守護・斯波家(しばけ)(管領(かんれい)・京に在住)

↑↑ 仕える

[2]守護代・織田伊勢守家(おだいせのかみけ)
尾張上四郡(おわりかみよんぐん)(岩倉城)
VS
[2]守護代・織田大和守家(おだやまとのかみけ)
尾張下四郡(おわりしもよんぐん)(清洲城)

↑↑ 仕える

[3]織田弾正忠家(おだ・だんじょうのちゅうけ)
信長の家系。曾祖父のころ。勝幡城(しょばたじょう)(愛知県愛西市)

陪臣(ばいしん):臣下である者の、そのまた臣。

 

 

『豊臣兄弟!』第2回「願いの鐘」(2026/1/11放送)メモ

260113

『豊臣兄弟!』第2回「願いの鐘」(260111放送)メモ

[第2回時点]
永禄2年(1559年)
兄・秀吉 23才(1537生)
弟・秀長 20才(1540生)
信長 26才(1534生)
尾張国・中村

[言葉]
・「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」
真言宗の念仏「弘法大師空海に深く帰依し、おまかせします」

・咎人(とがにん):罪人

・馬貸し:馬を貸して賃料を取る

[話]
・信長は、尾張統一を目指す。

・岩倉城の戦い(1558年)[第1回目(1559年)の1年前]
織田伊勢守(おだいせのかみ)を討つ

・秀吉:「これがこの世じゃ」

 


「豊臣兄弟!紀行」

・常泉寺(愛知・名古屋)
秀吉の産湯の井戸など。

・頭陀寺(静岡・浜松)
今川家の家臣、松下嘉兵衛(かへえ)に仕えていたといわれる。