日本史 – ページ 3 – 楽しく歴史

三筆(さんぴつ)/三蹟(さんせき)平安時代

【三筆】さんぴつ(平安初期)

・嵯峨天皇(さがてんのう)

・橘逸勢(たちばなのはやなり)

・空海(くうかい)


【三蹟】さんせき(平安中期)

・小野道風(おののみちかぜ/とうふう)
参議・小野篁(さんぎ・おののたかむら)の孫

・藤原佐理(ふじわらのすけまさ/さり)
藤原実頼(さねより)の孫

・藤原行成(ふじわらのゆきなり)

 

雄藩(ゆうはん)。江戸後期

雄藩(ゆうはん)。江戸後期。

・薩摩藩 調所広郷(ずしょひろさと)。家老。借財を解消。琉球との貿易。黒砂糖の専売。

・薩摩藩主 島津斉彬(しまづなりあきら)。鹿児島に反射炉やガラス製造工場を設けた。

洋式工場群→集成館

・長州藩 毛利敬親(もうりたかちか)が登用。村田清風(むらたせいふう)。灯明(とうみょう)に使う蝋(ろう)を専売。

・肥前藩(佐賀藩)主 鍋島直正(なべしまなおまさ)本百姓体制の再建(均田製)など農村復興。磁器の専売。

大砲、反射炉。

・土佐藩(高知藩)おこぜ組

・水戸藩主 徳川斉昭(なりあき)

 

 

藩政改革。藩校(はんこう)

藩政改革。藩校。

・熊沢蕃山(くまざわばんざん)花畠教場

・秋田藩主 佐竹義和(さたけよしまさ)明徳館(めいとくかん)。天明の飢饉の後、農鉱林業を奨励。織物、製紙、醸造など。

・米沢藩主 上杉治憲(はるのり)鷹山(ようざん)興譲館(こうじょうかん)を再興。学問を奨励。

・水戸藩 徳川斉昭(なりあき) 弘道館

・長州(萩)藩 明倫館

・会津藩 日新館

・熊本藩 肥後藩主 細川重賢(しげかた) 時習館(じしゅうかん)。治水、税の軽減。文武を奨励。

・薩摩藩 造士館(ぞうしかん)

儒学者

儒学者


by「歴史下巻 改訂版 (中学入試まんが攻略BON!) 」

【朱子学】

藤原惺窩(ふじわらせいか)
初代家康に仕える。

林羅山(はやしらざん)
「本朝通鑑(ほんちょうつがん)」。初代家康に仕える。

木下順庵(きのしたじゅんあん)
朱子学者。加賀藩主・前田綱紀に仕える。5代綱吉の侍講(儒学の師)。新井白石が仕える。

室鳩巣(むろきゅうそう)
8代吉宗の侍講。

南村梅軒(みなみむらばいけん)
土佐、南学派(海南学派)の祖。

桂庵玄樹(けいあんげんじゅ)
朱子学、薩南派の祖。薩摩藩に招かれた。

山崎闇斎(やまざきあんさい)
南学派。垂加神道(すいかしんとう)。

 


【陽明学】

中江藤樹(なかえとうじゅ)
日本初の陽明学者。「近江聖人(おうみせいじん)」。

熊沢蕃山(くまざわばんざん)
中江藤樹の弟子。岡山藩主・池田光政に招かれる。私塾は花畠教場(はなばたけきょうじょう)。

「大学惑問(だいがくわくもん)」が幕府を批判していると禁錮にされる。


【古学派】

山鹿素行(やまがそこう)
「聖教要録」で朱子学を批判し赤穂に配流。


【古義学(こぎがく)派】

伊藤仁斎(いとうじんさい)
古義堂。堀川学派(古義学派)。


【古文辞学(こぶんじがく)派】

荻生徂徠(おぎゅうそらい)
蘐園塾(けんえんじゅく)。蘐園学派(古文辞学派)。「政談(せいだん)」で吉宗に参勤交代の弊害を説いた。

太宰春台(だざいしゅんだい)
「経済録」経世済民(けいせいさいみん)。

 

漫画『雪花の虎』6巻メモ

マンガ『雪花の虎』 6巻 メモ

関東管領 上杉憲政(のりまさ)が新年雪の中、長尾景虎(上杉謙信)を訪ねてくる。

長尾家は元々関東で山内(やまのうち)上杉家の家臣として支えてきた。

しかし景虎の父・為景(ためかげ)の代で、長尾と上杉は対立。

為景が下剋上で上杉顕貞(あきさだ)を討った。

 

訪ねてきた上杉憲政は、その上杉顕貞(あきさだ)の孫。

 

山内上杉家は、代々「関東管領職」を引き継いできた名家(めいか)だったが、最近では弱体化し、北条氏康(うじやす)に攻められていた。

そこで上杉憲政は景虎に「関東管領職を譲るので、北条氏康を討ってほしい」と願い入れる。

 

上杉憲実(のりざね)・・足利学校を再建。



上杉顕貞(あきさだ)・・下剋上で虎パパにやられる



上杉憲政(のりまさ)・・雪の中、虎ちゃんのとこに来た人

漫画『阿吽』11巻メモ

「阿吽」おかざき真里 11巻メモ

<四堅臣(しけんしん)>

・吉岑安世(よしみねのやすよ)鷹(たか)。正五位下(しょうごいのげ)

・藤原三守(ふじわらのみもり)南家。正五位下(しょうごいのげ)

・伴国道(とものくにみち)。正六位下(しょうろくいのげ)

・藤原冬嗣(ふじわらふゆつぐ)嵯峨天皇の片腕。蔵人頭(くろうどがしら)。正四位下(しょうしいのげ)

 

漫画『応天の門』16巻メモ

応天の門 16巻 メモ

毎年七月
相撲節会(すまいのせちえ)

各国の力自慢が集められ神前試合を行う。勝つと宮中の守護の職を与えられるなど出世も望める。

内膳司(ないぜんし)・・天皇の食膳の調理を担当した役所。

膳夫(かしわで)・・宮中の調理人

宜秋門(ぎしゅうもん)・・内膳司の出入りする門

宴の松原(えんのまつばら)・・大内裏内の広い松林。宜秋門を出てすぐのところ。

 

 

応天の門 15巻

応天の門 15巻 メモ

典薬寮(てんやくりょう)

中務省(なかつかさしょう)内薬師(ないやくし)

祖父 紀国守・・内薬正(ないやくしょう)
父 紀貞則
息子 紀長谷雄


■ 承和の変(じょうわのへん)

仁明帝の御代 立太子争い

×・淳和帝(じゅんなてい)の皇子
恒貞(つねさだ)親王
(嵯峨上皇はお気に入りだったが・・)

VS

〇・仁明帝と藤原良房の妹の子
道康親王(文徳天皇)

 

伴健岑(とものこわみね)隠岐へ
橘逸勢(たちばなはやなり)伊豆へ 途中で亡くなる
恒貞(つねさだ)親王は嵯峨院で出家⇒恒寂(ごうじゃく)

 

祖父 平城天皇(へいぜいてんのう)
父 阿保親王(あぼしんのう)
息子 在原業平